第13話 ネビュラスカイの日常
◇◇◇
場所はネビュラスカイの事務所。
広々とした部屋で、壁の両脇に窓がある事から、アルベル達の事務所にように、大きな建物の一室を使っているわけではなく、一つの階を丸々使っている事が分かる。
入り口側左隅にはテーブルを挟むようにソファが設置されており、右隅は給湯スペースが広めに用意されている。
真ん中には小さめの円卓があり、それを囲うように椅子が八つ、そして奥には高級感のある、事務用のアンティーク机が二つ設置されていた。
片方はモノが少なく、小ざっぱりしており、もう片方は本や書類や積み上がっていた。
その後ろの壁には、青い布地に、六つの黄色い星型が、正六角形を描くように配置された旗が飾られている。
「はぁ……昼間は暇だなぁ…………」
モノが少ない机の方で、頭を机の上に置いて眠そうにあくびをしているのが、青髪の男、ベレト。
「暇なら事務仕事を手伝って欲しいんだが?」
黙々と書類に目を通しては何かを書き込んだりしているのは、白髪長髪の女性、ビアンカ。
「賢者達も憂鬱な一日も、潜伏場所に関する情報はゼロ。夜の傷跡も名前通り夜しか出ないし、依頼のない日の昼間はひまー!」
今のところ、二人以外には人はいない。
ベレトは立ち上がり、給湯スペースへと足を運ぶ。
「あ、コーヒー飲む?」
「頂こう、ブラックでな」
「はいはーい」
ベレトは慣れた手つきでコーヒー豆を挽き、あっという間に香ばしいコーヒーを淹れる。
「はいどうぞ!」
「ありがとう、ベレトが淹れるコーヒーは別格だな。これ程の腕前、一体どこで修行してきたんだ?」
「いやー俺、コーヒー淹れる才能があったみたいっすわ」
ベレトは笑いながら軽い口調で答える。
「その軽い性格が治れば完璧なんだがな……」
「ん? 何が?」
「いや、何でもない。もう少しで書類仕事がひと段落する、そしたら少し見回りでもしよう」
「おっ、いいねぇ」
しばらくした後、二人は帝都の街に出る。
道ゆく人々の多くは、二人に視線を向ける。
この視線は、シトリーやイーリスに向けられるものとは違い、尊敬や憧れが込められたものである。
「見ろよ、ネビュラスカイだ」
「カッコいいよなぁ」
人々が口に出す言葉も、印象が良いものばかりである。
「俺達人気者!」
「変な行動はするなよ」
テンションの高いベレトを、ビアンカが抑制する。
道中、ビアンカが二人の獣人の少女が歩いている所を目撃する。
ベレトもその視線の先を見る。
「……私は昔から獣人がどうも苦手でな。殺したいとまでは思わないのだが、彼らと話すとどうも頭が痛くなるんだ」
「まあ、ビアンカは理論派だもんなぁ。でも懐けば結構可愛い奴らっすよ! 知らんけど!」
「はぁ、お前なぁ……」
ビアンカは軽口を叩くベレトを見て、呆れたようにため息を吐く。
日暮れ近くなり、二人は一度事務所に戻る。
「そろそろだな」
「さっさと見つけて片付けたいですねぇ」
「私は仮眠を取る、お前も今のうちに休んでおけ」
「はいよー」
ビアンカは部屋を出て、事務所にはベレトだけが残る。
ベレトは窓の前に立ち、夕日を眺める。
「はぁ……ただ待つ時間っていうのは、どれだけ経験しても慣れないなぁ」
そう呟いて、溜め息を吐いた。
日は完全に沈み、空には星々が輝いている。
ビアンカ達は、帝都の中でも、街灯が少ない裏路地を巡回していた。
大通りは基本的に国が雇っている衛兵や憲兵によって警備されているため、傭兵は巡回する必要がない。
ビアンカはベレトを除いた、数人の仲間を引き連れ、夜通し巡回を続ける。
「……痕跡一つ見つからないな、ベレトの方は何か見つけただろうか」
一方ベレトの班は、街から外れ、郊外の農村部の方を巡回していた。
「副隊長、こんなところに夜の傷跡が現れるのでしょうか?」
「まー見てなって、運が良ければ今夜尻尾を掴めるかもしれないぜ?」
何もない田舎道を歩いていると、ベレトが足元に血痕を見つける。
「おっ、これは血だね。まだ固まってない、そしてそれは向こうの民間の方に続いている、と……よしみんな、走ろう!」
ベレトはそう言って道の先にある民間に向かって駆け出す。
他の隊員もそれに続いて走り出した。
「お邪魔しまーすっと、こりゃ酷いな」
家の中には光源は無かったが、嫌でも分かる程の血の匂い。
それは、既に惨劇が起きた後である事を示していた。
ランタンを持った隊員が到着し、中を照らす。
「うっ……これは酷い」
その光景を見て、隊員の一人が思わず言葉を漏らす。
そこには、およそ人間三人分の血肉が、乱雑に撒き散らされていた。
最早、どの部位が誰のものかも分からない。
ベレトは部屋の奥に、真っ黒な人影が立っている事に気づく。
「部屋の奥、照らして」
隊員が一歩前に出て、部屋の奥まで光を届かせる。
そこには、両手にマチェットナイフを持った、身長二メートル以上はあると思われる、全身真っ黒の人型の存在がいた。
髪は生えておらず、目が存在しない、頭には耳と鼻、そして不気味な口だけがあった。
その存在はジッとベレト達の方を見るだけで、動く気配がない。
一人の隊員が前に出て、素早く斬りかかる。
「その首貰ったァァ!」
しかし、黒い人型はそれを容易く躱し、小さな窓からするりと逃げていった。
「副隊長! 追いましょう!」
「いや、俺達じゃ追いつけん。だが姿が確認できたのは収穫だ。被害者の身元確認と報告のために、一旦帰るぞ」
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