10話「若き魔女は悶絶する」

「ふぅ……。まさかあの見た目が黒いだけの鳥が、あんなに美味しいだなんて知りませんでしたよ!」


 アナスタシアが自身のお腹を触りながら満足気な声色で言ってくる。


「ああ、まったくもって同感だ。また一歩食の探求が進んだと言うことだな」


 ジェラードは頷きながら先程ギルドの酒場にて調理してもらったブラックバードの芳醇な肉の味を思いだしていた。

 そして二人は今現在、すっかり夜となって静まり返った王都の街を徘徊している。


「まあ、お腹は満足になりましたが肝心な宿屋を探さないといけませんね……。このままでは私の自慢の髪が土汚れで傷んでしまいますよ」


 ジェラードの隣を歩くアナスタシアは髪の事が心配らしく指で毛先をくるくると巻きつけてはさり気なく主張してくる。


「なに、心配する必要はないぞ。ちゃんと宿の当てはあるのだ」


 だが彼は既に宿の目星はついていたのだ。それはずばりアナスタシアが魔術師試験を受けている時にジェラードが寝泊りしていた場所だ。


「ほら、ちょうど着いたぞ。ここが今日の宿ととなる”予定”の場所だ」


 ジェラードが人差し指を向けるとそこには煉瓦で作られている二階建ての建造物があり、木製の看板には宿屋の名前らしきものが堂々と書かれていた。ぱっと見では多少劣化が気になるかも知れないが、ここは既に彼が一回泊まっている事から寝泊りするだけなら問題ないと言える。


「……ちょっと待ってくだい。今、予定って言いましたね? ということはまだ予約はしていないと言う事ですか……?」


 だがしかしアナスタシアは聞くところはしっかりと聞いているらしく、彼の放った予定という言葉に目を細めながら訊き返していた。

 どうやら彼女は少なからず泊まれない可能性があると言う事に危機感があるようだ。


「まあな。だが旅というのは行き当たりばったりと言うだろう? こういうのは楽しんだ方が特だぞ」


 ジェラードは軽い口調で旅とはそういうものだと上手く言いくるめようとする。


「た、確かにそうですけど……私の中でそれは特にはなりませんよ」


 アナスタシアは半分ぐらい納得している様子であった。

 それから二人はいつまでも外で喋っている訳にもいかず宿屋の扉を開けて足を踏み入れると、


「すまない店主。二人なのだが部屋は空いているだろうか?」


 ジェラードはこの宿屋に空きがあるかどうか確認する為に受付の机で頬杖をついて欠伸をしていた店主に話しかけた。

 すると店主は二人が入ってきた事に今頃気が付いたのか慌てた様子で立ち上がる。


「おやぁ! これはこれは、いつぞやの放浪の魔術師さんじゃないですか! ちょっと待っていて下さいね、今確認しますから!」


 そのまま店主は気さくな挨拶を返してくると何事もなかったかのように、机に置かれている宿舎名簿のような物を開き始めて空き部屋の確認をしているようだった。


「空き部屋があると良いのですが……」


 彼の隣から小声でそんな言葉が聞こえてきたが、最悪ひと部屋だけだった場合はアナスタシアを泊めさせて自分はギルドに行って朝まで適当に過ごそうとジェラードは決めていた。

