第53話 魔王国の紅茶
朝食を食べ終えた三人は、街へと繰り出していた。
「さて、今日は魔王国観光と洒落込もうじゃないか」
アルベルは上機嫌で前を歩く。
シトリーとイーリスはその後ろをついていく。
「二人はどこか行きたい場合とかある?」
「私はどこでも良いよ」
「そうねぇ……どこか落ち着ける場所に行きたいわ」
「そうか、じゃあ喫茶店にでも行ってみるか」
三人は適当な喫茶店を見つけて入っていく。
そこには、シトリーやイーリスがよく行っていた喫茶店のような、穏やかな空間が広がっていた。
店内はコーヒーと紅茶の香ばしい匂いに包まれており、アンティークのテーブルと椅子、タイル貼りの床がシックな雰囲気を演出していた。
帝国との一番の違いは、店員や客の種族である。
この喫茶店の店員は耳の尖ったエルフ族の男性で、カウンターの前でグラスを拭いている。
窓際の席では肌が緑の女性が二人、コーヒーの香りを楽しんでいた。
アルベル達は奥の席に座ると、カウンターの方からエルフの店員がやって来る。
「失礼します、ご注文はお決まりでしょうか?」
「紅茶を三つお願いします」
「はい、かしこまりました」
アルベルが三人分の紅茶を注文し、店員が小さく頭を下げて立ち去る。
「……さて、どんな紅茶を出して来るんだろうな」
「ねぇアルベル、お金ってどれぐらいあるの?」
イーリスがお金についての不安を口にする。
「一応事務所から金貨五枚持ってきたぞ、お前らはどれぐらい持ってるんだ?」
「シトリーと合わせて金貨八枚分ってところかな」
「ふむ、まあそれだけあればしばらく生活には困らないだろう。物価に関してはここの方が少し安いぐらいだ」
「そっか、なら大丈夫そうだね」
しばらくすると、テーブルの上に三杯の真っ赤な紅茶が運ばれる。
「お待たせしました、当店自慢の鮮血茶葉を使用した紅茶でございます」
店員は一礼し、カウンターへと戻っていく。
「…………」
アルベルとイーリスは、帝都では見た事もないような赤い紅茶を前にして身構える。
シトリーは特にリアクションもなく、当然のようにカップに口をつける。
「味は普通の紅茶よ、冷めないうちにさっさと飲みなさい」
二人は促されるままに、恐る恐る紅茶を飲む。
「……香りが濃いな」
「結構美味しい……!」
アルベルとイーリスは紅茶の味と香りに感嘆の声を漏らす。
そうして、三人は静かにティータイムを過ごした。
全員のカップが空になった頃、シトリーが話を切り出した。
「ねぇアルベル、昨日は聞けなかったけど、貴方が使徒との戦いで使ってた力、“反魔力”よね?」
「……そうだね、で、何が聞きたいのさ」
反魔力とは、マイナスのエネルギーを持つ魔力。
魔法を使う力にはなり得ないが、魔力を打ち消し、術者の魔力を奪ったり、魔法攻撃を無効化したりできる力である。
「いつからその力を使えるようになったの?」
「産まれた時からかな、まあ最初は今ほど強い力は使えなかったけどね」
「そう、まあその力に関しては特にどうこう言うつもりはないわ。問題は貴方とホワイトオーダーとの因縁についてよ」
アルベルはばつが悪そうに頭を掻く。
「……気付かれちゃったかー」
「あの顔を見ればすぐに分かるわよ」
「一つ訂正があるとすれば、ホワイトオーダーじゃなくて、その団長、グレン・ローガーとの因縁だな」
「何があったか聞かせてくれる?」
シトリーの問いかけに対し、アルベルは首を横に振る。
「悪い、まだ話す覚悟ができてないんだ。だが、あいつが今ホワイトオーダーの団長の座にいるのが許せないんだ。言ってしまえば、俺は復讐がしたいんだよ」
そう語るアルベルの顔は怒りに満ちていた。
だがすぐに元の無害そうな顔に戻り、イーリスに話を振る。
「そういえば、イーリスはこれからどうするんだ? 聖法国への復讐は無事に果たせたわけだが」
「え!? うん、ええと、しばらくはこの国に滞在して色んなものを見ようと思ってるよ。今の私じゃ世界を変える程の力も知識もない、だから、色んな事を経験して、いつかは世界中を説得できる程の見識を得るの」
「そっか……イーリスは偉いな」
「もしかして、私じゃ無理だと思ってる!?」
イーリスはアルベルの腑抜けた態度に対して、怒りを露わにする。
「違う違う! 君ならできると思うよ、いや絶対できる! ただ、俺なんかよりもずっと立派で、すごい奴だと思っただけさ」
「ア、アルベルだってとっても強かったよ!」
「俺は強い“だけ”なんだ、立派な夢も目標もない、だから俺はせめてイーリスの夢を応援するよ。いつかどの種族も自由に国境を越えられる世界にしよう」
そう語るアルベルの目は、どことなく濁っていた。
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