9,1 アステカの祭壇 Exposure・前


「今週も大漁大漁〜♪」


 都市伝説蒐集家フォークロアしゅうしゅうかであるぼくのメールアドレスには、学園の内外から不思議な出来事、怖い話についてのメールが送られてくる。

 その中でもぼくが楽しみにしているのは”心霊写真”だ。

 カメラ趣味のぼくは、実のところ心霊写真とか恐怖映像にはちょっとうるさい。

 今日は夏休みの間に着々と集まっていた心霊写真たちの検討会をするため、先輩と集合する約束をしていた。


「ごきげんだな」


 先輩は気だるそうにライトノベルを読みながら、ちらりとぼくを見て言った。

 ここは学園の図書準備室。ぼくと先輩の”謎解き活動”の拠点だ。


「そりゃそうですよ、心霊写真ってやっぱり怪奇現象の王道でありロマンじゃないですか!」

「そうかねぇ……俺にはイマイチ、そのロマンってヤツがわからないが」

「さてさて、お待ちかねの心霊写真ちゃんたちとご対面といきましょう!」

「聞けよ」


 こうしてぼくと先輩の心霊写真検討会が始まった。


「さーて最初はどんな心霊写真ちゃんかにゃー?」


 ぼくはノートPCで投稿者からのメールに添付された画像を開く。

 まずは一枚目。こんな文章が添えられた写真だ。


『友達とスマホで撮影したら変なモノが映り込みました。これは人魂ヒトダマじゃないでしょうか?』


 なんてことはない、高校生が数名写っている普通の仲良し写真だった。

 ぼくらは口を揃えて言った。

 

「オーブだな」

「オーブですね」


 この普通の写真が唯一普通じゃない点は、彼らの周囲に赤や緑に光る球体――所謂いわゆる”オーブ”が浮かんでいるという点だった。


「はぁー」


 ぼくは露骨にため息をついた。


「今どきオーブだけですか? ボツですボツ」

「露骨にテンションが下がったな」

「オーブってもう科学的に解明されてるんですよ。カメラマンなら常識レベルの光学的現象なんですよねぇー。ロマンがありません!」

「科学、ねぇ」


 先輩は写真を覗き込みながら顎に手を当てて考えを巡らせる。


「人魂、霊魂、鬼火。この手の”火の玉系”オカルトは既に食傷気味ではあるな。オーブもかつては、人の魂が現世をさまよっていると解釈されていた覚えがあるが」

「そんな解釈もう古いんです!」


 ぼくは先輩の話をピシャリと否定した。


「オーブはエアロゾル――つまり空気中のほこりとか水蒸気みたいな浮遊物ふゆうぶつに、光が反射して写り込んだものです。小型のデジカメなんかは特にレンズとフラッシュの距離が近いので、こうしたオーブが発生しがちなんですよ。それにこの人たちは夏服、つまり撮影時期も夏です。オーブは原理的に、湿度が高いほうが発生頻度が高い。日本の夏は高温多湿、もう結果はわかりきってるじゃないですか」

「確かにこの件はお前の説が妥当だろうな。にしても普段オカルトに飛びつきがちなお前がなんで心霊写真にはそんなに厳しいんだよ?」

「大好きだからです! だからこそ半端なモノを本物の心霊写真と認めるわけにはいきませんよ!」

「さいですか」


 先輩はぼくの勢いについていけず、辟易へきえきしているようだった。

 もちろん先輩の意見なんて聞かずに、次の写真の検討へ移る。

 2枚目にはこんな文が添えられていた。


『隣町の××墓地で夜中に肝試しをしているときに撮影しました。参加した私達全員が目撃しただけじゃなくて、写真にもバッチリ収めましたよ! これは間違いなく人魂ヒトダマです!』


