10,3 足を引っ張る Shackles・叙
夜のプールで水島さんが溺れてから一晩が明けた。
一旦解散したぼくらは再び図書準備室に集合していた。
ぼくと先輩、もちろん被害者の水島さんも揃っている。
「”呪い”です! これだけ証拠が集まってるんです!」
競泳水着の女子を模したあみぐるみと、その右脚部分に刺さっていた針。
証拠はそれだけじゃない。
「昨晩持ち帰ってあみぐるみを調べました。見てください、毛糸に混じって人間のモノと思われる髪の毛が編み込まれています。塩素で少し脱色した形跡がある褐色の髪は、水島さんの髪色と一致しています。髪を編み込んだ人形は、有名な”丑の刻参り”なんかにも使われるメジャーな”呪物”ですよ」
「つまりお前は、水島に恨みのある誰かが水島の髪の毛を編み込んだ人形を作り、”呪術”によって水島にダメージを与えたと言いたいんだな?」
「その通りです!」
「確かに状況証拠は揃っている。俺にも別の仮説はあるが、この証拠を覆せるには至らないな。消去法の末の選択肢でしかない。今は、お前の”呪術”仮説の検証から始めたほうが良さそうだ。昨夜、間違いなく俺たちは”犯人”と遭遇したワケだからな。そいつを見つける方向性でいくべきだろう」
先輩も賛同したことで、ひとまず『呪術を使う人間がいる』という路線で検証が始まった。
ならば、まずは水島さんへの事情聴取だ。
「水島さん、あなたに恨みのある人物に心当たりは?」
「ない……と言いたいところだが、私とて清廉潔白な人間というわけではない。どこで恨みを買っているかなど、想像もつかない」
「うーん、といっても学園の評判を聞いていても、水島さんに悪い噂なんてないんですよね。むしろ運動できて美人で性格も真面目で……っていういい評判しかないです」
いきなり行き詰まってしまった。
まごついているぼくを見かねて先輩が言った。
「被害者自身に心当たりがないなら、”プロファイリング”しかないだろうな」
「それって『過去の統計などから犯人像を分析する』ってことですか? 前に『百舌の早贄事件』で先輩が
「そうだ。今ある情報から犯人像を推測する。そうだな、たとえば……このあみぐるみだ」
先輩はぼくの持ってきた水島さんを模しているであろうあみぐるみをひょいと持ち上げる。
「呪物作成のために初めて作ったって感じではない。明らかに作り慣れている。犯人は手芸に秀でている。統計を持ち出すまでもなく、女子が作った可能性が高いだろう」
「最近は女性趣味のオトメンってのもいるらしいですけど」
「あくまで一般論の話だ。個性までは考慮しない」
確かに先輩の言う通り、犯人は女子の可能性が高いか。
ぼくが納得したところで、さらに先輩は続ける。
「水島は他者からの評価が高く、積極的に他人の恨みを買うような人間ではない。だが周囲から尊敬されているということは、逆に考えれば『他者からの嫉妬を買っている』ということだ」
「恨みではなく……嫉妬が動機ということですか?」
「そのほうが自然だろう。インハイで活躍できる上、雑誌の取材もバリバリ来ている注目選手なんだ。あらゆる方面から嫉妬されているだろうな。ということはここでかなり犯人像が絞り込める」
「水島さんと同じ分野で活動している人……水泳の選手……!」
「加えて、女子高校生であることはまず間違いないだろう」
「だけど――」ここまで推測したところで、ぼくは行き詰まりを感じた。
「それ以上の手がかりってないんじゃないですか? 女子高生の水泳選手なんて無数にいるじゃないですか。それこそ、水島さんに大会で負けた人なんて数え切れないくらい」
「いいや、多くの選手は大会で負けることは割り切れる。全力を出し切って負けることは恥ではないからな。割り切れないのは、もっと社会的要因がある場合だ」
「それって……」
先輩はそれ以上説明しなかった。
あくまでこの仮説はぼくが主体で考察する、そういう意図があるらしい。
ぼくは先輩の出したヒントを頭の中で咀嚼する。
「社会的要因」。水泳で負けたから嫉妬するんじゃなくて、「部活動」という「社会」で起こった事件なら……?
その時、一気に閃いたんだ。水島さんを呪う犯人像が。
「水泳のインハイには団体競技がある」
リレーだ。インターハイのリレーは4人での出場となる。
となると、部内ではレギュラー争いが生じるのが自然だ。
水島さんは二年生エース。となるとインハイを控えた今、部内にはいるんだ。
「レギュラー落ちしそうな三年生部員……! そうだ、水島さん! 女子水泳部の三年生って今、何人でしたっけ?」
ぼくの質問に対して、いままで話を大人しく聞いていた水島さんは一気に表情を曇らせた。
「……4人、だ」
「4人、やっぱり。水島さんは二年生エースでリレーのメンバーには確実に選ばれる。したがって、最上級生の中で最低一人はレギュラー落ちするハズです。その人は水島さんを呪う動機がじゅうぶんにあるってコトですよ!」
ぼくが興奮気味にまくしたてると、水島さんはさらに落ち込んだような様子を見せた。
? 犯人が4人にまで絞れたのに、嬉しくないのだろうか。
彼女は唇を震わせながら言った。
「わ、私はこれ以上……調べなくても良いと思う」
「どうしてですか? もう少しで水島さんをこんな目に合わせた犯人がわかるかもしれないんですよ」
「水泳部のみんなは必死で練習してきた仲間だ。仲間の中に、仲間を呪うような人間がいるなんて……考えたくもない」
「……っ」
しまった。ぼくは犯人探しがしたい気持ちばかりが先行して……。
水島さんの気持ちを考えていなかったんだ。
彼女は部活動の仲間を大切にしている。仲間を疑うなんてコト、本当はしたくないのに。
ぼくが彼女に疑念を植え付けてしまった。大会を控えた大事なエースに。
「……すみません。無神経でした」
素直に謝罪する。水島さんは首を振って、
「いや、私のためを想ってくれたことなのはわかる。これはきっと、私の弱さだ」
逆に、ぼくを気遣ってくれた。
そんな様子をみた先輩はつまらなさそうに言う。
「損な性格をしているな、あんたは」
「え……?」
「自分が完璧じゃないから周囲を傷つけてしまう、とでも思っているんだろう? 部内に犯人がいるかもしれないって状況でも、あんたは自分が悪いとでも思ってるんじゃあないのか?」
「……実際、そうだろう。仮に三年生の誰かが私を呪ったとして、その人だけが悪いわけではないはずだ。私がその人の信頼に足る完璧な実力があれば、その人だって私を認めて――」
「そうじゃねえだろ」
先輩は非難するわけではなく、あくまで真剣な眼差しで水島さんを見ていた。
「あんたが二年生エースになったのは、実力も実績も伴っているからだ。その実力と実績は無から生えてきたものじゃあねェ。確かな練習量からくるものだ。努力の結果なんだよ。そんなあんたに嫉妬して、呪いをかけるなんて思い違いの逆恨みでしか無い。弱いのはあんたじゃない、呪いをかけた犯人だ。その事実を捻じ曲げるな。全部自分が背負い込めば解決するなんて状況じゃねェんだ。目を背けるな、ちゃんと向き合えよ……水島」
「……」
しばしの静寂。
水島さんは何か考え込んだ末に、はっきりした声色でこう言った。
「わかった、向き合おう。レギュラー落ちしそうな三年生部員には一人、心当たりがある」
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