10,1 足を引っ張る Shackles・承


「ナイトプールってのはリア充のお遊びだと思っていたんだがな」


 集合してからというもの、先輩は不満をぐちぐちと垂れ流した。

 まあ、先輩は陰キャだからこういうシチュエーションを嫌うだろうというのは予想できてたけど。夏休み中にいきなり「夜に学園のプールで集合です♡」なんて言われて、本当に来てくれただけでも儲けものと思うべきだろう。


「ナイトプールとは全然違いますよ」


 ぼくは訂正する。


「『学校の夜のプール』っていうのはそれだけで一大ジャンルなんです! たいてい! 出るんですよ!」

「出るって?」

「悪霊が、です! 夜のプールで泳いでたら脚を掴まれたとか、髪の毛が絡みついてきたとか、そういう都市伝説フォークロアは定番中の定番なんですから!」


 そういうわけでぼくと先輩は下校時間をとっくにすぎた夜、プールサイドに到着した。

 お互い水着に着替えていた。ぼくは何の変哲もないスクール水着。

 このタイプの水着はお腹が隠れて助かる。いや、べつにぷにってるワケじゃないけどね……? 一応、ね? 男の子にお腹見られるのってなんかヤだし。

 一方の先輩はといえば、下は学校指定の海パン。そこまでは良かったんだけど。


「なんで……アロハシャツなんですか?」

「なんでって、お前が電話で”青春アオハル”とか言うから。最大限パリピっぽい格好をしてきたんだが?」

「先輩のパリピの印象終わってますね」


 そう、先輩はバチバチのアロハシャツを身につけていた。

 おかげで上半身が見えない。うん……。

 いや、べつに先輩の裸が見たかったわけじゃないけどね? 期待外れとか思ってないし。

 でもなんか……なんか違くない?


「はぁ」


 ぼくはため息をついて、プールサイドからプールの中を覗き込んだ。

 夜のプールで男の子と二人きり、なんてのは怪談と隣合わせではあるけど、同時に漫画とかで描かれる青春イベントの定番でもある。

 けど、先輩もぼくも普通の青春とはことごとくズレてるんだ。

 諦めて、本題に入ることにしよう。切り替える。


「やっぱりこの時間になると底が暗くて見えませんね」

「プールサイドは照明で照らされているが、プールの底まではカバーできていないな」

「底が見えないという恐怖心が、人々が夜のプールに悪霊を見てしまう原因なんでしょうか?」

「概ねそうだろう。お前がよく言う、水場には霊が集まりやすいという理由もあるかもしれないがな」

「ですね」


 スク水とアロハシャツと、普段とは明らかに異質な格好の二人だけど謎の考察が始まるといつもどおりスラスラと話が進んだ。

 やっぱりぼくらは人並みの青春とは無縁なのかもしれない。

 こういうわけのわからない謎を追いかけているほうが性に合ってるみたいだった。


「それで、こうしてプールを眺めていてどうやって依頼を解決する気だ? 今回は手がかりが少ないぞ」


 そのうち、先輩が至極まっとうな疑問を口にした。


「先輩、一応確認しますけど……泳げますよね?」

「まあ、人並みには」

「だったらいつもと同じです。ぼくが現場に飛び込んで、危なくなったら先輩が助けてください」

「お前なぁ……好奇心旺盛なのはいいがいつもいつも危険に飛び込むのは――聞いてないな」


 ざぶん!

 先輩の説教を遮るように、ぼくはプールに飛び込んだ。

 水面から顔を出して先輩に手を振る。


「せんぱーい! しばらく泳いでるので、何か異変があったらすぐ来てくださいねー!」


 ぼくの計画はこうだ。

 まずはプールの中でぼくが泳ぐ役。夜のプールにはぼくら二人以外の他人はいないし、先輩が監視している限りは侵入者の存在には必ず気づける。

 そんな中で泳いでいるぼくに異変が起こった場合。例えば依頼文のとおり、脚が誰かに触られたり、掴まれたりしたら。人間以外の犯行と考えられるだろう。

 こうして調査がはじま……らなかった。


「……お前さぁ」


 ぼくの泳ぎを観察していた先輩が言った。


「泳ぎ、下手すぎねェ?」

「う、うっさいですね! 苦手なんですよ! 悪いですか!」

「悪かねェけど、その犬かき……ぷふっ」

「あー! いま嘲笑した! だったら先輩はどうなんですか!?」

「そりゃ人並みって言っただろ」


 先輩は立ち上がり、アロハシャツを脱ぎ捨ててプールに飛び込んできた。

 華麗なクロールですぐにぼくの位置まで泳いでくる。人並みって言ったけど、ぼくの目からみればむしろ上手なほうに見えた。

 先輩はぼくの前に立つと、「ほら、手ェ出せ」と促してきた。


「え……?」

「そんなんじゃプールの授業で恥ずいだろ。ちょうどいい機会だから教えてやる」

「え、え……はい」


 困惑しつつも、ぼくは差し出された先輩の両手に自らの両手を重ねた。


「まずはバタ足だ。手の動きは悪くないから、そこを直せばマシになるだろう」


 先輩が手を引いてくれる。

 ぼくは身体を浮かせて、脚をバタつかせた。水面を必死で蹴る。

 あまり前に進まないのは、さっきまでと同じだ。


「脚はまっすぐでいい。膝ではなく股関節を使うんだ。水面を叩けば水しぶきがあがっていかにも速そうに見えるが、実際は無駄な力が放出されているにすぎない。脚はそんなに速く動いていなくても、しっかりと水中で脚全体が動いている状態のほうが無駄なく泳げる」

「は、はい……」


 先輩の言う通り、今度は膝から下ではなく腰から下――脚全体を使って水を蹴った。

 さっきまでみたいにバシャバシャと派手な水しぶきは上がらない。

 だけどスゥーっと前に進む。確かな推進力を感じた。


「こ、これ……先輩が引っ張ってくれてるからじゃないですよね!」

「俺は補助しているだけで、推進力を生み出しているのはお前の脚の動きだ。しばらく続けるぞ。案外飲み込みが早かったな、この分だとすぐに慣れて速く泳げるようになるだろう」


 先輩に手を引かれ、プールの端から端まで泳いでゆく。

 いままでとは全く違う、水を切って身体が進むのを確かに感じる。

 世界が変わったみたいだった。


「水泳ってあんまり好きじゃなかったんですけど……泳ぐのって、楽しいですね」


 顔を上げて、手を引いてくれる先輩を見る。

 ぼくの目の前には――さっきまでアロハシャツで隠れていた先輩の肌が間近にあった。

 あ……先輩のお腹、割れてないけど意外と引き締まってて……動くとちょっと腹筋浮いてる……。


「う……っ!」

「ど、どうした!? 例の異変・・が起こったのか!?」

「い、いえ……ちょっと……鼻血が……」

「鼻血? まずいな、いきなり運動負荷を上げすぎたか。水中では脚の筋肉の使い方も普段とは違う。いったん上がるぞ」


 先輩はそう言って、ぼくの身体をプールから引き上げてくれた。

 ぼくのほうはというと、半裸の先輩に身体を思いっきり抱きしめられてそれどころじゃなかった。バクバクと心臓が暴れて心拍数が下がらない。

 これが先輩の言う「運動負荷の上げすぎ」なのか。

 それともぼくが先輩のお腹を邪な目で見てしまった罰なのか。


 この謎は……解けそうにないかも。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る