第11話 騎士のプライド

 アルベルは事務所で紅茶を飲みながら、とある書類に目を通していた。

 その表情は、どことなく気怠そうである。


「ネームド……こういうのって、探すのが一番大変なんだよねぇ」


 そんな事を呟きながら、書類を机に置いて、窓の方を見る。

 空は晴れており、暖かい光が差し込んでいる。


「アルベル、遊びに来たわよ!」

「お、お邪魔します」


 シトリーが勢いよくドアを開け、イーリスもそれに続いて入ってくる。


「おーおー今日も元気だねぇ、まあ元気なのは良い事さ。まだ仕事は入っていないけどね」

「普段アルベルがどんな仕事をしてるか見に来たわよ! まさか紅茶を飲みながらボーっとしてるだけじゃないでしょうね?」

「私も少し気になる……かな」


 シトリーはアルベルの横に回り込み、机に置かれた書類を一瞥し、イーリスも机の上に視線を向ける。


「なあに、これ?」

「これはホワイトオーダーからの通信書だよ。最近物騒らしいから気をつけろって感じの内容さ」

「ホワイトオーダー?」

「ああ、ホワイトオーダーっていうのは、帝国の傭兵を取り纏める組織でね。大きい傭兵事務所なんかは、そこから依頼を回される事もある。他にもまだ捕まっていない、凶悪な犯罪者とかに特別な名前をつけて、調査したりもするんだ。帝国だけじゃなくて、世界中に影響力のある組織だよ」


 イーリスの疑問にアルベルが答える。


「へー、じゃあいつかはホワイトオーダーってところから依頼が来るかもしれないって事?」

「そうだね、実績を積んでいけば、二年か三年後には或いはって感じかな」


 そんなこんなで雑談していると、ドアをノックする音がする。


「むむっ、お客様だ。二人共、しばらく静かにしててくれよ……はいどーぞ!」


 ドアを開けて入って来たのは、以前のギルド依頼の時に同行していた、緑髪の女騎士であった。

 武装はしておらず、膝が隠れる程度の長さの、気品を感じさせるドレスワンピースを身につけ、白いロングブーツを履いていた。


「頼もう! 私は帝国ギルドに所属している冒険者、リリエッタ・ゼオン・アルヴァトロスである! 由緒正しき騎士の家系だったが、先代の時に没落してるから気軽に接してくれ!」


 突然の訪問と、その勢いを前に、アルベル達は硬直していた。


「今回はこちらの事務所に所属している、とある剣士と手合わせしたく参った。もちろん、謝礼も用意してあるぞ!」


 リリエッタは部屋の中を見回した後、イーリスの方に視線を留める。

 そして、迷いのない足取りでイーリスの前に立ち、その両肩に手を置いた。


「キミだよキミ! フォレストウルフとの戦い、少しだが見させてもらった。剣術、戦闘センス、共に目を見張るものがある。どうかお願いだ! 一度だけで良いから剣を交えさせて欲しい! そうだ、まずは名前を教えてはくれないだろうか?」

「あ、え……イーリス、です…………」

「そうかそうか、良い名前だ!」


 そこに不機嫌そうにシトリーが割り込む。


「ねぇ、私も結構頑張ったんだけど?」

「ああ、キミの戦いぶりもも見ていたよ。しかしすまない、私は魔法に関してはサッパリなんだ、許して欲しい」


 リリエッタは申し訳なさそうに微笑む。


「イーリス、どうだろうか。私と戦ってみないか?」

「ふむ……イーリス、一度だけ戦ってやってくれないか? こいつは頑固そうだし、何より報酬も出してくれるみたいじゃないか。俺は依頼として受けるよ」

「雇い主……ありがとう!」

「うぇ、ええ……」


 歓喜の表情を浮かべるリリエッタの横で、イーリスは困惑した様子を見せていた。



 後日、アルベル達とリリエッタは、帝都郊外の平原に来ていた。

 少し離れた場所に農村があるが、それ以外は特に何もない、開けた場所である。

 太陽の位置は上の方にあり、今の時間が正午付近であることを示していた。


「よし、ここなら好きなだけ剣を振るえるな」


 リリエッタは長めの木剣を両手で振り、体の具合を確かめる。

 対して、イーリスは片手でも扱える短めの木剣を持っている。


「どっちかの体に剣が当たるか、負けを認めたら終了。逃走行為は敗北宣言と同義。顔への攻撃は禁止で、制限時間は日暮れまで。二人共大丈夫だな?」


 アルベルがルールを確認する。


「問題ない」


 リリエッタは合意を示し、イーリスも頷く。


「二人共、怪我しないかしら」

「まあ大丈夫だろう、たぶん」


 シトリーは少し心配そうに様子を見ていた。


「では二人共、距離を取って剣を構えてくれ」


 イーリスとリリエッタは、十五メートル程の距離を取り、お互いに向き合い剣を構える。

 リリエッタの構えは少し独特で、その剣先は水平にイーリスの方を向いていた。


「よし……んじゃ、始め!」


 アルベルは開始の合図として、手を振り下ろした。

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