第49話 懺悔

「……ハンマのチカラカ、シカシコノテイドデハキカヌ」


 反魔力の霧に包まれている事で、魔力が少しずつ奪われていく。

 だが、圧倒的な魔力を持っていたり、魔力に頼らない体の場合は効果が無い。

 今回の相手は、恐らく両方当てはまる。


 (コノキリノセイデ、魔力探知ガキカヌ……ハヤクダッシュツスルカ)


 白き異形はその場から飛び去ろうとするが、ジャンプの瞬間、シトリーの声で魔法が唱えられる。


重力負荷ヘヴィグラビティ!」


 これにより、僅かな間、白き異形にかかる重力が増加し、ジャンプによる退避が阻止される。


 (ボクヲアシドメシテナニヲスルツモリダ? ソウカ……ネライガワカッタゾ)


 白き異形は黒い霧の中で攻撃を待ち構える。

 前からイーリスが姿を見せ、異形の顔に斬りかかる。


「はぁぁ!!」

「ネライハクチノナカダロウ?」


 白き異形は飛びかかってきたイーリスに向けて拳を放つ。

 直撃すれば無事では済まない一撃。


「やっぱりそう来た」


 イーリスはニヤリと笑い、その攻撃を空中で防御した。

 当然、勢いよく後ろに吹き飛ばされるが、その瞬間でさえ笑いを浮かべていた。


魔導光芒砲サテライトレーザー!」


 シトリーが魔法を行使する。

 どこからか? そう、白き異形のすぐ後ろからである。

 ゼロ距離で放たれた白い光線が、異形の胴体を貫いた。


「グガァァァァァ!」


 怪物の断末魔が響く。

 周囲を包んでいた黒い霧が晴れる。

 そこには、胴体に大きな穴が開いた異形の使徒が膝をついて項垂れていた。

 その姿は、なぜか懺悔しているようにも見えた。


 戦いは終わった。

 イーリスとシトリーが倒れているアルベルに駆け寄る。


「アルベル、大丈夫?」

「回復魔法いる?」


 全身ボロボロのイーリスが、倒れているアルベルに手を差し伸べる。


「ほら立って」

「ありがと」


 アルベルはその手を取って立ち上がる。

 三人はもう動かなくなった異形に目を向ける。

 かつてない程の強敵だったが、終わってみればあっけなかった。


「ねぇアルベル、これからどうするの?」


 シトリーが問う。


「君達二人についてくよ」


 アルベルが答える。


「良いの? アルベル」


 そう聞くイーリスはどこか嬉しそうだった。


「ああ、本当はお前達を色々と利用しようとしてたんだ。でも、もうどうでも良くなった。だから君達の力になりたいと思ってるんだ……ダメかな?」

「ううん、すごく嬉しい……!」

「イーリスが良いなら私も異論は無いわ」


 三人はそれぞれ顔を見合わせ、微笑んだ。


 そんな時、彼らはやって来た。

 穴の開いた正門が突然破壊される。

 奥から現れたのは、白いトレンチコートを身を纏った集団。

 先頭に立っているのは、白い鞘に納められた刀を携えた、白髪の男である。

 後ろにはユヴェリアも控えていたが、ジルクの姿はなかった。

 白髪の男はイーリス達に向けて、堂々とした態度で警告する。


「我々は世界の秩序を守る傭兵団、ホワイトオーダーである! 帝国の命令により、イーリス、シトリー、そしてその二人を利用し、聖法国に反乱したアルベル・ブライトを拘束する!」


 三人はすぐにホワイトオーダー達の方を見た。


「えっ、何で?」

「いくら何でも早すぎるわ……帝国からここまでどれだけ距離があると思ってるのよ」


 イーリスとシトリーは予想以上に早い展開に動揺していた。

 だが、それ以上にアルベルの様子がおかしかった。

 先頭に立っている男を見た途端、驚きと喜び、そして溢れんばかりの憎しみをその顔に滲ませた。


「……殺す!」


 アルベルが刀を持って動き出そうとした時だった。

 両者との間で爆発が起きる。

 それと同時に、周囲の空気が一変した。

 ホワイトオーダーの隊員の多くがガタガタと震え出し、その場にへたり込む者までいた。

 アルベルもさっきまでの威勢を失っており、何かを恐れるように一歩後退った。

 イーリスに至っては尻尾の毛が逆立っており、怯えた様子で足をガタガタと震わせていた。


 それが正確には爆発ではない事を、皆既に理解していた。

 砂埃が収まり、“その男“は姿を現した。


 黒い鎧に白いマント、綺麗な長い銀髪。

 金と銀のオッドアイは宝石のような輝きがある。

 芸術品のような美しさを持つ男が、そこにいた。


「……”魔王“!」


 白髪の男は驚きの声を上げる。 

 銀髪長髪の男は、ホワイトオーダーには見向きもせず、イーリス達の方へ歩き出す。


「少し、来て貰うぞ」


 そう言った直後、この場にいる全員の視界から消え、次の瞬間には気絶したイーリスとアルベルを両脇に抱え、シトリーの前に立っていた。


「お前は魔法で魔王城まで飛べるな?」


 シトリーは少しの間を置いて、無言で小さく頷いた。


「よし、なら来い」


 銀髪の男は東の方向を向くと、二人を脇に抱えたまま走り出して、飛んだ。

 一瞬にして空の彼方に消えていく。


「ま、待てっ……!」


 白髪の男は力なく声を上げるが、その言葉は届かない。

 その場には、ホワイトオーダー達とシトリーのみが残っていた。

 白髪の男はシトリーの方を見る。


「……私も捕まってあげるつもりはないわよ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る