12話「とある村に降り立た賢者と若き魔女」
王都の領内を出ようとすると案の定教会の魔術師達が空を見張っていて、まだ箒を手にしたばかりのアナスタシアではどうにも速度的に追いつかれるとジェラードは判断すると彼女を抱き抱えたまま教会の魔術師達と空中で追いかけっこが繰り広げられる事となった。
――がしかし、ジェラードは無駄な事は極力省きたい者であるがゆえに自分の魔力で作った分身を西の方角に飛ばしてやり過ごす事にした。
そして彼はアナスタシアを抱えたまま透明化すると、魔術師達はまんまと分身の方に気を取られて偽物を追いかけて何処かへ行ってしまった。
「お、おぉ……さすがは大賢者ですね。まさか分身まで作れるとは」
アナスタシアが分身が飛んでいった方角に視線を向けながら口を開く。
「そうか? あんな魔法は初歩の初歩だぞ」
この程度の魔法で大賢者として褒められてもとジェラードは何とも言えない気持ちであった。
「……って! それよりも教会の魔術師達はいなくなったんですから、そろそろ降ろして下さいよっ! 私だって愛用のパープル・ムーンに跨りたいんですから!」
そう言って彼女は暴れ出すとそれは偶然なのか奇跡なのか分からないが、アナスタシアの肘が見事に脇腹に直撃して久々に痛みというのを彼は感じた。だがジェラードは自分が身につけているアイテムによって即座に強制回復が施されるので刹那の痛みであった。
「分かった分かった。箒に乗せてやるからそんなに暴れるな。さっきから、お前の肘や手の甲が体に当たって地味に痛いから」
ジェラードは頬を膨らませたアナスタシアから箒を受け取ると、まずは箒を空に浮かばせてそのあと彼女を箒へと跨がせた。
本来ならば箒に自身の魔力を流し込んで浮遊させるのだが場所が空中なだけあって繊細な作業ゆえに、今回はジェラードが魔力流し込んで操作しやすいようにしてあげたのだ。
「どうだ? 感覚的に操れそうか? 駄目そうなら俺がサポートしてやるから問題ないぞ」
彼が言うサポートとは自身の魔力を流し込んだ事で箒をまるでジェラード本人が手足のように自在に操れる事を言っているのだ。
つまりアナスタシアの箒の操作権はジェラードも持っているのだ。
「だ、大丈夫です! それにここから見る景色は絶景じゃないですか! 私は自分の箒に乗りながらこの綺麗な景色を眺めたいですっ! ……さあ、最初の目的を目指していきましょう!」
初めて箒に乗って見た景色は彼女にって価値のあるものようで、人差し指を真っ直ぐと向けると元気が有り余っているような声で次なる地を求めていた。
「ふっ、そうだな。では最初に向かうべき目的地は武装国家【ヒルデ】とする!」
最初に向かうべき場所を強く言うジェラード。
「はいっ!」
アナスタシアは表情を太陽のように明るくさせて返事をしてきた。恐らくやっと旅に出られる事が嬉しいのだろうと彼は見ていて思う。
それから目的地が定まると二人は武装国家ヒルデを目指して空を飛び続けるのだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「……ん? 先生、あれは村ですかね?」
空を飛んで暫くすると急にアナスタシアが地上に指を向けながら尋ねてきた。
それに対してジェラードも何気なく視線を地上へと向けると、
「あ、ああ。確かにあれは村だな。しかし、これは些か何があったと言うんだろうな」
そこには村の半分が焼き討ちにでもあったのか焦げている家や何か争った痕跡なのか至る所に剣や農具などが散乱としていた。
「私……気になりますので、あの村に一旦降りましょう」
アナスタシアは何処か真剣な眼差しで村を見ているようで、唐突にそんな事を言い出すと勢いよく降下して村の方へと向かった。
「あ、おい! ……はぁ。この年頃のやつは好奇心旺盛だな。まったく」
まさか村の様子が気になるなんて言い出すとはジェラードは予想にしていなく、一瞬の反応が遅れると彼女を追いかけるべく彼も村へと向かう。
――そして先にアナスタシアが村へと降り立って周りを伺っていると、その隣にジェラードも降り立った。
「うむ……。これは山賊の奇襲にでもあったのか? この周囲からは血のような匂いが漂うな」
ジェラードが村の土地に足を付けて妙な匂いを嗅ぎ取ると、それは人の血の匂いであって可能性としては賊に襲撃された村なのかと思ったが、少しだけ魔物の血が混ざっている事が違和感を覚えた。
「えっ、この何とも言えない錆臭い匂いって血の匂いだったですか!?」