 先輩はうんざりして言った。


「また火の玉系かよ。人魂は食傷気味だって言ったばかりじゃあねえか」

「でもコレは目撃証言もありますし、オーブの発光とは違うみたいですよ?」


 オーブは目撃はされないが写真に写り込むモノ。

 だけどこの写真は違う、目撃証言付きなんだ。

 闇夜の墓地、人は映っていないけどたしかに浮遊する光の球体のようなモノが収められている。明らかに、この発光体を目撃した上で撮影された写真だ。


「これは確かに……怪奇現象かもしれません」


 ただのオーブの写り方とは違う上、目撃者もいる。

 これはぼくとしても芸術点が高い写真かもしれないと思った。

 だけど今度は先輩が反論し始める。


「”セントエルモの火”だ」

「え? なんですか? コマンドサンボ?」

「そうそう、ソビエト連邦で開発された軍隊格闘術――じゃねえよ。ったく、写真に関する知識はあっても、こういうことは知らないんだな」


 先輩はボサボサの頭をカリカリと掻きながら説明を始める。


「”セントエルモの火”とは、悪天候の時に船のマストの先端が発光する現象のことだ。かつて地中海の船乗りたちは、マストの先端が光る現象を船乗りの守護聖人である”セントエルモ”の加護であると信じていたという」

「海外版の都市伝説フォークロアですね」

「だが科学的に説明がつく。正体は静電気のコロナ放電だ。尖った電極周囲の電界が乱れ、太陽の周囲を覆う層……つまりコロナのように発光する現象だ。ぼうっと浮かび上がるようにな」

「それとこの火の玉と、何か関連あるんですか?」

「火の玉現象ってのは、セントエルモの火のように科学的に説明がつき、実験での再現性がある物理現象の場合がほとんどってことだ。現在、多くの火の玉現象はプラズマによるものと言われている」

「プラズマ? 先輩が好きな魔法少女もののアニメですか?」

「『プリズマ☆イリヤ』じゃねえよ」


 先輩が即座にツッコミを入れた。いつもながら反応速度が速くて感心する。

 呆れたようにこめかみに手をあてながら先輩が続ける。


「そもそも単なる発光現象に、人々が霊魂だの聖人の加護だのを結びつけるのは何故かって話だ」

「えっと……墓場が怖いとか、船の上は危険だから……ですか?」

「その通り。恐怖を感じたりなにかにすがりつきたい時だからだ。仮にネオンや街頭に溢れた繁華街で火の玉現象が発生したとして、怖くはないし誰も注目なんてしないだろう」

「なるほど」

「とはいえプラズマ説だって全ての火の玉現象を説明できるとは言えないがな。『人魂ヒトダマなんて存在しない』なんてのも”悪魔の証明”でしかないからだ」


 腑に落ちない点はあれど、先輩の言うことには一定以上の説得力があった。

 この写真、ぼく的にはポイント高かったけれどなぁ。

 とりあえず今回は結論を保留ということにした。


「さあ、気を取り直して3枚目です!」

「まだ行くのかよ」

「もちろんです、今週は4枚も届いてますから!」


 というわけで次の写真だ。3通目のメールを開く。


『ラーメンを食べに行った時、友人を撮影したものです。彼の背後の暗くなった部分に、人の顔のようなモノが写り込んでいます。後から聞いたのですが、このラーメン屋の近くでこの前交通事故があったみたいなんです。もしかしてこれは、事故にあった人の霊が写り込んでしまったのではないでしょうか?』


