第9話 ギルド依頼

 その日、アルベルは事務所で紅茶を飲みながら新聞を読んでいた。


「連続殺人犯、未だ姿を捉えられずか……物騒だねぇ。ホワイトオーダーは犯人に”夜の傷跡“の名詞を付与……へぇ」


 ブツブツと何かを呟きながら新聞を読んでいると、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。


「はいどーぞ」


 入って来たのは、緑のコートに蝶ネクタイをした、金髪の男性だった。


「初めまして、私、帝都のギルドでギルドマスター代理をしているロバートと申します。以後お見知り置きを」

「ギルドの偉い人が来るなんて珍しいですね、あ、良ければお掛けになって下さい」


 ロバートは椅子に腰掛ける。


「俺はここの事務所で所長? をやっているアルベルです。それで、本日はどういったご用件で?」

「はい、実はトラス平原南部の林にて、フォレストウルフが大量発生しており、近くの集落が被害に遭っています。冒険者達を向かわせているものの、人手が足りない状況で、傭兵の力を必要としている状況なのです」


 アルベルは話を聞いて頷く。


「つまり、フォレストウルフの討伐に参加して欲しい、と」

「はい、もちろん報酬は出します、金貨五枚でどうでしょうか」

「分かりました、お受けいたしましょう」

「ありがとうございます」


 こうして、ロバートは依頼の契約をし、事務所を去っていった。


「……さて、獣人の次はホンモノの獣か。とりあえず、イーリスとシトリーを呼ばないとな」


 アルベルは椅子から立ち上がると、事務所を出る。

 向かいの宿に入り、カウンターで帳簿を眺めている、小太りの女将に挨拶をする。


「どうも、こんにちは」

「あら、今日も仕事の用事かしら? あの二人も大変ねぇ」

「ええ、仕事があるのは良い事です」


 アルベルは小さく一礼し、イーリス達のいる、二階の部屋の前に立つ。

 二回ノックをして、声をかける。


「俺だ、仕事が入ったよ」

「はーい、今イーリスが着替えてるから開けちゃダメよー」


 中からシトリーが返事をする。

 その後、少し経ってシトリーがドアを開ける。


「はいはい、待たせたわね。それで仕事って何? また盗賊? 戦争?」


 奥にはイーリスが少し恥ずかしそうな顔をして佇んでいた。


「今回は珍しくギルドから依頼が入った。トラス平原南部の森で魔物が大量発生したんだと、詳しい日程は……やべ、聞き忘れた。また明日にでも事務所来てくれ、その時詳しく話すよ、んじゃ」


 アルベルは慌てた様子で部屋の前から立ち去る。


「……忙しい人ね」


 シトリーがぽつりと呟いた。



 それから四日後、イーリス達は魔物が大量発生した森の手前まで来ていた。

 今回の仕事で雇われた傭兵や冒険者は、途中まで馬車で移動し、森の近くにある集落で降り、そこから徒歩で移動する事になっている。

 集落を出発した討伐隊は、ぞろぞろと森へ歩き出す。

 イーリス達の周りには、全身に鎧を纏った騎士のような者、屈強な肉体と巨大な斧を持った者など、様々な傭兵がいた。

 多くの傭兵が集団で歩く中、一人だけ単独で行動している者がいた。

 白い鎧を身に纏い、緑髪のポニーテールで、背中には繊細な装飾の施された大剣を装備していた。

 一見すると騎士か貴族のようにも見えるが、この場にいるという事は、冒険者か傭兵なのだろう。

 アルベルはその女騎士を興味深そうに観察していた。


「ねぇアルベル、何見てるの?」


 イーリスに声をかけられ、咄嗟に目を逸らす。


「いや、何でもないよ。あ、そうだ、一つ気になってる事があるんだが、聞いても良いか?」

「うん、何かな?」

「イーリスとシトリーってどんな関係なんだ?」


 その質問に、シトリーがすぐに答える。


「姉妹みたいな関係よ。故郷が同じで、イーリスが小さい頃から遊んでたりしてたのよ」

「そうだね、シトリーは私にとってはお姉ちゃんみたいな存在だよ」

「もー、イーリスったらぁ」


 シトリーはイーリスに抱きつく。


「そうか……俺にも双子の姉がいたんだが、今頃どこで何やってるんだろうなぁ」

「アルベルのお姉ちゃんはどんな人なの?」

「そうだなぁ、破天荒で天才肌で、思いつきで行動して何でも成功するような人だったよ」

「ふーん、いつか会えるといいね」

「……そう、だね」


 一行は森の前まで来ると、一度立ち止まった。


「これより、フォレストウルフの掃討作戦を開始する! 基本的には死なない事を第一に考えてくれ、傭兵の皆には慣れない相手だと思うが、戦果に期待している。では行くぞ!」


 冒険者らしき男が全体に声をかけ、森の中へと足を踏み入れる。

 そこからは、事務所ごとに別行動をとり、索敵を開始した。


「さて、俺達は西側を見て回ろう。何か気になる事があったら教えてくれ」

「はーい」

「うん、分かった」


 アルベルの言葉に、二人は頷く。

 そこまで鬱蒼としておらず、ある程度先の方まで見る事ができた。

 時折他の傭兵を見つける事があったが、魔物の姿は見当たらない。

 アルベルは時折コンパスを手に取り、進行方向を確認する。


「ふむ、結構奥まで来たのに、鼠一匹現れないな」

「……アルベル、これは少し不味いかもしれないわ」

「私も、ここまで気付けなかった」


 イーリスとシトリーは、深刻な表情でその場に立ち止まる。


「……あー、なるほどね、これは少し厄介な事になったね」


 そう、今イーリス達一行は、フォレストウルフの群れに包囲されているのである。

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