第12話 豹変

「…………」


 合図の後、二人は微動だにせず、ただ剣を構えていた。


「そっちから来い、イーリス」

「良いでしょう」


 イーリスは風の如き勢いで距離を詰める。

 その突き出された剣先が当たる直前で左側に周り込み、下から一気に斬り上げる。

 それと同時に、リリエッタは体の軸を右側に小さく倒し、バランスを取るように左側に剣先を向けた。


「あっ」


 イーリスの剣はギリギリで避けられ、相手の剣先が自分の懐に迫って来ていた。

 咄嗟に後ろに転がり、間一髪で攻撃を避ける。


「速いね、私の見込んだ通りだ」

「私も負けるのは嫌だから、本気で行くね」


 イーリスは再び距離を取り、もう一度風の如き突進を見せる。

 今度はより低姿勢で突っ込み、リリエッタの剣の下に潜り込もうとする。

 剣の下に入る直前で、リリエッタは剣を振り下ろすが、イーリスはそれを避け、その剣を踏みつけたまま、胴体を狙って水平斬りを繰り出す。

 リリエッタは咄嗟にしゃがんでそれを避け、踏みつけられた剣を持ち上げ、イーリスのバランスを崩す。

 僅かによろけた隙を見逃さず、肩を狙って突きを入れる。

 その剣先が肩に触れる直前で、イーリスの剣がそれを弾き、リリエッタの懐に潜り込み、腰を狙い剣を振る。

 リリエッタはバックステップで後ろに大きく退いた。


「はぁ……はぁ……」

「くっ……はぁ……」


 互角の戦いが続き、二人共息が上がっている。


「騎士の私が、こんな傭兵如きに……」


 リリエッタの目が細くなり、雰囲気が変化する。

 両手で木剣を強く握り、鋭い目でイーリスを見つめる。


「私は、負けるわけにはいかないッ!!」


 今度はリリエッタの方から距離を詰める。

 イーリス程の勢いはないものの、その気迫は凄まじく、すぐに自分の剣の間合いまで接近する。

 そして、その長いリーチを生かして、不規則に細かく攻撃する。

 一見がむしゃらな剣だが、その動きは予想しにくく、少しずつイーリスのガードをこじ開けていく。


 (剣先の動きが読みにくい……このままでは押し切られる!)


 イーリスは刹那の隙を突き、リリエッタの剣を強く弾く。

 リリエッタは一瞬で体勢を立て直し、再び攻勢に出る。

 イーリスもすぐに応戦し、その剣と剣がぶつかる。

 お互いの剣は弾かれる事なく、猛烈な鍔迫り合いが始まった。

 こうなれば、力で押し切った者が次の一手を制する事が出来る。


「私が……この私が、獣人如きに負けてたまるか!」


 リリエッタが本性を見せる。


「このクソ獣人共が! 汚いんだよ、さっさと滅べ! この世界には私みたいな高貴な人間だけ居れば良いんだ!」


 その顔は怒りと嫌悪に満ちており、イーリスを殺す勢いである。


「……ちょっとこの戦いを止めてくる」

「まあ待て、イーリスなら多分大丈夫だから、見てなって」


 シトリーが前に出ようとするのを、アルベルが制止する。

 イーリスはその醜い厭悪の感情を前に、全く怯む様子を見せない。


「ケダモノォォ!! 早く本性を見せろ!!」


 リリエッタの押しが更に強くなる。


「……貴方、獣人が住む村を滅ぼした事はある?」

「滅ぼせるなら滅ぼしたいねェ!!」

「つまり、まだやってないんだね、良かった……」


 イーリスは素早く後ろに引き、リリエッタのバランスを崩した。

 そして即座に、それでいて正確に剣を相手の小手に叩き込む。

 リリエッタは剣を落とし、動きを止める。


「えっ……私、負けたのか?」


 自分の右手の甲に視線を落とす。

 剣で打たれた部分が赤く腫れている。

 リリエッタは膝を突き、項垂れた。


「……私に存在価値なんてない、獣人の女にすら勝てない騎士なんていらない。どうか、私を殺してくれ」

「殺さない、貴方はまだ変われるから」

「獣人を嫌悪する存在が、憎くないのか? いつか君達の仲間を大量に殺していたかもしれないんだぞ?」

「でも、まだ殺してないでしょ?」


 リリエッタは返す言葉が見つからない。


「私はね、みんなに獣人族をもっと知って欲しいと思ってるんだ。確かに、みんな頭はそんなに良くないし、臭う子もいるかもしれない。でもね、みんな根はいい子だから、絶対に友達になれるから」

「……騎士の教えの一つに、こんな言葉がある。決闘の結果は絶対である。もし君が望むなら、私は獣人を信じようと思う」

「信じて、お願い」


 イーリスはリリエッタに優しく微笑む。


「参ったな、そんな顔を見たら、獣人が好きになってしまいそうだ」


 リリエッタは立ち上がり、困ったように微笑んだ。

 イーリスはリリエッタの前まで来ると、手を差し出す。


「これで仲直りしましょ」

「すまなかった、そしてありがとう」


 そして、リリエッタとイーリスは握手を交わす。

 しばらくしてから手を離し、今度はアルベル達の方へと足を運ぶ。


「二人共、すまなかった」


 リリエッタは深々と頭を下げた。


「これで許して貰えると思っていないが、謝礼はかなりの額用意しよう、ギルドの力が必要なら私から取り計らえるようにもする、だからどうか……!」

「んん? もしかして、ギルド内だと有名人だったりする?」


 リリエッタは頭を上げ、困った様子で答える。


「ああ、こう見えてギルドではかなりの実績を積んでるからな。ちょっとしたお願いであれば聞いてもらえると思うぞ」

「へーすごい」


 こうして、模擬戦は平和に幕を閉じ、ギルドとのパイプを手に入れたアルベル一行。

 しかし、帝国内ではまだ獣人差別は絶えない。



 ちなみに後日、事務所に金貨五十枚が送金されていたのだった。

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