11,1 未確認で過去形 Forgatten・承
UFO。
正式名称、Unidentified Flying Object。
日本語訳は未確認飛行物体である。
いつだったか、先輩がこんな冗談を言ってたっけ。
「UFOを確認したらFO(Flying Object)になり、着陸したらただのO(Object)となる。つまり俺たちは飛んでいるUFOを目撃した場合『UFOが出たぞ!』ではなく『FOが出たぞ!』と言わなければならない。着陸したUFOなんて発見した日には、『Oが出たぞ!』と言わなければならないんだ」
と。先輩だけが一人で言って一人でウケていたのを、ぼくが冷ややかな視線を向けていただけだったけれども。
今となってはいい思い出なのかもしれない。
UFOがただの笑い話で済めば、どれだけ良かっただろう。
「状況を整理しましょう」
机を挟んで椅子に座り、向かい合う。
先輩に会えてようやく落ち着いてきたぼくは、ゆっくりとこれまでの経緯を話し始めた。
「さっきも少し触れましたけど、最初から説明します。後藤さんは同じ一年生で、写真部所属の女子です。夏の補習で隣の席になってからは趣味が近いことから交流を持つようになりました。ぼくがオカルト好きなのを知ると『心霊写真が撮れたら送る』と約束してくれた、とってもいい子でした。コトの始まりは昨晩……こんな画像が送られてきたんです」
ぼくは彼女から送られてきたメールの添付画像を開き、スマホの画面を先輩に見せた。
鮮明とはいかないけど、確かに街の上空にぼんやりと空飛ぶ円盤が写り込んでいる。
先輩は「ふム」と顎に手を当てる。彼のシンキングスタイルだ。
ぼくはさらに説明を続ける。
「夜も遅かったので、明日――つまり今日の補習の時にでも話を聞こうと思って、写真を家のプリンタで拡大印刷してからその日は寝ました。そして翌朝、話を聞けるだろうと登校したところ……」
「後藤さんはいなかった。そうだな?」
「はい」
「補習を休んでいるんじゃあないのか?」
「そう思って補修組に聞いて回ったんですが、誰も知りませんでした。後藤さんと普段仲良くしてる子も知らないって……不思議なんですけど、彼女の休みの理由どころか後藤さんという女子学生の
「……確かに妙だ」
先輩が質問する。
「教師はどうだ? 補習と言っても出席者は記録している。補習担当の教員は出席管理のための名簿を持っているだろう」
「補習担当の先生に後藤さんのことを確認しました。無理言って名簿まで見せてもらったんですけど……名簿にすら、後藤さんの名前がなかったんです」
「突然の転校により修正された可能性は?」
「それも薄いです。名簿の作成日は夏休みが始まったその日になっていましたし、修正された形跡も見当たりませんでした。後藤さんの存在を示す痕跡が全て消されているにもかかわらず、誰も違和感を覚えていないみたいでした。まるで彼女が
「そうか」
先輩の表情からは、この件をどう考えているのか読み取れない。
ぼくは自分の認識が正しいのか不安になってしまい、おずおずと
「先輩は……ぼくの話、信じてくれますか?」
「俺はそもそも何も信じていない。この世界に確かなものなどない。それだけが唯一確かなことだからな」
「ですよねー……」
ははは、と乾いた笑いがこぼれた。
これだからこの男は……デリカシーがないヤツ!
女の子が不安に思ってるんだから優しい言葉をかけたり、励ましたり抱きしめたり、あわよくば弱ったところにつけこんでキスしたりできないものかなぁ!?
本当に――先輩ってヤツはこれだからモテない陰キャなんだ!