 でないと後々文句を嵐のように言ってくるアナスタシアが容易に想像できるのだ。


「あーっ……すみません魔術師さん。ちょうどさっき、一人部屋が埋まったばかりでして今空いているのが”二人用の部屋”だけなんですけども……」


 店主が名簿を見終えて申し訳なさそうな顔を彼に向けてくる。


「ふむ……それは困ったな。ちょっと待ってくれ相談する」


 ジェラードは手を顎に当てて考える時間が必要だと判断した。

 そして確認の為に隣にいるアナスタシアへと声を掛ける事にすると、


「聞いていたなアナスタシアよ。二人用の部屋らしいのだが……問題ないか?」


 彼も流石にここは少しばかり気を使っているので歯切れが悪い感じだ。

 例えアナスタシアが十五歳の少女だとしても立派な女性として接しなければいけないのだ。


「な、なな、ないわけがないでしょう!? どう考えても問題ありまくりですよッ!!」


 顔を真っ赤に染め上げて声を荒げるアナスタシアは完全に動揺しているように見える。


「……やっぱりか。はぁ、しょうがない。俺はギルドで過ごすから朝になったら来て――」


 そこでジェラードは予定通りにギルドで朝まで居座ろうとして彼女に部屋を譲ろうとしたのだが、


「ですけど! 先生をほかって自分だけ泊まるのも何か気が引けるので、今回だけは特別に一緒の部屋でいいですよ。ええ、これは仕方のないことなので」


 急にアナスタシアが食い気味にそう言って両腕を組むと表情は何処か照れくさそうだった。


「そ、そうか。ではその言葉に甘えるとしよう。すまない店主、その部屋を頼む」


 ジェラードはアナスタシアの言動が意外なものであったがゆえに頬をポツリと掻きながら、店主に声を掛けた。


「はい、かしこまりましたぁ! 二人用の部屋をカップルでご利用ですね!」


 そして店主が妙に張りのある声で返してくると、何やらとんでもない勘違いをされいるのではと二人は気が付いた様子で互いに顔を見合わせていた。


「お、おい店主! 俺はこんなロリとは付き合ってないぞ!」


 顔を見合わせて数秒の間が流れるとジェラードはこんなロリとカップル認定されるのは賢者として払拭しておかないといけない事実だと思い、店主に向かって否定を言葉を言い放つ。


「なっ!? わ、私はロリじゃないですよ! それに私だってこんな見た目だけの人とは付き合いませんよ!」


 だがアナスタシアが隣でロリという単語を耳にした瞬間に頬を痙攣させて怒っている様子だ。


「あ、違いましたか? これはすいませんね! では部屋の鍵はこちらになりますので、料金は銀貨六枚でお願いしますっ!」


 あまり悪びれていない雰囲気の店主だが取り敢えず差し出された鍵をジェラードが受け取ると横からアナスタシアが溜息を付きながら銀貨六枚をポケットから取り出して机に置いていた。


 どうやら彼女は既に自分がお金を払うことが分かっていたようだ。しかしジェラードとしては別に払わなくても問題はなかったのだ。なんせ彼は錬金術も習得していて道端に転がる石を拾って魔力を込めて握ればそれはダイヤモンドに変える事が出来るからだ。


「ふむ……別に気遣いは無用だったのだが、ここは素直に甘えるとするべきだな」


 ジェラードは独り言とのように呟くと、彼としてはあまり錬金術という手は使いたくなかったのだ。何故ならいくら石をダイヤに変えたとしても結局のところそれは偽物であるからだ。

 

 だが偽物といっても錬金術で作ったダイヤは本物と同等の品質を持っていて偽物だと気づかれる事はないだろう。そのあたりの微妙な調節やこだわりは賢者として抜かりはないのだ。


 しかし偽物を作って金儲けや代金を誤魔化すというのは賢者として良心が痛むところがある。

 ゆえにこの手法は非常事態での最終的な方法と言えるのだ。


「ちょっと先生~? そんなところで固まっていないで早くいきますよ!」


 二階へと通ずる階段に足を掛けてアナスタシアが振り返ってくる。


「あ、ああ。直ぐに行く」


 ジェラードは軽い返事をしたあと彼女のあとを追って部屋へと向かった。



◆◆◆◆◆◆◆◆


 

