6,0 学生間闘争 Engage・起
今年度に入り、一部の学生が図書準備室を専有しているとの苦情があります。
図書準備室は学生全員に使用機会が認められている、広く開かれた施設です。
図書準備室を専有している該当学生は、直ちに退去し過度な私的利用を
件名:退去勧告
通知者:学生議会
「納得できません!」
夏休みに入る少し前のことだった。
ぼくは学生議会の会長室に
要件は当然、『退去勧告』についてだ。
「こんな一方的な……いきなり退去だなんて
「横暴、ね」
ぼくの正面、豪華な机を挟んで窓側に座る女子学生が
ふんわりした巻き髪のロングヘアに眩しいほど白い肌の、いかにも高貴な育ちが
二年の
彼女は悪意を感じさせない笑みを崩さずに返答した。
「わたくしはルールの話をしています。納得や横暴という感情的表現は所詮、ルールの前では言葉遊びでしかない。ご理解いただけるかしら?」
「くっ……」
「該当学生は
「そ、そうですけど」
「学園の規則では同好会及び部活動には活動場所を与えるというルールがあります。同好会は最低3名、部活動は最低5名の参加で認可される。あなたがた二人はそのどちらにも該当しない。活動場所を割り当てられるに値しない、ということですわ」
た、確かに。
東風谷会長の言う通りだ。
この学園はけっこうなマンモス校で部活動や同好会が盛んだ。その数なんと100以上。
学園の広大な土地の一部は巨大な部室棟になっていて、部室棟や同好会として学生議会の認可を得ることができたら部屋が割り当てられることになっている。
どうしよう、ぼくと先輩は二人。
同好会は最低3人からだ。同好会になれば部屋を割り当てられるから活動場所を失わなくて済むけれど――。
「……」
ぼくは今までの先輩との活動を思い出す。
あの図書準備室で、まだ三ヶ月くらいしか活動してないけれど。それでもいろいろな出来事があった。死にかけたりもしたけど、楽しいことも嬉しいこともたくさん経験した。
あの場所にもう愛着が湧いていたんだ。簡単に手放すことなんてできないし、それに人数を増やすなんて無理だ。ぼくらの活動内容を知って仲間になってくれる奇特な人間なんて存在するわけがない。
先輩は最近、文化祭実行委員会の活動で放課後は忙しいし……。
いやいや、なに考えてんだ!
ぼくはブンブンと頭をふった。こんなときまで先輩に頼ろうとするなんて。
ぼくが、なんとかしないと。ぼくと先輩の居場所を守るんだ。
「ご理解いただけたのなら、ただちに――」
「ルールというからには――こういうルールがあるのもご存じですよね、会長?」
ぼくは一転、毅然とした表情をあえて保ちながら続けた。
ビビったら負けだ。この学園は実力主義。勝たなきゃ何も手に入らない。
「図書準備室は学生の共有施設。申請すれば誰でも鍵を借りることができる」
「もちろんですわ。”共有施設”であることがあなたがたの”専有”を
「では”専有”の定義とはなんですか? ぼくは学生の共有施設であるからこそ、毎日放課後に活動の際に職員室に鍵を借りに行っている。正当な
どうだ!
堂々と宣言してやった。学生議会のいう「ルール」の論理を利用して。
校則に則って学生議会の運用をするならば、反論はできないはず。
「……」
しばし、東風谷先輩とのにらみ合いになる。
とは言っても、彼女は言葉の冷徹さに反して表情は常に柔和だった。ぼくへの悪意や敵意は、まるで感じなかった。
やがて彼女は微笑みながらこう言った。
「やりますわね、合格よ」
「ご、合格……?」
「学生の共有施設である図書準備室を利用してくだらない活動をしているのならば、即座にやめていただこうと考えていたけれど。この
「は、はぁ……ありがとう、ございます……?」
わけがわからない。ぼくは試されていたの?
あっけにとられるぼくに学生議会長は説明した。
「わたくしとしても、学生の自由な活動を
「じゃ、じゃあどうして退去勧告なんか……」
「勧告の文中に答えが書いてあったはずだけれど?」
彼女はそれだけ言った。答えは言わない。あくまで自分で考えろということなのだろう。
またぼくを試してる。全てが実力主義なんだ、この学園では。
ぼくは勧告の文章を読み返した。
『今年度に入り、一部の学生が図書準備室を専有しているとの苦情があります』
あ――。
ピンときた。
「
「正解ですわ。あなたがたの活動と準備室の使用については学生の正当な権利として認められる。しかし、共有施設である限り他の学生も使用権はある。ということですわ。苦情がなければ問題ではなかった行いも、苦情が来たら話は変わってきてしまいますわね」
「で、ですけど。あの図書準備室は誰も使ってないような場所ですよ!? 別の学生が使おうとしていたことだってなかったし……」
「どうしてだと思うかしら? これは大いなる”謎”ね。でもおわかりの通り、その”答え”にはあなた自身がたどり着かなければならない。それがこの学園の流儀よ。比良坂さん、わたくしあなたに注目しているの。”あの男”の相棒だというからには、その力を見せてくださる?」
「……え」
”あの男”というのは、間違いなく先輩のことだろう。
東風谷会長は先輩を知っている? いや、同じ二年生なんだから当たり前か。二人の間に何か因縁があるのだろうか?