 それは一見、和気あいあいとした雰囲気の写真だった。

 笑顔でラーメンを啜る男子の姿が大きく撮影されている。

 その背後の木製の壁、端の方の影になった部分に人の顔のようなモノが写り込んでいる。どこか寂しそうな、何かを訴えかける表情にも見える。


「人の顔、交通事故……コレは確かに、心霊写真かも……」


 ぼくがシリアスにつぶやくと、先輩はあっけらかんと言い放った。


「パレイドリアだ」

「ど、ドドリアさん?」

「俺はザーボンさんのほうが好きだな――ってフリーザ様の部下じゃねえよ。パレイドリア、以前の依頼で話しただろう」

「あー……そういえば」


 思い出した。『母の呼び声』事件だ。

 無意味な音の集まりから、お母さんが自分を呼ぶ声を聞き取ってしまう現象。

 あのあとかなり怖い目にあったんだけど、先輩はそれを知らないんだっけ。


「確か、人間は3つの点があると顔に見える……みたいな話でしたっけ?」

「その通りだ。パレイドリアとは、無秩序な情報や刺激に対して、人間が何らかの秩序を与えようとする心理現象のことだ」

「つまり、写真の中に顔が見えるのもパレイドリアということなんですか?」

「そうだ。こういうケースでのパレイドリアは、シミュラクラ現象とも言われる。人間は3つの点があると人の顔であると認識してしまう。インターネットでも顔文字が使われ、俺たちはそこに表情すら読み取れるだろう? あんな単純な記号の配置でも顔に見えるほど、人の脳は顔を認識しやすいように働くってことだ」

「と、いうことはこの写真の場合……」

「背後の壁が木製だ。木の表面の模様が3点、逆三角形に配置されているから一見人間の顔のように見えてしまう。まして少し影がかかった場所だからな、暗がりで撮影者を見つめる顔に錯覚してもおかしくないだろう」

「なるほど……」


 そう説明されてから3枚目の写真を見直す。

 確かに影になっていてわかりにくいけど、よーく見ると2つの目と口――3点の要素が木目によって構成されているのがわかる。


「あー、そういうことなんですね。でもでも、投稿者はラーメン屋の近くで交通事故があったって……!」

「2839人」

「はへ?」

「2020年の交通事故による死者の数だ。人口10万人に対して2,25人の割合だ。この数が多いと思うか少ないと思うかは人それぞれだが、通事故自体は珍しいことじゃあないし、ラーメン屋の近くでたまたま・・・・起こっても全くおかしくないだろう」

「事故と写真は無関係で、投稿者の恐怖心が勝手に結びつけただけ……と」


 まったく先輩の言う通りに思えてぐうの音も出なかった。

 この写真はこれで完全解決だろう。これ以上の考察要素はなさそうだった。

 3枚目も期待はずれだったなぁ、と思いつつ気を取り直して最後の1枚にとりかかる。4通目のメールを読みあげた。


『普通に風景を撮った写真なのに、全体が赤くなって変な影が写り込んでしまいました。よく見ると影は台かはかりのような形をしていて、どうにも気味が悪いです。この写真を撮ってから誰かに見られてるような気がするし……。どうかこの謎を解いてください』


 「あちゃー」ぼくは文面を読んだだけで落胆した「ハズレですね」。

 先輩は驚いて目を見開いたままぼくを見る。


「どうした。お前が写真を見る前からそこまで言うなんて珍しいな」

「この文面でじゅうぶんわかります。”アステカの祭壇さいだん”ですよ。開く価値すらないですって」

「聞いたことがないな、”アステカの祭壇”ってのは有名なオカルトか何かか?」

「心霊写真愛好家の間では有名なオカルト話なんです。その真相も含めて――ですけど」


 ぼくは息を吸い込み、説明を始めた。


「最近、テレビで心霊写真を扱う番組が減ったと思いませんか?」

「そう言われれば、そうかもな」

「その原因が”アステカの祭壇”なんじゃないかって”都市伝説フォークロア”が流行ったんです」

「ほう」

「まずこの都市伝説の内容なんですが。一昔前、普通に地上波の番組で心霊写真特集みたいなものが頻繁にあった時代のことです。ある番組が今回の依頼文にあるのと同じような、全体的に赤みがかっていて、中心に”台のような影”が写り込んだ写真を紹介したんです。それ自体はなんてことはなんてことはない写真だったんですけれど、問題はその後でした。テレビ局に『なんて物を放送するんだ』とか『あの写真は二度と扱わないほうがいい』という電話が殺到したんです」

