7,φ 咒いのビデオ HD-DVD・結(第壱蒐・終)
無事に下校時間になった。助かったんだ。
ぼくたちは視聴覚室を出て、帰路についていた。
「先輩、”呪い”は消えたんですよね?」
「さあな。俺にはそもそも”呪い”なんてもんが実在していたかどうかわからない。実際、俺たちは死ななかったんだからな」
「実在しないって……だったら、あの霧みたいな”白い女”は? 先輩も視えてましたよね」
「ビデオを視ることが”呪いの女”と遭遇するきっかけになっていたのだとしたら、”サブリミナル”かもしれないな」
「サブリミナル?」
先輩は聞き慣れない単語を口にした。
「サブリミナル効果。人間の潜在意識下に刺激を与え、何らかの情報やメッセージを刷り込むことだ。たとえば過去には、テレビ番組の最中に一瞬だけ字幕や商品の画像を写して購買意欲を高めるコマーシャルを行ったり、商品名を言う囁き声を番組中に小さく流したりといった事例が記録されている。当然ながら現在では禁止されているがな。『呪いのビデオ』にサブリミナル・メッセージが多数挿入されていたとするならば、俺たちが遭遇した”呪いの女”の情報はそこで刷り込まれた可能性がある」
「で、でもぼくたちは生き残りましたけど、山﨑さんたちは実際に亡くなったんですよ。刷り込まれた情報なんかで人が死ぬものなんですか?」
「山﨑の祖父と山﨑自身に遺伝性の心臓疾患があった場合、二人とも心臓病で死んだことには整合性がある。あるいは、サブリミナル・メッセージを利用して心臓に負担がかかるなんらかの行動へ誘導するような暗示をかけたか……」
「なるほど……」
”呪い”の正体が”サブリミナル・メッセージ”であるという説は確かに一理あるかもしれない。けれどやっぱり、ぼくらの一連の体験を説明するには不十分でもあった。
「ぼくは今回の事件、やっぱり超常的な力が働いていたと思います。それと、なんとなくわかるんです。もう呪いは完全に消えたんだって」
「呪われていたお前が言うなら、そうなんだろう。俺の拙い仮説よりずっと説得力があるかもな」
先輩自身もその説には自信がなかったのだろう。それ以上話は続かなかった。
「ねぇ、先輩」
だけど、まだぼくには一つだけ疑問が残ってたんだ。
「どうしてビデオを視たんですか? 鍵をしめて、退路を塞いでまで。先輩は”HD-DVD”から”Blu-ray Disc”へのデータの移し替えを、中身をみないで成功させました。インターネットへのアップロードも同じようにやれたんじゃないですか?」
「かもな。結局生き残れたんだから、後から考えても結果論にしかならないだろう。その時はあれ以上の策を思いつかなかったってだけの話だ」
先輩はそれ以上何も語らなかった。
「もしかして――」
一つだけ、理由が思い浮かんでいた。
ビデオを視たのは、先輩なりの”保険”だったんじゃないか?
先輩は、呪いのビデオに宿っていた”意思”が、自分の利益に応じて呪殺対象を選べることを見抜いた。呪いの拡散にとって利益があると判断された先輩は生かされようとしていた。
つまり呪いには、交渉可能な意思が宿っていると推測していたことになる。
先輩はさっき視聴覚室で、一緒にビデオを視た上で徹底的に”呪いの女”を挑発していた。ぼくの存在感を消そうってほどに。
もしも”呪い”がターゲットを一人に定めて呪殺するモノだとしたら……今回あえて呪いの女と遭遇して彼女の注意を引いていた理由は――作戦が失敗したときの”保険”としてぼくの代わりに呪殺対象になるためだったんじゃないのか?
結果的には二人とも交渉で呪殺から逃れたけど、消滅寸前に最期のあがきをみせた”呪いの女”が生命を狙ったのも先輩だけだった。
やっぱり先輩は最初から、最低限ぼくだけを生かすように動いていた……?
「もしかして先輩は……いえ、なんでもないです」
そこまで言いかけて、ぼくは考えるのをやめた。
もう終わったことなんだ。過去を確かめることはできない。
真実は、先輩の心の中にしかないから。
だからこれ以上は語り得ない。沈黙するしか無いんだ。
悪い想像を振り払うように首を横に振ってから、先輩にこう返した。
「今日からは送ってもらなわなくても、一人で平気です。呪いは終わったんですから!」
できるだけ元気に、平静を装いながら。
先輩は案外そっけなく「そうか、気をつけて帰れよ」と頷いた。
こうして先輩と分かれて、ぼくは一人で帰路についた。
「呪いは終わった、かぁ」
ホラー映画とかなら、呪いは終わってなくてまたぼくはあの女の人に襲われる――みたいなオチがつくんだろうけど。
感じるんだ。間違いなく終わったって。ここ数日ぼくにつきまとっていたジメジメした雰囲気は、綺麗さっぱりなくなっていた。
『呪いのビデオ』事件は、先輩によって完全に”解決”した。
「
ううん、ぼくは首を横に降った。
アレは”解決”なんてモノじゃない。
”除霊”したんだ。霊能力とか超能力なんてないハズの、普通の人間でしかない先輩が。
ただの高校生の男の子が。
「せんぱい」
ぽつりとつぶやく。
ぼくはまだ、彼のことを全然知らない。
あの時、呪いの女に向かって浮かべた残酷な笑みを思いだす。
あんな表情は初めて見た。なぜ、彼はそんな風に笑ったのだろう?
わからない。
かつて『卓上競技同好会』の前山田部長に言われたことが頭の中に浮かび上がってくる。
『キミもあの男とつきあっていくつもりならば、気をつけたほうがいい。あの男は――
怪物。完全なる虚無。空っぽの心に、能力だけが傑出した存在。マシーン。
彼女の先輩を評した言葉が、今になって重く伸し掛かる。
それほどまでに言われる先輩はどうして、生命をかけてまでぼくを護ろうとしてくれるのだろう。それとも、護ろうとしてくれたというのは全部ぼくの勘違いで、先輩は彼独自の別の思惑で動いているだけなのだろうか?
わからない。
ぼくはまだ、彼のことを何も知らない。
「きっと、ぼくは」
たくさんの
お父さんを「不可解な事件」で亡くしてから、ずっとそうしてきた。
だけど今、わかった。
呪いよりも強い、ただの高校生がいるってこと。
特別な力なんてないのに、ないからこそ、あらゆる
”
お父さんはこう言った。
「本当の謎は、人の心だ」
どんな謎よりも、今ぼくが本当に解き明かしたいのは――。
「先輩のこと――もっと知りたいんだ」
ΦOLKLORE:第壱蒐 ΦIN.
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