いいや、わからないことを考えていても仕方がない。考えなきゃならないことを考えよう。東風谷会長は「大いなる謎」と言った。これは”謎解き”なんだ。
ぼくの実力は、まだ試されている。
「三ヶ月ほど図書準備室を使っていても、誰にも文句は言われなかった……最近になって急に”苦情”。需要なんてないはずの図書準備室なのに。つまり……図書準備室に”需要”が生まれたということ……」
ぼくは先輩のようにブツブツと顎に手を当てながらつぶやき、考えた。
そして思い至る。東風谷会長の言葉は謎解きのヒントなんじゃないかって。
同好会は最低3人。部活動は最低5人。これらの人数を揃え、学生議会に認可された団体が部室棟で部屋を割り当てられる。
逆に言えば――ぼくは口を開いた。
「東風谷会長、質問です。ここ一週間ほどで『同好会の要件を満たさなくなった団体』はありますか?」
「ええ、ありますわよ。『
「つまり、その同好会は
「もちろんですわ。ルール通りの運用が原則ですので」
「もう一つ聞いていいですか?」
「どうぞ」
「学生議会に届いた図書準備室使用に関する”苦情”、もしかしなくても『
「続けて?」
「だとしたら、この”苦情”は共有施設の健全な運営を呼びかける意図ではなく、しごく個人的な意図に基づいたものになります。つまり、ぼくらを追い出して同好会落ちした彼ら――『卓上競技同好会』が図書準備室を専有したいという意図があるんです。だったら、この退去勧告は前提から揺らぐことになります!」
「うふふ……素晴らしいわ!」
東風谷会長はパチパチと手を叩いた。
「あなたがたの”謎解き”の実力、噂には聞いていたけれどもこれほどとは! ブラボー!」
楽しそうに笑う会長に、ぼくはあっけにとられていた。
「あまりお気になさらず。今のクイズは会長の気まぐれですから」
ぼそりと、学生議会のクールそうな男子生徒が口を挟んだ。
「あら、失礼ですわね。これも学生議会長として、学生の実力を考査する活動の一環よ」
プンプンと頬を膨らませて男子生徒――おそらく副会長に抗議する会長。
思ったより、愉快な
副会長はさらに補足した。
「
「えぇ……?」
困惑するぼくを尻目に、さらに会長が続ける。
「ファン、言ってしまえばそうなりますわね。でもソレとコレとは別。公私混同はいたしませんわ。あなたがたの実力を試したのは、わたくし個人ではなく学生議会長として。そしてあなたは実力を示してみせた。いいでしょう、本来”苦情”は匿名とし、意見者を保護する規則ではありますが、苦情の張本人とその意図を暴いたのはあなた自身の功績よ。認めましょう、苦情を出したのはご指摘の通り『卓上競技同好会』の部長ですわ。彼にはあなたがたを追い出し、活動場所を確保したいという意図がある」
「そんな人の主張を認めていいんですか?」
「よくありませんわよ。ですが、同好会でもないのに実質的にある部屋を独占している状況のあなたがたと、同好会落ちしたけれど活動場所を確保したい彼らとでは状況としては同じようなもの。むしろあなたがこの意図を暴いたことで、彼らを”戦いの場”に引きずり下ろしたと言えるでしょう」
東風谷会長は優雅な動作で扇子を取り出し、さっと広げて宣言した。
「学生議会の権限で、今回の『図書準備室使用に関する苦情』を『図書準備室使用に関する学生間闘争』に改めることとします。あなたがたへの一方的な退去勧告は取り下げ、これより学生議会の管理運営下において正式に『
「え、エンゲージ!?」
な、なんだからものすごい単語が飛び出したぞ!
学生間闘争? エンゲージ? 物騒な響きのことばが連発されて混乱してきた。
混乱するぼくを気遣ったのか、冷静に副会長が解説を加えてくれる。
「
「そ、それってつまり……」
「比良坂さん、あなたは今から元『卓上競技同好会』と図書準備室の優先使用権を賭けて
「え……」
学生議会室にぼくの叫び声が響き渡った。
「ええー!」
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