「ふム、キナ臭いな」

「しかもその後にテレビ局には台や秤、壺のような影が写り込んだ写真が殺到したんですよ。全然違う地域、違う撮影者、違う時期の写真なのに。写り込むモノが共通していたんです。テレビ局が番組のために雇っていた心霊写真の専門家も、この写真は『本当にヤバい』とだけ言い残してその後は連絡を絶ってしまったとのことです。それ以来、テレビ局側も本当にヤバいものを放送してしまったと自覚して、心霊写真特集は行われなくなった……噂はそういう内容です」


 「……」先輩は何か顎に手を当てて考え込んでいた。

 ぼくは構わず説明を続ける。


「その後、オカルトマニアの間ではこの一連の写真群は”アステカの祭壇”なんじゃないか? という仮説が広まることになりました。見たら呪われる、だなんて尾ひれまでついて」

「アステカの祭壇、か。アステカ文明は太陽神を信仰していて、当時は生贄文化もあったというが。おおかた、その台や壺を”生贄を捧げる祭壇”や”生き血を溜める壺”だと解釈したってとこか?」

「さっすが先輩、お察しの通りです」

「いかにもお前が好きそうなエンタメ性の高い説だが、そのわりには嬉しくなさそうだな」

「そうですね。結局例の写真群って、アナログカメラの現像に失敗しただけなんです。オカルトマニアじゃなくてもカメラマンならみんな見ればわかるレベルのことですから」


 ぼくがそう告げると、冷静な先輩もさすがに驚いて目を丸くした。


「そうなのか?」

「フィルムを中途半端に感光させると、こういう赤みがかった写真を現像できてしまう。台形とか壺型に影が浮かび上がっているのは、現像時に写真を押さえつけるクリップの形です。なんなら人の手で似た写真を作れますよ。ぼくが小さい頃、お父さんが現像室で再現してくれたから間違いありません」

「なるほど、再現性のある物理現象ってワケか」

「わかってみればなんともロマンの無い話ですよね」


 ぼくは長い説明に疲れてふぅ、とため息をついた。

 そして最後にこう締めくくった


「結局テレビでこうした心霊写真を扱わなくなったのは”アステカの祭壇”が原因じゃなくて、カメラの主流がアナログからデジタルに移行したからなんだと思います。コンデジが普及してオーブは撮影されやすくなりましたけど、オーブの原理はアステカの祭壇よりもっと簡単に解明できますからね……やっぱり”本物の心霊写真”なんてこの世にはないのかもしれません」


 今回も結局、本物の心霊写真とは出会えなかった。

 心霊写真好きのカメラマンとして、いつかは本物に出会いたいと思っている。けどなかなか道は険しそうだ。

 完全にあきらめムードなぼく。だけど先輩はいまだに顎に手を当てて何かを考え込んでいた。


「先輩?」

「確かに、お前の説明自体は正しいかもしれない。だが……確かな真実など存在しない」

「何か引っかかるんですか?」

「……いや、なんでも無い。そろそろ暗くなってきたな、帰るとするか」


 たいした収穫のないまま、心霊写真検討会は幕を閉じた。

 校門の前で別れる時、先輩が突然こんな質問をした。


「もしも本当にヤバい心霊写真を見つけたとして……『それを直視したら呪われる』ほど危険なモノだとしたら。どうするつもりなんだ?」

「え……どうって……視てみなきゃわかんないじゃないですか、そんなの」


 正直に答える。

 「やはり視るか」先輩はじっとぼくの顔を真剣に見つめて言った。


「『好奇心は猫を殺す』かもしれないぞ」

「えっ……?」


 先輩の不可解な言葉の意味はわからなかった。

 結局ぼくはその日、何事もなく帰宅した。

 だけど心霊写真にまつわる話はまだ終わっていなかった。

 事件・・は――その夜に起こったのだ。

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