6,1 学生間闘争 Engage・承
「学園にこんな場所が……」
学生議会の人たちに連れてこられたのは、「四角い箱」の中だった。
窓も家具もない、ただ白い壁に囲まれた殺風景な空間の中に立っていた。
副会長が車椅子を押して、東風谷学生議会長も入室してくる。
「ここが”エンゲージ・ルーム”。その名の通り
「ずいぶん大掛かりなんですね」
「これも学園創設者の『徹底した実力主義』という理念を追求した結果ですわ」
東風谷会長は閉じた扇子で部屋の奥を指した。
そこには既に二人の男子学生が立っていた。
紹介されなくてもわかる。彼らが元『
一人はニット帽を被った目付きの悪い男子。
もう一人は、ネクタイのかわりに緑のスカーフを巻いた小綺麗な印象の中性的な美男子。
たぶん後者が部長だろう。入学直後の部活紹介で顔を見たことがある。
「やあ、はじめまして。ボクたちが『卓上競技同好会』のメンバーだ。ボクは部長の
爽やかなイケメンスマイルとともに手を差し出してくる。
ぼくはあえて挑発的な笑みと共に握手に応じた。
「
「……ふふ、随分手厳しいね。気に入ったよ、
スカーフなんて小洒落た制服の着こなしをしているだけあって、
後ろに立っているニット帽の一年生男子は「オレは
前山田部長と、横尾くん。この二人が卓上競技同好会のメンバー。ぼくらから図書準備室を奪おうとしている相手。
「そう睨まないでよ、可愛い顔が台無しだ」
「か、かわ……!?」
前山田部長からふいに放たれた口説き文句にぼくは動揺を隠せない。
「ったく、部長は可愛い子見ると見境ないんだから」横尾くんは呆れたようにため息をついた。
「あ、あなたのトコの部長さん、いつもこんな感じですか?」
「そっすね。ちょっと前までは部長が口説いた女子部員さんがいたんすけど、女性関連でモメて同好会やめちゃったんすよ。部長の悪いクセっす」
「いやぁ、照れるね」
「褒めてねェっす」
ずいぶんキャラが濃い二人だった。
特に前山田部長は、うちの先輩とは対極に位置するようなプレイボーイのようだ。
苦手というか、ペース乱されるなぁ。
ぼくらがワチャワチャ雑談しているのに見かねたのか、副会長が割って入る。
「比良坂さん、そろそろいいですか?」
「は、はひっ!」
「前山田君も」
「ボクはいつでもウェルカムだよ。美少女との戯れは至福の時間さ」
「君はいつもマイペースですね」
副会長は呆れたように言った。二人とも二年生、浅からぬ付き合いがあるのだろう。
だけど前山田部長の扱いに慣れているのか、すぐに冷静な顔つきに戻る。
そしてハッキリと宣言した。
「これより学生議会が主導する
「はい!」
「もちろんさ」
ぼくと前山田部長、二人ともが強く頷いた。
それを見届けると、副会長はルール説明を開始する。
「今回のエンゲージは3本勝負の2本先取となります。種目は双方が3種類ずつ書いた紙を箱に入れ、6枚の紙から会長が合計3枚引いて決定する。異議や質問は?」
「勝負する種目は完全に自由ですか?」
ぼくが質問すると、「校則、公序良俗及び日本国内の法律に反しない範囲で自由となります」と返答した。
まずいな。
ぼくは焦る。これはぼくが不利な勝負になる。
まず相手は二人とも男子。体力勝負になると基本的に不利。
加えて相手は二人だから、団体戦種目では絶対不利だ。
運良くぼくが指定した種目が最低2枚は採用されないと、勝ちの目は薄い。
「ふふ、安心しなよ。比良坂さん」
そんなぼくの思考を見透かしたかのように、前山田部長が微笑みかけてくる。
「ボクら卓上競技に青春を懸けた勝負師。体格的に有利な体力勝負や、数的有利を活かすような団体競技を指定するなんて卑怯な真似はしないさ」
「なっ……!」
「どうしてわかったって顔してるね。ふふ、キミは顔に出過ぎなのさ。嘘がつけないタイプなんだね。ますますボクの好みだ」
くっ……思考が読まれてる。
さすがはこの学園で部長をやっているだけあるか。
彼にもあるんだ。”実力”とか”才能”ってヤツが。
前山田部長は余裕の笑みを浮かべながら言った。
「ボクらの指定する競技は体力関係なしの心理戦、頭脳戦だけさ。キミにもじゅうぶんに勝機はある」
「……どうして、手加減するんですか?」
「手加減じゃないさ。ボクらは卓上競技同好会。言っただろ、勝負師なんだ。知力と知力のぶつかり合いこそが本気を出せる唯一の環境なんだよ。キミにも、ボクの本気をぜひとも見て欲しいな。失望はさせないから」
「……」
この人、見るからに好色なチャラ男だけどやっぱり油断できない。
この勝負、厳しくなりそうだ。
ぼくらは書き終えた紙を箱の中に入れる。
双方の間に副会長が立ち、大きく宣言した。
「ではこれより、
☆ ☆ ☆
「さぁ、一戦目は何になるかしら~」
東風谷会長がウキウキで箱の中に手を入れる。
中から引っ張り出し、紙を開いた。
「テテテテン! 『ねこねこタワーバトル』~!」
や、やった! ぼくが書いた種目!
