13話「大賢者と若き魔女は村人を助けに行く」

 老人が先導する道をアナスタシアに腕を引っ張られながら無理やり歩かされているジェラード。

 そのまま歩き続けると老人が手招きをしながら一軒の家へと入って行き、そのあとを二人もあと追って入っていく。


 するとその老人の家は特に損傷もなく、至ってシンプルな家具が置かれているだけであった。


「なんもありませんが、椅子にでも座って待っていて下さいじゃ。直ぐにお茶をいれてきますのじゃ」


 部屋に入るなり老人が振り返りざまに言ってくる。


「あ、ああ。粗茶で構わないぞ」


 二人は言われた通りに木製の椅子に腰を掛けてジェラードは彼に向かって軽い言葉を投げた。


 それは別に嫌味で言った訳ではなく気遣いは無用という意味が含まれているのだが、どうやら隣に座っているアナスタシアは言葉をそのままの意味で捉えたらしく、


「なにを言ってるんですか! せっかく気を使って頂いているんですから無粋な言葉は駄目ですよ! まったく、これだから世間知らずの大賢者は……」


 ジェラードの横腹を肘打ちしてくると小声で怒っているような声色でそう言ってきた。

 そこで彼はやはり日に日に彼女が大賢者である自分を軽視していることを悟った。


「お待たせしましたじゃ。このハウル村で作った特製の茶でございますじゃ」


 ジェラードが痛みを負った回復済み横腹を摩りながらアナスタシアを睨んで暫く待っていると、老人が奥から姿を現した。その手には木製の板を持っていて、その上には特性の茶とやらが入っているティーカップが二個乗っていた。


「まずはこれでも飲んでゆっくりしてくださいじゃ」


 老人がティーカップをジェラードとアナスタシアの前に置くと自身も二人に対面するように椅子に腰掛けた。ジェラードは目の間に置かれたお茶を見ると、それは透き通った緑をしていてティーカップの底が見えるほどであった。しかし本当にこの村のお茶が美味いのだろうかと言う疑問が脳裏を過ぎっていく。


「おぉ! これは何とも見たことがないお茶の色をしていますね! さっそく頂きます!」


 ジェラードが心配しているのもよそに、アナスタシアは置かれたお茶を右手で持つと一気に飲み干して喉を鳴らしていた。

 そして空になったティーカップを机に置くと彼女は一つの間を空けて、


「お、美味しいですこれ! 今まで飲んできたお茶とは一味違った風味がしますね! なんでしょうか……これは恐らく茶葉が特殊なのでしょうか?」


 表情を満面の笑みにしてからお茶の味について考え始めたのか両腕を組んで目を閉じていた。


「おぉ……!! この茶の風味が分かりますのかじゃ! いやぁ、よかったよかった。それなら少しはこの村も意味があったと言えましょうじゃ」


 アナスタシアの反応が嬉しいのか老人も笑みを零すと何処か儚い声色でそう言っていた。

 ジェラードも彼女がそこまで絶賛するのなら見た目にとらわれずに挑戦してみようと思いティーカップを持つと、そのまま自身の口の中へと茶を流し込んで舌を使ってじっくりと味を堪能した。


「なっ!? ……こ、これは……実に美味いではないか!! おい村長! この茶を後で売ってくれ! 旅の合間に飲む物として実に最高だ」


 するとジェラードは今まで飲んできたどの茶よりもこれは美味であることを光の速さで知ってしまった。


 それはシャロンと共に旅をしていた時に幾度と色々なものを口にしてきた彼が評価するほどで、このお茶は爽やかな味わいが強く、かと言ってお茶本来が持っている苦味もしっかりと残っているのだ。


「おぉ……まさか貴方にも褒めていただけるとは嬉しいですのじゃ。……しかしこの茶を作る為の茶畑は既に放火にあって厳しい状態ですのじゃ……申し訳ない」


 彼にお茶を褒められた事が予想外だったのか老人は目を丸くしていたが、静かに自身の頭を触りながらこのお茶を作ることが厳しいと返してきた。

 そこでアナスタシアが咳払のような真似をして場の注意を引くと、


「そ・れ・で・すよ! なんでこの村はこんなにも良いお茶を作れると言うのに、こんな状況になってしまったんですか? 是非、私達に教えて下さい村長さん!」


 改めて事の本題に入ろとしたらしく老人に向かって事情を訊ねていた。


「ええ、もちろん話しますのじゃ。……それはちょうど二週間前に起きましたのじゃ。わしらはいつも通りに茶畑の手入れをして――――」


 老人は重苦しい表情でこの村に何があったのか話し始めると二人は黙ってその言葉に耳を傾けた。そしてその話の内容によると、この村が襲われたのは二週間前の事で襲ってきたのは山賊の類ではなくゴブリンの群れの集団だったらしい。