その僅かな魔物の血の違和感を考えようとすると、横からアナスタシアが初めて知りましたと言わんばかりの驚愕の反応を見せてきた。
「ああ、まあな。そういう知識も旅をする上で必要な事だが……ちょっと待っていろ」
「ん? どうしたんですか?」
ジェラードが話の続きをしようとすると周囲に人影らしきものを感じて、アナスタシアに合図として手のひらを向けてその場から動かないように伝える。
そのまま人影を感じた所に向かって彼は歩いていくと、
「おい。お前はこの村の住人か? なにをこそこそと隠れながら様子を伺うような素振りをしている?」
焼け落ちた家の隅で身を潜めながら会話を盗み聞いているような背の低い老人を見つけた。
見ればその男性の服は至る所が破れていて表情は青ざめているように見える。
「ひいいっ! す、すみませんじゃ……! わ、わしはこの村の村長をやっていまして……お二人が空から降りてくるが見えて、中立国から助けに来た兵士さんかと思って近づいたのじゃが……。どうにも貴方からは人を助けるような雰囲気をしておらず山賊の類かと思い警戒していたのじゃ……」
凄く怯えた様子でそう喋り出した老人は、どうやら空から降りてきた二人を見て助けに来た者達と勘違いしていたらしい。
しかし老人の戯言かとも思ったが意外と人を見る目はあるようだと感心したジェラードである。
事実その話を聞いて大体の事情は把握できたが、微塵も助けるなんて気持ちは湧かないからだ。
「そうか。まあ助けに来た訳ではないが、お前も早くここから立ち去るといいぞ。老人の体力なんてたかが知れているからな。動けるうちにさっさと近くの村か集落に移動すべきだ」
彼はいまの状態の老人を見て合理的な判断を下して助言を残すと、その場を後にしてアナスタシアの元に戻ろうとしたのだが……。
「ちょっと待って下さいよ先生!! このお爺さん見るからに凄く困ってるじゃないですか!」
彼女は待ての合図を無視したらしく平然とジェラードの隣から姿を現すと、若干睨みながら両手を腰に当てて威圧的な態度を見せてきた。
「はぁ……。だからなんだと言うんだ? 俺たちには関係のないことだ」
まさか早々に待てを破ってくるとは彼としては想定外であり、このあとの展開が多少読めると面倒ながらも言葉を返す。
「はい、関係はありません。ですが! 私は先生と違ってちゃんと人の心を持っているので、このまま見過ごす訳にはいきません! ……それにこんな村の状態で、お爺さんを一人には出来ませんよ」
アナスタシアがはっきりとした口調でこの村に関わる事を宣言してくると、ジェラードは見ていてこれは偽善精神とかではなく純粋に人を助けたいという人間が持つ特有の瞳だと分かった。
それは以前にもこういう瞳を持って幾度となく人を助ける為に敵陣に突っ込んでいく脳筋馬鹿を彼は見て知っていたからこそである。
「ったく、そういうお節介の出るところは感心しないな。……だが、まあいい。一度言い出したらお前は言うこと聞かなそうだしな。しかし覚えておけ、一度手を出したのなら最後までやり遂げるという事をな」
ジェラードは自身の髪を乱暴に掻きながら渋々手を出すこと許可すると何があっても最後までやり遂げよと強く念を押した。下手に関わって中途半端で終わるのが一番メリットがなく、双方にとって無駄なことになるからだ。
「は、はいっ! ありがとうございます先生! では早速ですが、この村で何があったか教えて頂けませんか?」
別に感謝されるほどではないとジェラードは思っていると、アナスタシアは直ぐに老人へと寄り添って肩に手を添えながら優しく声を掛けていた。
「おおぉ……こちらのお嬢さんは優しいですのじゃ。じゃが……ここで話すのも落ち着かない……。そうじゃ、二人ともわしの家に来てくだされ。そこでこの村に何があったのか話しますのじゃ」
何処か言い方に含みを感じたジェラードだったが、老人が家に来るように言ってくるとアナスタシアはすかざす首を縦に振って答えていた。
すると老人は煤で汚れた顔で微笑むような表情を見せたあと歩き始めた。
「ほら行きますよ。先生」
「わ、分かったから。そんなに引っ張るな」
そしてジェラードはアナスタシアに腕を強引に引っ張られながらも、しっかりと村の惨状に視線を向けつつ老人に案内されて無理やり歩くのだった。
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