5,2 マンデラ効果 Alternative・Q


 結局「ファンタ・ゴールデンアップルの謎」は迷宮入りした。

 収穫のないまま帰宅して、夜。

 解決できなくても活動記録は書く必要があるし、依頼人に調査結果を送信して今日の”謎解き活動”は終了した。

 その後は暇だったのでリビングでテレビを流しながら、なんとなくスマホで知恵袋系サイトをポチポチ覗いていた。


「マンデラ効果、いっぱいあるなぁ」


 芸能人のAさんってもう亡くなってましたよね? みたいな「死亡説」がけっこう書き込まれている。

 テレビに露出しなくなった芸能人の死亡説が流れるのは確かによくある。

 ちょっと前だと「つぶやきシロー死亡説」が話題になったっけ。

 こういうのも、マンデラ効果ってヤツなのだろうか。

 だいたいは、親切な回答者さんから「まだ存命ですよ」と否定されているけど。


「うーん……あれ?」


 その時、誰からも回答されていない「死亡説」系の質問を一つ見つけた。

 タイトルはこうだ――。


 『小杉昆こすぎこんの死亡日は』。


 本文も全く同じで、『小杉昆の死亡日は』とやけに簡素な質問だった。

 だからだろうか、1週間前に投稿されたのに誰も回答していなかった。


「しょーがない、答えてあげよっか」


 小杉昆さんは知ってる。有名な俳優さんだ。最近ドラマに出ていたのを見たことがあるし、訃報のニュースなんて見たことも聞いたことがない。

 回答期限がちょうど1週間後に設定されていて、ぼくが今回答してギリギリだった。

 ぼくは回答欄にこう書きこんだ、『テレビに出てる小杉昆さんは、まだ亡くなってないですよ』と。


「さーて、スッキリした。ネットサーフィンおーわり!」


 スマホをしまう。


「お風呂でも入ろっかな~」


 なんて呟きながら立ち上がり、伸びをした。

 その時だった。

 リビングでなんとなく流していたニュース番組の様子が変わった。

 スタッフが持ってきた新しい原稿を受け取るとアナウンサーの顔色が変わり、


『ここで臨時ニュースとなります。先程俳優の小杉昆さんが心肺停止状態で病院に救急搬送され――』


 え――?


「は……?」


 程なくして小杉昆さんは亡くなった。

 関係者の証言も警察も調査も一致していた。健康状態に問題はなく、事故でも自殺でも他殺でもない。不審な点はないとのことで事件として扱われなかった。

 彼は突然テレビスタッフの前で倒れ、そのまま帰らぬ人となった。突然の心停止。診断は”急性心不全”だった。


 後日、例の知恵袋系サイトでぼくが回答した質問を探したけれど、すでに削除されていた。

 少し探してみたけれど、キャッシュもネット上のログも見つからなかった。

 スクリーンショットなんて当然撮っていない。

 痕跡そのものがないものだから、それ以上追求しようがなかった。


 はたして、例の質問者はこのことを予知していたのだろうか。

 彼、あるいは彼女は何らかの方法で、小杉昆さんの死を知っていたのだろうか。

 健康問題はなく、事故でも他殺でも自殺でもない人物の完全な急死を、事前に知ることなどはたしてできるのだろうか?

 それともやっぱり”マンデラ効果”なのだろうか。

 偽の記憶、あるいはパラレルワールドの出来事を書き込んでいたとしたら――。

 頭がごちゃごちゃしてくる。根拠のない仮説が次々頭をよぎる。


「質問者はタイムトラベラーで、ネットの書き込みという形でこの情報と接触したぼくにも時空改変の影響が降り掛かった。ぼくだけがあの書き込みを覚えているけれど、あの書き込みがなかった世界に改変された……」


 なんにせよ、今となっては小杉昆さんの死を予知したネットの書き込みを覚えているのはきっと、ぼくだけだろう。そして証拠はもうない。

 全て消え去った。過去のことなんだ。

 マンデラ効果だ。ぼくだけの、”存在しない記憶”。

 ”分岐した異なる現実オルタナティブ・リアリティ”。


 ぶるる、と背すじが震えた。


「あー」


 こんなときは、気を紛らわすしかない。

 真面目に考え込んでもいいコトない。だって全部、過去のことだし。

 先輩の言う通りだ。過去に何かが無かったことを証明するのは不可能に近い。”悪魔の証明”になるし、なにより――。


「アニメでも見よっかな。なんだっけ、先輩のハマってるアニメ……『ココリコ』? あーそれはお笑いコンビだ」


 なにより人間ヒトの記憶なんて、いいかげんなモノなんだから。


 


   ΦOLKLORE: 5 ”マンデラ効果 Alternative”   END.

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