10,0 足を引っ張る Shackles・起


 私は女子水泳部の二年生。

 前大会でそれなりの結果を出し、恥ずかしながらエースを務めさせてもらっている。

 夏の大会を控えて毎日練習に励んでいるのだが、最近気になることがある。

 練習中、プールの中で時々脚に何かが触ってくるんだ。

 他の部員の悪戯イタズラかとも思ったが、皆が大会に向けて真剣に練習している時期だ。

 そのような不埒ふらちな部員は、当然いるわけがないと思い直した。

 ただ何かが脚に触れる感覚がするだけならば、タイムには支障なしと考えて練習を続けていた。そんなある日、事件は起こった。


 プールの中で泳いでいた私の脚を何か・・がつかんだのだ。

 溺れかけた私を他の部員たちが助けてくれたが、問題はそれだけではなかった。

 プールサイドにあがった私の脚には、手形がついていた。

 強く握られて赤く変色しているほどくっきりとした痕だった。

 練習を見ていた部員、顧問も私の脚を掴んだ何者かを目撃していないという。

 しかし確かに私は溺れかけ、手形という証拠まである。

 

 それがきっかけだったのだろうか。女子部員たちの間で不気味な噂が流れ始めた。

 曰く「かつて学園のプールで溺れ死んだ水泳部員の霊が練習の邪魔をしている」とのことだ。全くバカバカしい。

 しかし実際に被害にあった私を含め、噂に踊らされて恐怖している部員たちの練習にも支障が出ている状況だ。これは放置しておけない問題と考えている。

 そこで、お二人に調査を依頼したい。

 どうかこの謎を解いて欲しい。




   件名:足を引っ張る

   投稿者:水島みずしま

 



「あるわけがありませんわ! 我が学園の歴史に、プール事故など!」


 オホホホホ、と漫画でしか見たことのない”お嬢様笑い”が部屋に響きわたった。

 彼女は学生議会長。ニ年生にして学園の全てを掌握している超がつく才女、東風谷こちや先輩だ。

 ぼくは水泳部からの依頼の調査を始める上で、まず学生議会を訪れていた。


「水泳中は必ず誰かが監視員として配置される仕組みになっています。安全面には気を使っていますわよ」

「ですよね~」

「溺死者が存在しないならば、『噂されているプールで溺死した水泳部員の霊』など当然存在するわけがございません。本来ならば調査をするまでもありませんのよ。しかし比良坂ひらさかさん、ご存知の通りデマを拡散することよりもデマを訂正することのほうが困難を極めるのがこの現代社会の常ですわ」


 東風谷会長は扇子をフリフリしながら言った。

 明らかにフザけているのがわかるのに、彼女の美しさと優美な立ち振る舞いはその所作ですら高貴な舞のように見せてしまう。

 クセもの揃いのこの学園をまとめるだけの圧倒的カリスマ性が彼女には確かにあると感じた。なによりこの知性――会話に遊び心ウィットをきかせつつも問題の本質は既にぼくより深く把握しているみたいだ。


「学生議会としては根も葉もない噂でわが校の評判に傷がつくのは避けたい。わたくしとしてもあなたがたの調査には期待していますわ」

「認めてもらえるんですね、プールの調査を!」

「当然。とはいえ夏休み期間中は男子水泳部、女子水泳部、水球部といったあらゆる部活動がプールをこぞって使用していますわ。学生議会として、大会前ならば練習を優先せざるを得ない事情もあるの。日中に調査に入るのは困難を極めるわ」

「だ、だったらどうやって調査すれば……?」

「あら、比良坂さんともあろうお方が鈍いですわね」


 会長は人を煽るような発言を悪意なき笑顔で言い放てる人だ。

 あまりにもさらりと丁寧語でバカにされたから怒る気にもなれなかった。


「つまり……また・・ぼくを試してるんですね?」

「至極簡単な謎解きですわ。わたくしは調査が困難な時間帯を『日中』と名言してよ?」

「……夜中のプールを調査しろと?」

正解エサクタ


 突然スペイン語で話し始める東風谷会長。自由奔放過ぎる。

 いいかげん疲れるからそろそろ会話を終わらせにかかりたい。

 

「えっと……結局のところ会長はぼくたちに『夜にプールの調査をしなさい』と言っている……そういう理解でよろしいんですね?」

「そう申し上げているでしょう? 2度同じことを言わせないで」

「す、すみません」

「それにしても夜のプール……ロマンチックじゃありませんの。青春ですわ~♡」

「……」


 バタン。

 ぼくは学生議会室をあとにした。これ以上話しても無駄だし。

 会長にとってはこれも暇つぶしにすぎないのだろう。 

 彼女にとっては、そもそも存在しないとわかりきっている怪異の調査なんだ。ぼくらの調査結果が噂の払拭につながればそれで良し。

 そうじゃなくても……もしも何かヤバいモノがてしまえば、ぼくらの活動記録のファンだと公言する会長にとっての娯楽が一つ増える結果になる。

 どちらに転んでも会長が喜ぶ方向にしかならないんだ。


「はぁ」


 ぼくはため息をつく。

 会長は青春だとか言ってたけど、夜のプールって……。

 オカルトマニアのぼくは世の中の怪談や噂にはそれなりに精通しているつもりだ。

 その経験則がビンビンに告げていた。


「夜のプールは――絶対出る・・っ!!」


 会長の狙いは、ぼくらをプールの中の”何か・・”と遭遇させること。

 古今東西、夜のプールを舞台とした怪談は枚挙にいとまがない。

 とはいえ、ぼくも依頼を受けちゃったんだ。

 東風谷会長の思い通りになるのはしゃくだけど、ここは彼女に対抗できるであろう人材を召喚するしかない。

 ぼくはポチポチとスマホを操作した。

 電話の相手は、今更説明するまでもないだろう。


「……あ、せんぱぁ~い♡ え、声がびすぎって?♡ ぼくがこの声色こわいろしてるときは絶対ロクなことにならないって?♡ やだなぁ~もう♡ そんなことないですって~♡」


 ぼくは電話の向こうの先輩に向かって精一杯の萌え萌えボイスを叩きつけるのだった。


「今夜……学園のプールで集合、ええ、もちろん二人きりです♡ ぼくと青春アオハル……シちゃいましょう♡」

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