理不尽にキレ始めたぼくに向かって、先輩はこう続けた。
「だが経験上、お前はそんな無意味な嘘をつく人間ではないのを知っている。感情的なつながり云々を度外視して、合理的判断にもとづいてもそうなるな」
「それって……信じてくれてるってコトですか?」
「お前が異常な状況に遭遇したという前提で考察する、ということだ」
ああ、やっぱり。先輩は先輩だ。
言葉は不器用だけど、なんとなくぼくを気遣ってくれるのが伝わってくる。
優しくも厳しくもなく、あくまでフラットに物事を考えるのが先輩らしさ、かな。
もうちょっと甘々な対応でも困らないけど……まあ、いいか。
少し安心できた。話を続けよう。
「図書準備室に来る前に写真部の部室にも行きましたが結果は同じでした。部員名簿にも、部員たちの記憶にも後藤さんは存在しませんでした」
「自宅はどうだ?」
「後藤さんとは校内で仲良くする程度で、互いの家に行き来するような間柄ではなかったのでぼくの記憶には……」
「あらゆる記録が消されているならば、学園には住所の記録も残ってないってことか。それを知る人も学園内にはもういない。ならばインターネットはどうだ? SNSとか」
「それも全て消えていました。同姓同名の別人しか出てきません」
「なるほど。つまり現時点で”後藤さん”自身も、彼女が存在したという証拠も残っていないということか」
「そうです」
「証拠になるのはお前の記憶に基づいた証言と、届いたメールだけか。とはいえデジタルデータは容易に改ざんが可能だから証拠としては弱いが」
「はい……」
やっぱり『後藤さん消失事件』の解明は、まず証拠が乏しいから難しそうだ。
モヤモヤした気持ちのまま、もう一度メールを確認しようとスマホを取り出した。
「あれ?」
「どうした」
「後藤さんからのメールが……消えてる」
「何……?」
先輩も一緒になって画面を覗き込む。
ゴミ箱を確認しても見当たらない。さっきまで確かに存在したはずのメールは、最初から無かったみたいに完全消去されていた。
焦るぼくに、先輩は冷静に指摘する。
「スマホの一時保存ファイルにさっき開いたUFOの添付画像が残っていないか?」
「そ、そっか――うぅ、ありません……跡形もなく消されてます」
「
「く、クラッコ?」
「カービィのボスキャラじゃねえよ。クラッキング、悪意を持ったハッキングのことだ」
「ハッキング……だとしてもいったい誰が?」
「後藤を消した張本人。組織だか個人だか知らないが、そう考えるのが自然だろう」
「……」
「メールが消されたとなると、彼女が存在した証拠になり得るのはお前の記憶だけってことになる。曖昧な記憶だけでは決定的な証拠にはなり得ないぞ」
「そう、ですね……なんとかして彼女を探せないのかな……」
先輩はその問いに、少し考えてから答えた。
「お前の記憶以外に証拠が残っていないまま、ハッキリさせる必要がある」
「え? 何を、ですか……?」
「そもそも”後藤”という女子学生は存在したのか、という問題だ」
「せ、せんぱいやっぱりぼくのこと疑って――」
「お前が嘘をついているとは思っていない。しかし人間の記憶は曖昧だ。事実とは異なることを真実だと思いこんでいてもおかしくはない。以前検証した『マンデラ効果』のようにな」
「確かに、そうですけど。後藤さんとはちゃんと交流があったんですよ。記憶違いなんてあり得ません」
「ならば――」先輩は続けた「こういう可能性もある」。
「”イマジナリーフレンド”って聞いたことはあるか?」
「実在しない、空想上の友人のことでですよね。小さな子どもが時々何もない空間に話しかけてるっていう……。後藤さんが、ぼくのイマジナリーフレンドって可能性があるって言いたいんですか?」
「端的に言えばそうだ。これなら、お前だけに確かな記憶が残っている理由を説明できる」
「そんな、ハズ……だってメールも写真も、先輩だって見たワケじゃないですか!」
「メールアドレスなどいくらでも取得できる。UFOの写真も、メールも、お前自身が無意識のうちに捏造したモノだという可能性だってあり得るだろう」
先輩の筋の通った説明に、だんだん自信が薄れてきた。
