第17話 それぞれの目標

 イーリスとシトリーが傭兵事務所、フラグメントの一員となり、二ヶ月が経過した。

 その日もアルベルは自分用のデスクで書類をいじっていた。

 この二ヶ月の間で変化した事で、一番大きな変化は、大きな事務所の来客用の椅子が、素朴な木製の椅子から、ゆったりとした緑色のソファーになった事だろう。


「はろはろー、今日もカワイイ狐っ娘が遊びに来たわよ! もっと喜びなさい!」

「アルベル、まだ仕事は入ってないの?」


 最初の頃は何かと遠慮しがちだったイーリスも、最近はどことなく積極的である。

 シトリーは何故か、最初から遠慮がなかったが。


「仕事は入ってないよー。というか、君達も暇なのか? こんなところに来ないで、もっと色んなところに遊びに行ってもいいのに」


 イーリスとシトリーは、来客用のソファに並んで座る。


「帝都の人達が私達をどう見てるか、貴方も知ってるでしょ? この国は、私達が落ち着いて過ごせる場所が少ないのよ」


 アルベルは不憫そうにシトリーを見つめた。


「……それもそうだね、どこか獣人でも楽しく過ごせる場所があればいいんだが…………あっ、お前達、何か趣味とかないか?」


 その問いに、シトリーが素早く反応する。


「はいはーい、魔法研究が趣味でーす! 普段は魔導書を書いたりしてまーす!」

「へぇ、それは凄いな。魔導書ってどういう代物なんだ?」

「そうねぇ、よくある物は魔力を込めて記述してある魔法の中間詠唱を省いて、無詠唱で魔法を使うために使う物だけど、私の場合は魔力効率を高めて、威力と精度を向上させる術式を記述してるわ」

「はえー、難しくて何を言っているのか分からん。まあいいや、それでイーリスの趣味は何だい?」

「あ、えっと、私の趣味は……菜園、です…………」


 イーリスは俯いて、顔を赤くしながら答える。


「菜園? いいじゃん、俺も昔はよく花やら野菜やら育てるのが好きだったんだよ。まあかなり昔の話だけどね」

「そうなの!?」


 アルベルの話に、イーリスが食いついた。


「ただ虫が苦手でなぁ、それでちょっと離れた感じはあるかな。イーリスは平気なのかい?」

「うん、多足類以外は平気だよ」

「……じゃあ、事務所に例のヤツが現れた時は頼むよ」

「え? ああうん、良いけど……」


 例のヤツとは、みんな大嫌い、素早くて黒いアイツの事である。


「ああ、もう一つ聞いてみたい事があったんだ。シトリー、イーリス、二人の夢は何だ?」

「ちょっ、それ奴隷に聞くぅ?」


 シトリーは軽いノリで聞き返す。

 忘れている読者も多いと思うが、シトリーとイーリスはアルベルに買われた奴隷である。


「別に死ぬまで雇っている気はないさ、君達が俺から契約書を買い取ったり、俺が十分に稼いでお前達を解放する事だってあり得る。ちなみに俺の夢は働かずに楽して生きる事だ、良いだろ?」


 アルベルの話を聞いて、シトリーとイーリスは顔を見合わせる。

 そして、イーリスが自分の過去を語り始める。


「私の故郷は、人間達の軍隊によって滅ぼされた。理由は、私達が獣人だから、だと思う……」


 突然の告白を聞いたアルベルは、深刻な表情で質問する。


「どこの国の仕業かは分かってるのか?」

「旗も持ってなかったし、身につけている鎧も特徴のないものだった……でも、大体どこがやったかは分かるでしょ?」


 アルベルの問いに、シトリーが答える。


「私は、この世界から獣人差別をなくしたい。私達と同じ、獣の耳と尻尾が生えた子達に、自由に生きる権利を与えたいの!」


 イーリスは過去に、獣人の盗賊をその手で殺めている。

 しかし、いやだからこそ、この言葉には覚悟が感じられた。


「……立派だな、俺とは大違いだ、尊敬するよ」


 アルベルは切なそうな表情で、視線を机の上に落とした。

 事務所の中は、妙な沈黙に包まれる。

 そんな雰囲気にしてしまったアルベルは、慌てた様子でデスクの引き出しを開け、小さな紙切れを三枚取り出した。


「そ、そうだ! これ、リリエッタさんから貰ったんだよ。みんなで明日にで行ってみないか?」


 それは、何かのチケットのようである。


「何それ?」


 シトリーが興味を示す。


「帝都の東側に帝国軍の演習場があるんだが、そこで旧式の銃の射撃体験ができるって話さ、俺も銃なんて握った事ないから興味があるんだよ。もし良かったら一緒に行かないか? 昼飯も奢るよ?」


 イーリスとシトリーは再び顔を見合わせる。


「でも、私が行っても大丈夫かな……?」

「きっと難癖つけられて入れないわよ」

「大丈夫、その時は俺が何とかするよ。だから、無駄足になる心配はしなくて良いよ」


 二人は少し考えた後、参加の意思を示す。


「私、行ってみたい!」

「イーリスが行くなら、私も行くわ」


 その返答を聞いて、アルベルは嬉しそうに頷く。


「よし、決まりだな。明日の朝、事務所に集合だ! 寝坊するなよぉ?」

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