「やっと体に付いた土汚れを落とす事が出来ましたよ~。これで私の大事な麗しの髪と瑞々しい肌が守られましたっ!」


 風呂から上がったばかりのアナスタシアは全身から湯気を立たせながら柔らかそうな布で髪を丁寧に拭いていた。


「そうか。それは良かったな」


 ジェラードは横目で少しだけ確認すると直ぐに視線を外してベッドの上で横になる。


「それよりも本当に先生は湯に浸からなくて大丈夫なんですか? いくら魔法のおかげで体が汚れないと言っても……」 


 アナスタシアが髪を拭き終えて布を首に掛けてベッドに腰を下ろしてくる。


「ああ、問題ないな。というよりお前は何か俺に願い事があるんじゃなかったのか?」


 ジェラードは草原での会話を思い出し顔を彼女へと再び向けた。

 それは彼女がブラックバードを一人で倒したら常識の範囲内で願い事を叶えるというやつだ。


「あっ、そうでした! すっかりと忘れていましたよぉ。えーっとですね、私の願いは足のマッサージをして欲しいという事ですね。もちろん自分の手を使ってですよ! 魔法でやるのは駄目です」


 言われてから思い出したらしく両手を軽く叩く仕草を見せると、笑みを浮かべながらあっさりと願い事を言ってきたアナスタシア。


「……はぁ? そんな事でいいのか? 何かもっとこう賢者の魔法教えてとか……そういうのはないのか?」


 あまりに予想外の内容だったこともあり、ジェラードは珍しく焦りという感情を出している事に自分でも分かっていた。だが逆に言えばそれほどまでに思いがけない事だったのだ。

 

「ないですね。どうせ教えて貰っても使えないでしょうし。だったら草原を走り回ってパンパンになった足を揉みほぐして欲しいですよ」


 自分のふくらはぎを手で揉みながらアナスタシアは主張してくる。

 確かに今の彼女の実力ではまだ教えたとしても構築術が理解できるかどうか微妙な所であり、ならばアナスタシアが言っている事は合理的であるとジェラードは妙に納得していた。


「まあ、お前がそれでいいなら別に俺は構わんが……」


 それからジェラードは渋々という感じで彼女の願い事を承諾する。


「構いません! では、お願いしますね!」


 アナスタシアはきっぱりと言い切って自身の両足を彼の目の前へと向けてくる。

 だがよく見ると彼女の足は瑞々しく張りのある肌をしていて自慢するだけの事は確かにあった。


「あー、こういうのは経験がないから文句は言うなよ?」

「大丈夫ですよ! いくらなんでもそん……ひゃっ!?」


 彼は心ばかりの保険を掛けてからアナスタシアの足裏に触れると、彼女は先程まで妙な笑みを見せていたのにも関わらず急に変な声を出し始めた。

 しかしそんな事は気にせずにジェラードは足裏から親指へと揉みほぐしていくと、


「ちょっ……んんっ! ……な、なひこれ……ああっ……!!」


 アナスタシアは両手で口を抑えて声が漏れないようにして身悶えている様子だった。

 けれど足を揉む度に息遣いやベッドのシーツを掴んでは何かを堪えているようだが、段々と頬が赤くなっていき瞳にはうっすらと涙まで出ているように伺えた。

 

「なあアナスタシア。もしかして俺はやり方を間違えているのではないだろうか……」


 そう言いつつジェラードは彼女の足からゆっくりと手を離そうとすると、


「あぁっ! や、やめないで下さい! あ、あと少しで……その……良い感じだったので続きをお願いします……っ」


 アナスタシアが右手で彼の手を掴んで続きをするように頼んできた。

 見るからに正常な状態ではなさそうだとジェラードは彼女の表情を見て直ぐに分かった。

 

「そ、そうか? よく分からんが、お前が良いと言うなら続けるが……あまりにも変だったら辞めるからな」


 条件を付け加えて言うとアナスタシアは赤らめた顔を小さく頷かせていた。


 一旦願い事を叶えると言ったからにはアナスタシアが満足するまで続けるのが道理なのだが様子がおかしい事も考慮して、これ以上なにか変だったら直ぐに止めなければならないとジェラードは慎重になりつつ再び彼女の足へと手を近づける。


 ――――それから足裏と指のマッサージが終わるとジェラードは次にふくらはぎのマッサージへと移ったのだが暫くするとアナスタシアは体を大きく反応させたあと、ぐったりとした状態になってしまいそのまま寝てしまったのだ。


 一体彼女の身になにが起こったのだろうかとジェラードは賢者として気になるばかりであった。

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