12,0 干渉と感傷 Crosstalk・序


 私の趣味は深夜にラジオを聴くことです。

 大嫌いな勉強も、大好きなDJの面白い話があれば捗ってしまいますから。

 先月のあの夜は暗くて、新月でした。

 その日もいつも通り、自分の部屋でラジオをつけて勉強していました。

 いつも通りの時間。だけどどうにも様子がおかしいのです。

 急にノイズが入ったかと思うと、DJの明るい声ではなくもっと無機質な……合成音声みたいな声が話し始めました。


『畠山雄三さん、三好康彦さん、大西和美さん、西村――』


 その人はひたすら人の名前? みたいな言葉を読み上げるだけで、しばらく聞き続けても変わり映えしなくて、そろそろチャンネル変えようかな〜なんて思ったその時でした。

 無機質な声は、こう言ったんです。


『以上、今月選ばれた幸運な皆様でした。”エーアールケー”のクルーズをお楽しみください』


 この直後にノイズが走って、元の番組に戻りました。

 その日以来、あの番組は聞こえてきません。いったいなんだったのでしょう?

 気になって眠れない日々が続いています。どうかこの謎を解いてください。




   件名:深夜のラジオ

   投稿者:大河内おおこうち




「旅行会社のキャンペーンか何かじゃあないのか?」


 先輩は呆れてため息を付いた。

 ここは図書準備室。彼はソファに寝そべって優雅にライトノベルを読んでいる。

 白背景に巨乳美少女がデカデカと描かれた、いかにもって感じの表紙だ。

 これだから男って……という怒りをこらえながら、ぼくは冷静に相槌を打った。


「やっぱり先輩もそう思いますか」

「そうとしか思えねェな。”クルーズ”ってのは船旅のことだろ? 例えば旅行ツアーの懸賞か何かに応募して、抽選に当たった応募者の名前を読み上げていた――そんなトコだろ。声の主は『選ばれた幸運な皆様』って言ってたんだからな」

「じつはぼくもそう思って調べてみたんですよ。でも”エーアールケー”っていう旅行会社はネットで調べても一切ヒットしなくて……」

「小規模な会社であれば検索しても容易にヒットしないということはあり得る。あるいは依頼人が初めて聞いた単語を聞き間違えていた場合、”エーアールケー”自体がそもそも正確な名称じゃあないかもしれないしな」

「うーん……。でも、その『旅行会社説』では、いつも合わせていたチャンネルで別の番組が突然流れた説明にはなってませんケド……」


 ぼくの疑問に、先輩はサラリと即答した。


「そいつは”混信”だ」

「混信?」

「ラジオってのはアンテナで特定周波数の電波を受診するって原理からして、混信は避けられない」

「ど、どういうコトですか?」

「同じ周波数を使った複数の電波が飛び交う場合、互いに干渉して正常な通信が成立しなくなることがある。電波法で『混信等の防止』が定められているのもそういう理由だ。電波ってのは扱いが難しいんだ」

「あー、そういえばワイヤレスイヤホンを使ってる時に電子レンジを使うと途切れるって聞いたことあるような」

「それも類似した周波数の電波が近場で使われて起こる”干渉”の一例だ。無線LANとBluetoothと電子レンジはどれも2,4GHz帯の電波を使っている。だから同時使用すると途切れるってワケだ」


 先輩は顎に手を当てながら続けた。


「混信の有名な例は違法無線機器を使ったトラックだ。規格を無視した強力な電波を発するトラック無線の通信が近くを通ると、通信内容がラジオから鮮明に聴こえることがあるらしい」

「はえー」

「他に有名な例を挙げるとすると、北朝鮮の放送が日本の一部地域で受診できるっていう話を聞いたことがある。北朝鮮で使われている電波は、国外まで干渉するくらい強力だからだそうだ。どちらも今回の依頼文と似ていると思わないか?」

「つ、つまり依頼の件もなんらかの放送――どこかの旅行会社のキャンペーン当選発表が”混信”したと?」

「そう考えるのが妥当だろう」


 先輩は興味なさげにラノベに視線を戻した。

 ぼくは反論しようとして口ごもる。確かにそうだと納得させられたからだ。

 先輩の話は至極真っ当で、正論だと思った。

 普通なら先輩の仮説でぼくも依頼人も納得して、この依頼は解決だ。


 この件が普通の話なら・・・・・・――だけど。


 もしかしたらこの話は、ヤバい事件に繋がっているかもしれない。

 首を突っ込んだらひどい目にあうかもしれない。そんな予感がしていた。

 だけど先輩なら……並外れた推理力と対応力を持つ彼なら、謎を解いて誰かを助けられるかもしれない。

 根拠のない希望だけを頼りに、ためらいながらもぼくは口を開いた。

 

「この放送で名前を読み上げられた人たちは……みんな失踪したんです」

「は?」

  

 先輩は目を丸くして、読みかけのライトノベルを落とした。


「畠山雄三、三好康彦、大西和美……メールに書かれた名前にどこか見覚えがあるような気がして検索してみたら、全員がここ最近の行方不明者の名前と一致したんです」


 ぼくは図書準備室の机に新聞の切り抜きやネットニュースの印刷を広げながら説明した。

 先輩はまじまじとそれを見つめる。


「旅行にでかけて失踪――ってワケじゃあないな。特に怪しい点もなく、急に姿を消したと書かれている。失踪者三名の年齢、性別、住所に共通点も見当たらない」

「そうなんです。バラバラなんですよ! 何も共通点はないので、彼らの失踪事件を関連付けて調べてる人も当然いませんでした……。ぼくのところに、このメールが届くまでは」

「三人を関連付けるのは、今回お前に届いたメールの内容――例の怪しげなラジオ放送だけ、というわけか」

「はい」


 先輩はボサボサの髪をくしゃくしゃと掻いて、しばし考え込んだ。

 沈黙の後、口を開く。


「そもそも依頼内容が正確かも疑わしい。これがただのイタズラメールだとしても辻褄はあう。メールの内容は人名以外全て創作で、依頼人が失踪事件をネタにして俺たちを騙そうとしている可能性もあるぞ」

「それは……そうかも、しれません」

「なんにせよ情報が足りない。会ってみるしかないな、メールの差出人……大河内おおこうちに。調査はそこから始める。こいつは同じ学園の学生なんだよな?」


 先輩はすっと立ち上がった。


「夏休み中とはいえ、部に所属しているなら今も学内にいるかもしれない。大河内の部活動はわかるか?」

「彼女はバドミントン部ですけど……今は校内にいません」

「今日はバドミントン部の連中を校内で見かけた記憶があるが。どういうことだ?」

「大河内さんは――無断で3日前から部活を休んでいるんです」

「ならば大河内の所在の聞き込みからだ。行くぞ」

「はい!」


 ぼくたちはまず依頼人、大河内さんの所在を探すことから開始することになった。

 簡単な部類の調査だと思っていたし、謎はきっと解けるって根拠もなく信じていた。

 この時のぼくらは、まだ知らなかったんだ。

 この事件が最悪の結末・・・・・をむかえるってコト。

 今までぼくらが当たり前のように続けてきた、『依頼を解決する』という行動が……根底から覆される経験をするということを。

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