『ねこねこタワーバトル』はちょっと前に流行ったスマホアプリだ。
空から降ってくる猫ちゃんを積み上げて、崩れないように競い合う。
先に崩れたほうが負け。シンプルなシステムのゲーム。
「笑うとやっぱり可愛いね、比良坂さん。キミが書いたゲームかな?」
「はい、ふふっ……負けませんよ。このゲーム、かなりやりこんでるので」
ぼくは既に勝ち誇っていた。
このゲームにはかなり自信がある。高校受験を控えてストレスマックスだった中学時代のマイブームだったから。
インターネット対戦をひたすらやりこんでいた時期があるのだ。勝率だって70%を超えてるんだ。相手がかなりの上級者で無い限り、負けるわけがない。
「部長、オレ行っていいすか」
「もちろんいいよ。こういうのは横尾クンの得意分野だったね」
「ウッス」
対面するはニット帽の一年男子、横尾くん。
無表情で何を考えているのかわからない彼が一戦目の相手みたいだった。
彼はスマホを取り出してぼそりと言った。
「あんま勝ち誇んないほうがいいっすよ。こういうの、先に勝ち誇ったほうが負けなんで」
「口では何とでも言えますよ! この勝負、ぼくがもら――」
――あれ?
気づいたときには、ぼくの積んだねこちゃんタワーは崩壊していた。
ぼくの負けだった。
「え……?」
副会長はぼくのスマホを覗き込んで敗北を見届ける。
そして手を上げ、宣言した。
「一戦目『ねこねこタワーバトル』、勝者横尾!」
「え、え……?」
わけがわからなかった。
ぼくはこのゲームをやりこんで最高ランクまで到達したんだ。勝率も70%あった。
なのに、なぜ……?
「敗因が気になるって顔してるね。悲しんでる顔も可愛いよ、比良坂さん」
「敗者に追い打ちですか……?」
「そんなつもりはないさ。ただアドバイスしてあげようと思ってね」
前山田部長は不敵な笑みを崩さず続けた。
「たしかにキミは上手だった。ネット対戦だと横尾より技術力は上だったろうね。でもこれは対面での勝負。キミのコンディションは万全じゃない。試合開始前から精神を乱されっぱなしで全力を発揮できなかっただろう?」
「た、確かに……」
「その点、ウチの横尾クンは常に平常心を保てていたのさ。ボクらが専門とするボードゲームは対面勝負が基本。ポーカーフェイスも精神のコントロールもお手の物ってワケなのさ」
なるほど。
前山田部長のチャラい態度は正直鬱陶しいけれど、言っていることは正論だった。
ネット対戦とは違う。これは本当の対面勝負なんだ。
それを理解していた横尾くんが勝って、理解していなかったぼくが負けた。
シンプルな結末だった。
「……っ!」
パン! ぼくは自分の頬を叩いた。
「ああっ、なにやってるんだい! せっかくの可愛い顔が!」
前山田部長の悲鳴は無視した。
よし、これで気合を入れ直した。
自分が書いた種目ならば勝てると思ってた。けど違った。
そういう勝負じゃないんだ。頭脳と精神力、どちらもなければ勝てない。
これは、こういう勝負だ。
「……へぇ、やりますわね。劣勢なのにこの胆力」
切り替えていこう。次は絶対に勝つ! 頭の中はその気持ちだけで満たされていた。
東風谷会長が再び箱の中に手を突っ込む。ガサゴソと探って……。
「二戦目はー、テテテテン! 『じゃんけん』~!」
どこかで聞いたことのあるようなイントネーションで種目が発表された。
「じゃんけん」最もメジャーな勝負の一つであり、代表的な”運ゲー”。
これはぼくが指定した勝負じゃない。
指定したのは――。
「書いたのオレっすね」
表情をピクリとも変えずに横尾くんが挙手した。
「部長。次もオレが行かせてもらうっす」
「ボクも比良坂さんと遊びたかったけど仕方がないね。任せるよ、横尾クン」
「悪ィけど、ここで二勝して決めさせてもらうっすよ。オレ、心理戦が一番得意っすから」
確かに、彼はポーカーフェイスだ。
だけど、ぼくもさっきまでのぼくとは違う。
ふぅ……気合をさらに入れ直す。集中しよう。もう後がない。
”運ゲー”だけど”絶対に勝つ”んだ。
副会長が確認する。
「勝負は一本勝負。いいですか?」
「はい」
「モチっす」
ぼくと横尾くん。二人が向かい合い、構えに入った。
