11話「箒と白い魔女再び」

 大賢者であるジェラードにマッサージを押し付けてアナスタシアは寝息を立てながら大人しくなると、彼もまた体を休めるべくベッドへと横になって瞼を閉じた。


 ――そして何処からともなく鶏の鳴く声が聞こえると、それは即ち早朝を意味していてジェラードとアナスタシアは欠伸をしながら起床して身支度を済ませると宿屋の店主に別れの挨拶を告げてその場を後にした。


「それで今日はどういう予定があるんですか? まさかまたクエストをするなんて言いませんよね?」


 宿屋を出て暫く王都の街を歩いているとアナスタシアがすれ違う貴婦人や少年や少女に目を向けながらそんな事を訊ねてきた。


「ああ、言わないから安心しろ。今日はアレだ。お前の箒を買いに店へ行こうと思う」


 しかし今日の予定既にジェラードの中で決まっていて、その最初の予定が彼女の箒を購入するという事なのだ。でないとこれからの旅に出ることすら出来ないのだ。

 もっともアナスタシアが箒を使わないで空が飛べるなら話は別なのだが。


「ま、まじですか!? ……いえ、当然のことですよね。なにを自分で驚いているのでしょう……」


 アナスタシアは箒を購入しに行く事を知ると目を丸くして彼の方を見てきたが、直ぐに冷静に戻ったのか肩を竦めていた。


「ふっ、まあ魔女になって初めて箒を手にする時は結構の感動があるみたいだけどな」

 

 そんな彼女をジェラードは横目で伺うと嘗てシャロンと共に旅をした時を思い出し、彼女も初めて自分の箒を手にした時は両手を上げて喜んでいたと、その時の記憶が鮮明に浮かんだ。

 だがシャロンの時はジェラードが箒を負担したせいで、店で一番高い物を買わされた苦い思い出でもあった。


「本当ですか!? だったら早くお店に行きましょうよぉ! ほらほら早く! ……まったく、歩くのだけはお爺ちゃんレベルなんですから!」


 ジェラードの話を聞いてアナスタシアは瞳を輝かせて反応すると急ぎ足で店の方へと向かおうとして先を行ったが、途中で足を止めると振り返って何やら誹謗的な言葉を投げてきた。


「……お前なんか日に日に俺に対する言動が酷くなってないか?」


 その言葉遣いにジェラードは少しだけ大賢者としての威厳を見せつけてやろうかと、その場でスカートが大きくめくれるぐらいの風を起こそうと思ったが、周りにもスカートを履いている女性がいる事から断念した。


 しかし考えてみればアナスタシアと出会ってそこそこの月日が経ったと思われるが、段々と大賢者に対する尊敬の念が薄れてきているようにジェラードは感じていた。

 ならば何処かの場面で改めて威厳を見せつけようと彼は密かに心に誓う。 



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 街を道になりに歩いて数分が経つと外見が木製で作られている店の前に二人は到着した。

 その店の看板には大きな文字で【ドトールの箒ショップ】と書かれている。

 恐らくだが店主の名前がドトールと言うのだろう。


「さぁ、やっと着きましたよ! 数多くの箒が取り揃っているお店に!」


 店を前にしてアナスタシアが両手を広げて主張してくると。


「そうだな。じゃあ、適当に選んで買ったら呼んでくれ。俺は外で待ってるから」


 ジェラードは特に興味がないので小さく手を振って早く要件を済ませてくるように伝えた。

 

「相変わらず気まぐれな人ですね。……ですが分かりました」


 するとアナスタシアは目を細めて彼を少しだけ睨み、そのまま店の中へと足を踏み入れて行った。だがしかし彼女は箒選びに時間が掛かると言う説をジェラードは長年の経験を活かして考える。女性とは元来から準備や買い物には時間が掛かるものだと全ての書記に書かれていたからだ。


「まあ、あれだな。これから長い旅の友を選ぶのだ。少しぐらいなら時間を掛けてやっても良いだろう」


 ジェラードはそう独り言を呟くと近くの木製の椅子に腰を下ろして、最初に向かうべき旅の目的地を何処にするか思案を巡らせ始めた。

 最初に考慮すべきはアナスタシアの実力が伴った場所が最優先事項となるだろうと。


「うーむ、ならばあそこが良いかも知れないな……。あ、いやいや待て、ならばあそこも……」


 彼が椅子に深く腰掛けて独り言を黙々と吐き続けると、そこでやっと次なる場所を定める事が出来た。あとはアナスタシアが箒を買って外に出てくるのを待つだけとなったが、ここでジェラードが周囲に展開していた索敵魔法に反応があった。