 ゴブリン達は森から姿を現すとあっという間に村を襲い始めて、家畜や茶畑や家を破壊すると次に人間の子供と女性を襲い始めてその多くは攫われて巣に連れて行かれたらしい。


 さらに村の半数はゴブリン達に蹂躙され殺され、生き残った若者達は死んだ者達を土葬したあと攫われた者達を助けるべく後を追って巣へと向かったが戻って来なかったらしいのだ。

 そのあと若者達が帰ってこないことを心配すると最終手段として中立国に助けを求めたらしいとのこと。


 そして中立国から派遣されてきた騎士団のパーティが村に到着して村長が事情を説明すると、直ぐにそのパーティはゴブリンの巣へ向かったらしいのだが、これもまた戻っては来なかったらしい。


 それからこのパーティが村に到着したのは一週間前ぐらいの出来事で、村長は苦悩とした毎日を送っているとそこに現れたのがジェラード達だったと言う事らしい。

 ならば中立国からの増援だと見間違えても無理はないだろう。


「ふむ……大体の事情が分かったが、この惨状はゴブリンの仕業だったか」


 ジェラードが老人から聞いた話を脳内で纏めると独り言のように呟いた。

 

「そ、そんな……。たかがゴブリンがここまでの事が出来るんですか?」


 アナスタシアの方は話を聞いて青ざめた表情を浮かべると手が微かに震えていた。

 確かにただのゴブリンなら村を襲うなんて事は出来ないとジェラードは知っている。

 ……がしかし、それは普通ならと言う話であって例外も存在する。


「すまないが老人。村人の証言にこんなのはなかったか? ゴブリンの中に杖を持っていた者や図体が飛び抜けてでかい者が居たとか」


 ジェラードはこの質問の返し方によって村が襲われた事情が大体分かると推測していた。

 老人は彼の言葉を聞くと難しい顔をして考え込むような雰囲気を見せると、


「……あぁっ!! ありましたじゃ! 確かに村を襲撃してきたゴブリンの中に体の大きなゴブリンが居たと言っておりましたじゃ!」


 村人が話していた言葉を思い出したようで机に身を乗り出してジェラードに教えていた。

 するとジェラードの隣ではアナスタシアが首を傾げて袖を引っ張ってきた。


「先生、それはどういう意味なんですか? ゴブリンって低身長のやつですよね?」

「あ、ああ世間一般ではな。しかし中には【ゴブリン・ロード】や【ゴブリン・キャスター】と言われる特殊なゴブリンが希に居るのだ。そいつらは厄介な事に群れの指揮を取る事ができ、こうやって村を度々襲撃することがある」


 彼女の疑問に答えるようにしてジェラードが淡々とゴブリンの種類に関して話していくと、その話を聞いてアナスタシアの顔が再び蒼白になり変わっていた。


 しかし村を襲ったゴブリンの中に体格が大きい者が居たのなら、きっとそれが指揮を取って襲った張本人でゴブリン・ロードで間違いないとジェラードは断言出来た。


「……そこで身勝手な事だとは重々承知しておりますのじゃが……。どうか村人達を助けては貰えないじゃろうか……」


 事情説明を一段落終えたあたりで老人が弱々しい声で二人にそう言ってきた。

 だが事を引き受けたのはアナスタシアであり、ジェラードは彼女の判断に任せる事にした。

 一度関わってしまったのなら、こうなることも予想出来ていたはずだと。


「わ、私は……」


 アナスタシアが言葉を発しながら俯いた顔を趣に上げると、


「私は、この村を助けたいです! だから私に任せておいて下さい村長さん! 必ず村人全員を救出してきますっ!」


 自身の胸を叩きながら覇気の篭った声色で言い切っていた。


「おぉ……ありがとうございますじゃ……。お礼は何でも致しますのじゃ……だから本当にお願いしますのじゃ……」

 

 アナスタシアの言葉を聞いて老人は涙を流すと何度も頭を下げてはお願いしますという言葉を繰り返していた。

 しかし彼女が一旦やると言った以上、ジェラードはそれに付いていくのみ。

 

 流石に命に関する事が起こったら手は貸すが極力は何もしないという形でいく予定なのだ。


「ならば行動は早めにした方がいいぞアナスタシア。攫われた村人達の体力を考えるに持ってあと数日か数時間だろうからな」


 助けに行く事が決まるとジェラードは攫われた村人達の状態を考慮してアナスタシアに声を掛ける。


「えっ!? ……そ、そうですよね……中には子供もいますからね……。では早速、ゴブリンの巣が何処にあるか教えて下さい!」


 彼女は驚いた表情を見せていたが状況が状況ゆえに直ぐに思考を切り替えたのか、真剣に目付きになるとゴブリン達の住処を老人に訊ねるのだった。

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