「た、確かに。ぼく以外のみんなの記憶も、書類も、インターネットも、誰も後藤さんの存在を保証してくれるモノは消えました。だったら後藤さんという人こそ最初から実在してなくて、全部ぼくの幻覚だったっていうほうが合理的です。先輩が言いたいことはわかりますけど……」
考えれば考えるほどに、先輩の言うことが正しいと思う。
自分だけが「ある」と言って、自分以外全員が「ない」と言っているのだから、普通ならばきっと「ない」ほうが正しいに違いない。
人間の認識とか記憶はとてもあいまいで、事実とは違うことを真実だと思いこんでしまうことは珍しくない。
これは先輩と
だけど、それでも――。
「それでも……後藤さんとは最近知り合ったばかりで特別親しいってほどじゃなかったかもしれないですけど。その人と話したり笑いあったりして、楽しいとか嬉しいって思った感情はぼくの中にまだ残ってるんです。記憶が失われても、誰が忘れたとしても……ぼく自身がいつか忘れてしまっても、その感情まで嘘だったとは思いたくないです」
「そう言うとおもったぜ」
先輩はため息をついて、
「だよな……お前らしいよ」
ふっと微笑んでくれたんだ。
「ここからは後藤という人物が”イマジナリーフレンド”ではなく確かに実在した一年生女子だという仮定で考えてみよう。その場合、彼女が存在ごと消失した理由はやはり”UFOの写真”にあると考えるのが妥当だろう」
「UFOってつまり地球外生命体の乗り物ってコトですよね? この事件はやっぱり
「単なる飛行物体から宇宙人の存在に言及するのは飛躍が過ぎる。そうだな、この飛行物体が実在するとして……地球外の乗り物と限定しなくともどこかの国が開発した新型ステルス機かもしれないぞ。軍事機密を守るために、目撃者ごと周囲の記憶と記録を消去して回っている組織があるのかもしれない。目的はどうにせよ、人一人が存在した痕跡をまるごと消しされるとすればかなりの技術力と組織力を持っていると考えられる」
「
『メン・イン・ブラック』、アメリカで有名な
宇宙人の存在を隠蔽するために、UFOの目撃者を黒服の男たちが連れ去ってしまう。彼らは都合の悪い証拠を、周囲の記憶ごと消し去ってしまうのだ。
この都市伝説を題材にしたハリウッド映画が大ヒットしたので、近年では日本でも知られるようになったらしい。面白いのでぼくも好きな映画だ。
確か映画の中では、青白い光が出る銀色の棒みたいな道具で目撃者の記憶を消していたっけ。
「だけどそんな映画みたいな話が現実に――」
ぼくの疑問は「ドン!」という突然の音に遮られた。
ドン、ドン、ドン! 鍵で閉ざされた図書準備室の扉が強く叩かれている。
「こらぁ! 中で何してんだ! 勝手に鍵を閉めるんじゃあない! 準備室が使えなくなって困っている学生がいるだろう、占領をやめて鍵を開け、直ちに退去しなさい!」
男性の声が聞こえた。
ぼくらが鍵をかけてコソコソしているのに怒っているみたいだった。
まずい、先生かな? ぼくは立ち上がって鍵を開けに行こうと扉に近づ――こうとしたのを先輩が阻止した。
「やめとけ」
「え、だって」
「あの声はここの教員じゃあない。教職員の声は全員分記憶しているが、どれ一つとして合致しない。アニメに出演する声優を一発で当てられるオタクの必須スキル”ダメ絶対音感”を備えた俺が言っているんだ。間違いない、扉の向こうのそいつこそが”後藤”を消した張本人――
バカみたいな話だけど先輩が大真面目なのは一目瞭然だった。
ぼくは足を止めて、
「だったらどうするんですか?」
「窓から飛び降りるんだよ!!」
先輩は息を思いっきり吸い込んで、聞いたことのない大声でそう宣言した。
そしてガラガラと窓を開け始める。
「え? え? な、何やってんですか! ここ3階ですよ!?」
「下は生け垣になっている、死にはしない!! ここで捕まればお前まで
「っ……!」
「いいから
「俺を信じろ」か。らしくない言葉。なるほど……先輩が絶対言わない言葉を使ったってことは。
彼の意図を理解した今、ぼくはもう躊躇しなかった。
差し伸べられた先輩の手に――自らの手を重ねた。
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