「チッ。ここでまさか教会の魔術師達のお出ましか……さっさと隠れるに限るなこれは」


 指を鳴らして即座にジェラードは透明化状態に入ると、その数秒後には箒に跨った魔術師達が数人ほど周りに降りてきた。見れば魔術師達には教会の証がしっかりとローブに付いていて、恐らくだが何処からか他の魔術師に見られていて居場所を密告されたのだろうとジェラードは予想した。


「ここが報告にあった場所だが……やはり居ないな。よし、僕がここを調べるからお前達は周囲の探索を頼む」


 ジェラードのすぐ傍で何時ぞやの白い魔女が箒から飛び降りて現れると、周りの部下らしき魔術師達に指示を出していた。


「「「「承知しました!!」」」」


 そして指示を受けた魔術師達は散り散りとなって再び飛び去っていくと、その場に残った白い魔女はジェラードが先程まで座っていた木製の椅子に視線を向けていた。

 しかし彼は事前に椅子から腰を上げて音を立てないように離れていたので見つかる要素はないだろう。


「ああ、頼むぞ。あの魔女が痕跡を探る系のアイテムを持っていないことを願う」


 ひっそりと物陰から白い魔女の様子を伺っているジェラードは気が気ではなかった。

 けれど彼は次の瞬間には何とも言い難い奇妙な光景を目にした。


「ふむぅ……ここにジェラード様がいたのは間違いないだろうね。まだこの椅子からはあの御方の匂いが濃く残っているからねぇ」


 そんな言葉が流れ聞こえてくると彼女は椅子に向かって顔を近づけて恍惚とした表情を浮かべながら全身をうねうねとくねらせ始める。

 一体彼女は何をしているのだろうかとジェラードは見ていて唯唯ただただ疑問であった。


「ああ……ジェラード様の匂いだぁ……ははっ。なんて知的な香りで僕はこんなにも興奮してしまうのだろう。……ま、まさかこれは!? 僕があの御方の弟子になれという啓示なのではないだろうかっ! いや、そうに違いない! でなければ体の芯がこんなにも疼くわけがないのだっ!」

 

 白い魔女が自身の体を抱きしめるような仕草を止めると次は一人でオペラ劇場を繰り広げているかのような声を出して、空を見上げながら何か決意をしたような顔付きになっていた。


「うむ、だとしたらこんな事をしている場合ではないな。一刻もはやくジェラード様を見つけて弟子にしてもらわなければっ!! ……待っていて下さいね大賢者様。いますぐ僕が見つけに行きますから!」

 

 彼女の中で何か目的が出来たのだろうか瞳に野心のような灯火が見えると、白い箒に跨りそのまま上昇していきあっという間に飛び去ると姿が見えなくなった。

 そして暫くして戻ってくる様子がないことを確認するとジェラードは透明化を解除した。


「ふぅ。まさか教会の魔術師達が俺の捜索をまだ行っていたとはな……。しかし密告者は誰だ? ちゃんと索敵魔法は機能しているはずだが……」


 ジェラードは物陰に身を潜めながら周りを警戒しつつ、索敵魔法範囲内の魔術師達を常に把握していたと言うのに密告されていたことに疑問を覚えていた。

 範囲内であれば意思魔法テレパシーで会話をされても筒抜け状態で聞こえる筈なのだ。


「うーむ、ということは王都の市民に報酬を出すと何とかで言って密告を手伝わせている可能性があるな。……という事はもはやこの街には居られないな。速やかに出て次なる地に向かわねば」


 王都の住人ですら密告者である可能性が出てきた以上、この街に長く滞在するのは自分の首を絞める事になるとジェラードは瞬時に理解するとアナスタシアが一刻も早く店から出てくるのを願うばかりであった。しかしタイミングとは意図せず合うものらしく、


「やっほい! やっと手に入れました私専用の箒をっ! ……そうですねぇ、名付けるなら【パープル・ムーン】ですかね」


 アナスタシアが箒を携えて店から出てくるとそのまま箒を持った手を空に掲げて何かを自慢気に喋っている様子だった。そして王都をすぐにでも離れたいジェラードが物陰から姿を現すと、直ぐに彼女の元へと駆け寄ってローブを掴み一気に浮遊して王都を離れる事にした。


 その際にアナスタシアが「いきなり何をするんですか!? というより離して下さいよ! これでは折角箒を買ったのに意味がないじゃないですか!!」と声を荒らげて暴れていたがジェラードは無視して王都の敷地を出るまでそれを続けたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る