第48話 異形の使徒

「オアソビハココマデダ」


 白き異形は歪な声でそう言った。

 異質な見た目と、元となった人間の強さも相まって、凄まじいプレッシャーを放っていた。


「あーダメだ、俺じゃ勝てる気がせん」


 アルベルは疲れ果てた様子で弱音を吐く。

 それもその筈である、アゼルとの戦いでアルベルの体力は限界に達していた。


「シトリー、私が相手するから、サポートお願いね」

「ええ、後ろは任せなさい!」


 アルベルは異形から逃げるように距離を取り、入れ替わるようにイーリスが前に出る。


「アルベルお疲れ様! もう実力隠したりしなくて良いの?」

「お前達見てたら、もう良いかなって思ったんだ」

「ふーん、そう」


 シトリーとアルベルは簡単な会話をし、白き異形と対峙するイーリスを見守る。


「ボクハ”使徒“、カミニサカラウモノヲコロス」

「貴方は私が倒す、絶対に!」


 イーリスは怯む事なく相手を直視する。

 白銀に輝く剣を構え、過去に己が倒した怪物と姿を重ねる。


 (相手の強さは未知数……でも、今の私なら負ける気がしない!)


 白い異形は姿を消し、瞬く間にイーリスの背後を取る。


「シネ」


 容赦なく巨大な拳を振り下ろす。

 当たれば即死、しかしイーリスは背後に目を向ける事なく、前に転がるように避ける。

 攻撃対象を失った拳はそのまま地面を砕いた。


「……硬い!」


 イーリスは素早く立ち上がり、再び白き異形を見据える。

 振り下ろした拳の甲が僅かに裂かれ、傷から黒い液体が出てくる。

 回避と同時に攻撃したのだろう。


招雷撃サンダーボルト


 シトリーが魔法を使用し、空からの雷が白き異形に直撃する。


「……カユイ」


 直に喰らってもなお、効果はないようだ。

 イーリスは更に攻撃を仕掛けるべく、姿勢を低め、地を這う弾丸のように突撃する。

 股下を通り抜け、後ろ振り向いてから高く飛び上がり、異形の首を狙って全力の一撃を叩き込む。


「せいやぁぁ!!」


 かつて黒い異形の首を刈り取った一撃。

 その時の場面が今、再現された。


 ギィィィン


 傷はついた、しかし浅い、とても浅い。

 白き異形は右腕を上げ、後ろを薙ぐように回転する。

 イーリスはその剛腕に直撃し、勢いよく吹き飛ばされる。


「んぎゃっ!?」


 力なく地面を転がり、何度も体を打つ。


「「イーリス!」」


 シトリーとアルベルが名前を呼ぶ。


「私は……負けない!」


 剣を地面に突き立て、ぎこちない動きで立ち上がる。

 顔を上げたイーリスの額からは血が流れていた。

 体はボロボロで立っているのもやっとな状態に見える、だが、その心はまだ折れてはいなかった。


「ムダダ……サバキノヒカリヨ!」


 白き異形が天を仰ぎながらそう叫ぶと、空が眩い光に覆われる。

 空全体が輝きを放っていた。


「コレデオワリダ」


 前方位の空から大聖堂の周囲一帯に向けて強烈な光が放たれる。


「イーリス!!」


 シトリーは急いでイーリスに駆け寄る。

 アルベルの体から黒い霧が滲み出る。

 光が周囲を包む。

 外部から見たその場所は、輝く空から放たれた光が一つの場所に収束しているように見える。

 神々しくも見える光景だが、その正体は触れる生物を消し去る裁きの光であった。


 しばらくの間、その場所は光に包まれていた。

 空の輝きが収まり、それと同時に光が消える。


「……バカナ!?」


 白き異形の前には、シトリーに支えられるようにして立っているイーリスと、疲労困憊な顔をした今にも倒れそうなアルベルが居た。


「あー、づがれだ、しにそう」


 アルベルは地面に突き刺した刀を杖代わりに、何とか立っていた。


「ナゼイキテイル!」

「私は魔法結界で、アルベルは多分反魔力で光を無効化したのでしょう。相手が悪かったわね」


 白き異形は、自分の予想外の結果を前に、焦りを見せ始めていた。


「イーリス、立てる?」

「大丈夫、私はまだ戦えるよ。足の怪我だけ治してくれる?」

「分かったわ」


 シトリーはイーリスの足の怪我を魔法で治す。


「……シカタナイ、ナラバコノテデチョクセツコワスノミダ」


 白き異形はアルベルに素早く接近し、猛烈なパンチを繰り出す。


「うおおお!?」


 アルベルは咄嗟に刀でガードするが、その衝撃を受け切る程の力は無く、容易く吹き飛ばされ、地面を転がる事になった。

 白き異形は倒れたアルベルに向かって勢いよく飛びかかる。


「死ぬ死ぬ死ぬ!」


 アルベルは横に転がる事で追撃を間一髪で避けるが、すぐにまた拳が振り上げられる。


 (これ以上は無理!)


 既に避ける体力を失ったアルベルは死を覚悟した。


「アルベルに触るなー!」


 イーリスは白き異形の腰に全力で剣を突き出す。

 しかし刃はごく僅かしか刺さっていない。


「ジャマダ」


 白き異形は攻撃を中断し、イーリスのいる方を薙ぎ払う。

 イーリスは何かを呟きながらバックステップでそれを避ける。


「やっぱり、口の中しか無いかも……」


 それと同時に、シトリーがこちらに走って近づいてくる。


「アルベル! 今残ってる体力と魔力全部使って、できるだけ広い範囲に反魔力をぶち撒けなさい!」

「わ、分かった!」


 アルベルの体から黒い霧が発生し、たちまち白き異形の周囲を包み込んだ。

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