ぼくは思い出す。昔、先輩と『じゃんけんの統計』の話になったっけ。
場所はまさに図書準備室。今、ぼくが守ろうとしている二人の居場所だった……。
☆ ☆ ☆
「『ハ○ター×ハンター』に出てくる『じゃんけんの統計』の話っておかしくないか?」
「はぁ?」
またくだらないことを。
ぼくは先輩の唐突な話題にいつも通りの塩対応で返した。
図書準備室のソファに寝そべって漫画を読んでいた。
先輩はぼくの塩対応にめげずに話を続ける。
「いや、漫画の中では統計的に最初に出やすい手はチョキって書いてあるんだが。実際にはグーなんじゃねえかな。手の構造的にもチョキはむしろ一番出しにくい」
「たしかに、言われてみればチョキは出しにくいですね」
「だろ? 冨樫先生が間違えたのか、それとも現実世界での統計を承知の上で作中世界での統計は違うのか……こいつは謎だぜ」
「漫画一つで真剣にそんなことを考え込める先輩の精神構造が謎ですよ」
「ひでぇな! 『ハンター×ハ○ター』は名作なんだぞ! 今度連載再開するから読み直してたら止まらなくなっちまったんだよ!」
「ふ、ふーん……」
「なんだ、気になるのか? いいぜ、読め読め。神作品だ」
そんな風に会話してると、なんだかぼくも気になっちゃって。
結局、ソファで二人並んで下校時間まで漫画を読み漁っちゃったっけ。
その日の謎解きは全く進まなかったなぁ。
☆ ☆ ☆
回想終了。今となってはいい思い出だ。
いや、いい思い出かな……?
とにかく、統計的に出やすい手が「グー」で出にくい手が「チョキ」ということは、最初にパーを出せば「最も負けにくい」という結論になる。
ならばこの勝負、最初に出すべき手は「パー」――というのは、たぶん横尾くんも承知だろう。
それじゃダメだ。勝てない。
ぼくは統計に基づいた戦術をいったん放棄することにした。
横尾くんはじゃんけんに自信がある。だからこの勝負を選んだ。
じゃんけんにまつわる統計学は当然知っていると考えたほうがいい。
だからこそ、発想で上回らなきゃならない。横尾くんはすでに一勝している。何が何でも勝ちにいかなきゃならない場面じゃないんだ。負けにくい選択肢をとってくる局面。
つまりここでは横尾くんが守りに入る。ぼくは確信した。
この勝負、横尾くんは「パー」から入ってくる! だって一番負けにくいから。ここで負けても次がある、そんな思考で勝負に挑むはずだから。
対してぼくには次がない。絶対に勝たなきゃならない。だから普通は負けたくなくて統計に飛びつくところだけれど――そうはいかない。
決めた。ぼくはチョキを出す。
まっすぐに横尾くんの目を見据えた。
横尾くんは視線に驚いたのかビクリと震える。ギリリ、と奥歯を噛みしめるのが見えた。
「くっ……」
すでに二人ともじゃんけんの構えに入っていた。
だけどぼくの気迫に横尾くんは動揺したのか、構えにブレが見えた。
今だ――。
「じゃーんけーん!」
「「ポン!!」」
……決着がついた。
ぼくが出した手は、「チョキ」。
そして――横尾くんが出した手は。
「……オレの、負けっす」
「パー」だった。
勝敗を見届けた副会長の声が、白い部屋「エンゲージ・ルーム」に響いた。
「二戦目『じゃんけん』、勝者は比良坂さんです!」
前山田部長はパチパチパチと手を叩いて、嬉しそうに言う。
「あはは、横尾クンを圧倒するなんて! すごいよ、比良坂さん。ますます欲しくなっちゃうなぁ」
「さっせん、部長。オレ、負けました」
「いいよ、ボクもあの子と遊びたくなった」
「油断しないほうがいいっすよ。オレ、最初はグーを出そうとしてたんす。戦術的には勝っていたはず……だったんすけど」
「比良坂さんの気迫に圧倒されたんだよね。見てればわかるよ。直前で負ける予感がして、安全策として最も統計的に負けにくいパーを反射的に出してしまった。勝負師はね、守りに入ったら負けるんだ。横尾クン、まだまだ修行不足だね」
「面目ねェっす」
これで一勝一敗。
次が最後の一戦。勝負は――ここからだ。
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