第10話 森のオオカミさん
「この数だと……アルベルを守りきれないかも」
「そこは心配するな、自分の身は自分で守るよ」
木の陰から一匹二匹と、森狼が姿を見せる。
その数は瞬く間に増えていき、姿を見せた数だけで二十匹はいる。
「イーリス、私は後ろ、貴方は前をお願いね」
「分かった」
二人はアルベルを挟むように立つ。
森狼は一斉に襲いかかる。
「せいやぁぁ!!」
「
イーリスは凄まじい気迫で剣を振い、射程に入った森狼を薙ぎ倒していく。
シトリーは地面から氷の槍を生成し、視界に入った森狼を串刺しにしていく。
だが、森狼達の攻勢は終わる気配を見せない。
二人はその猛攻を全力で凌ぎ、休む事なく剣を振い魔法を行使し続けた。
その間、アルベルは腰に携えた刀の柄に手を添えながら、周囲を見回していた。
戦いの最中、木の上から一匹の森狼がアルベルに向かって飛びかかる。
「えっ」
「ちょまって」
二人は目の前の敵に気を取られ、その森狼への対応に遅れる。
その森狼の牙がアルベルに届く直前……森狼の首が飛んだ。
森狼の牙はその首に届く事はなく、頭と胴体が慣性に従って地面に落ちる。
アルベルが握る、黒い刃の刀には、血が滴っている。
(今の一撃……私でも視えなかった!)
イーリスはアルベルが放った一撃に戦慄した。
そして、その不意打ちを最後に、森狼は攻撃の手を止め、森の奥へと引いていった。
「終わった……の?」
「そうみたいね」
イーリスとシトリーは安心したように息を吐いた。
アルベルは刀を納め、二人の方を向いた。
「……さてさて、これ以上進むのは危なそうだね。一旦帰って討伐数を報告しよう」
二人は無言で頷き、来た道を戻っていった。
イーリス達が去った後、森狼の死骸が散乱するその場所に一人の女騎士が現れる。
白い鎧に装飾の施された大剣を背負った、緑髪の女性、今回の作戦メンバーの一人である。
だが、その美しい鎧と剣は血によって汚れていた。
女騎士はその場所を一通り見て回ると、薄ら笑いを浮かべる。
「あの獣人、素晴らしい剣の腕だな。一度手合わせをしてみたいものだ……」
◇◇◇
「それで、ネームドへの対応はどうなっている?」
場所は広い会議室、大きな正方形の机が中心にあり、皆それを囲うように座っている。
天井には小さなシャンデリアがいくつかあり、蝋燭の代わりに水晶のようなものが光を放っていた。
西側の壁には長方形の窓がいくつかあり、日光が差し込んでいる。
壁には真っ白な背景の中に柄が下向きの、十字の刃の剣が描かれた旗が飾られている。
今、声を出したのは、白髪を耳が隠れる程度まで伸ばした、赤い目の壮年の男。
服は襟や袖のみ赤色で、それ以外は真っ白なトレンチコートを纏っており、会議に参加している者は皆同じ服を身につけている。
厳粛な雰囲気があり、この会議の重要性を物語っていた。
「はい、夜の傷跡の被害は現在も増加し続け、現在も追跡中。賢者達、憂鬱な一日も新たな被害は確認されていないものの、ネビュラスカイを初めとした、大規模な傭兵事務所に調査、及び討伐依頼を通達しております」
それに答えるのは、眼鏡を掛けた、青と緑のオッドアイで金髪三つ編みのエルフの女性である。
「つまり、特に進展は無いって事か……」
茶髪で細目の青年は、無気力に呟く。
「ジルクの言う通りだ、未だ我々はその姿すら正確に捉えていない。今回はネームド討伐に向けて、今確認されている情報をまとめようと思う」
白髪の男が取り仕切り、ネームドと呼ばれる存在の情報がまとめられた。
『賢者達』……十年程前に存在を確認し、多くの魔物の凶暴化や、大量発生に関わっているとされている。
集団であり、皆が老人の姿で、賢者のような身なりをしている事だけが分かっており、未だ正確な人数を把握していない。
『憂鬱な一日』……五年前に存在を確認している。
一部の一般人や傭兵による大量殺人事件に関わっているとされており、人間や亜人を発狂させる能力があると思われる。
スーツ姿で、黒いハットを被り、顔には目と口と鼻のある位置に計四つの不気味な目が描かれた仮面をつけていたという目撃情報がある。
『夜の傷跡』……三ヶ月前に存在が確認され、先月、ネームドに指定された。
夜に出歩く一般人が無差別に殺されており、その遺体は滅多刺しにされていたり、バラバラにされていたりと残酷なものが多い。
全ての目撃情報が深夜に報告されており、正確な姿は未だに分かっていない。
「これらの情報を小規模な傭兵事務所にも公開し、警戒、及び情報提供を呼びかける。ユヴェリア、通達の方は頼んだぞ」
「はい、お任せ下さい」
金髪のエルフの女性は頷いた。
「奴らはこの国、いや、この世界の平穏を揺るがす存在である。“ホワイトオーダー”の名に懸けて、必ず討伐されなくてはならない」
◇◇◇
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