第8話 サシ
「ねぇ兄貴、あっちの魔法使いと飼い主先にやっちゃってよ」
「いいよ、そっちの灰色狐は任せる」
赤髪の獣人はシトリーの方へと向かっていった。
「シトリー!」
「まずは自分の心配をした方が良いと思うんだ」
黒髪の獣人は怒涛の連続攻撃でイーリスを追い詰める。
イーリスはギリギリで防いでいるが、このままでは時間の問題である。
「折角サシでやってるんだ、楽しもう」
激しい攻撃が止む気配はない。
「私は……負けない!」
イーリスは攻撃を押し返し、バックステップで飛び退く。
そして、銃弾のような勢いで距離を詰めつつ斬りかかる。
「甘いなぁ」
だが、イーリスの渾身の一撃は容易く防がれる。
黒髪の獣人はその剣を弾き、一瞬の隙をついてイーリスの死角に潜り込んだ
(真横からの脇を脇を狙った突き、避けるのは不可能なんだよね)
死角からの鋭い突き、当たれば致命傷。
……イーリスはその攻撃を見る事なく、剣を持つ右手を後ろに回し、不安定な体勢から正確にその一撃を防いだ。
弾かれた剣はイーリスの腹をわずかに掠める。
そして、イーリスは体を右方向に捻り、全力で斬り上げる。
「ぐっ!」
黒髪の獣人の胸が縦に切り裂かれる。
しかしながら傷は浅く、出血も少ない。
だが、黒髪の獣人の表情からはさっきまでの余裕が消えていた。
「完全な死角からの攻撃だった! どうやって防いだんだ!」
その問いの答えは、イーリス自身も持ち合わせていなかった。
(あの一瞬、直感であの場所に攻撃が来ると理解できた! それで体が勝手に動いて防いだ……あれは一体何なの!?)
「うおおおおおおお!!」
黒髪の獣人は大きく剣を振りかぶり、襲いかかる。
怒りと恐怖に身を任せた単調な攻撃。
イーリスは冷静に攻撃を見切り、その攻撃を避け、腹を引き裂いた。
傷は深く、大量の血が流れる。
「死にたく……ないよ」
黒の獣人は小さな声で呟き、地面に倒れた。
「シトリー!」
イーリスは相手が倒れた事を確認し、シトリーの方を見る。
「大丈夫よ、動きが速くて捕まえるのに時間がかかったけど、こっちももう終わったから」
そこには、赤髪の獣人が封入された大きな氷の柱が立っていた。
その顔は驚愕の表情を浮かべていた。
シトリーはいつもと同じような、余裕のある笑みを見せる。
黒髪の獣人も動かない、もう死んでいるだろう。
「それよりイーリス、傷だらけじゃない! 早く帰って手当しなきゃ」
「うん、今回は思った以上に相手が強い。他の奴らに遭遇する前に一旦帰った方が良さそうだね」
シトリーの言葉に、アルベルも同意する。
(それにしても、シトリーの強さは異常だ。まさか相手を一瞬で氷漬けにするとは……こいつなら或いは…………)
アルベルはシトリーの方を見て、冷や汗を流した。
◇◇◇
「まさか、盗賊如きに我々”ネビュラスカイ“が赴く事になるとは」
黒いロングコートに、藍色のネクタイをした、白い長髪で長身の女性が呟く。
そこは森の中にある、巨大な野営地のような場所であり、周囲を木製の砦に囲まれていた。
地面にはおびただしい数の獣人の死体が落ちており、長髪の女性以外にも、同じ服を着ている者が数人いた。
そしてその服には多かれ少なかれ、血が付着していた。
「まあそう不機嫌そうにするなよビアンカ隊長、”ホワイトオーダー“からの勅令だぜ? 逆らえるわけないよ」
長髪の女性の近くにいた、青髪の青年が言葉を返す。
「帝国は今、王国との小競り合いが忙しい筈だ。最大規模の傭兵団である私達を、そっちに寄越さなくて大丈夫なのか?」
「まあ大丈夫だろ、帝国軍もそんなにヤワじゃないし。それに俺ら以外にも傭兵はたくさんいる。今回の仕事だって、並の傭兵じゃ返り討ちにされてると思うぜ?」
ビアンカと呼ばれた女性は、手に持った血まみれの槍を強く握る。
「この作戦には、周辺警護のために他にも傭兵が送られていると聞いた。彼らは大丈夫だろうか……」
「敵さんに遭遇しちゃった奴らは無事じゃないだろうねぇ、今回の案件、達成できそうな傭兵事務所は片手で数えられる程しか思いつかない。盗賊団としてはかなり強い部類だよ? こいつら」
「……そうだな、私達が来て、良かったと考えた方が良いな」
お気楽そうな青髪の男とは対照的に、ビアンカは気分が落ち込んでいる様子だった。
「ホワイトオーダーになるためにお前が頑張ってるのはよーく分かってる。でもな、焦り過ぎても疲れるだけさ、目の前の仕事を確実に片付けていこう」
「……お前の言う通りかもしれないな、ありがとう、ベレト」
ビアンカは困ったように微笑み、それを見てベレトは頷く。
その直後、別の隊員がビアンカに声をかけた。
「報告! 投降した者が十五名、捕まっていた者が八名、それ以外の生存者の全滅を確認しました!」
「了解、逃走した者は捨ておけ、周囲を警戒している傭兵が対処するだろう。我々の仕事はここまでだ、引き上げるぞ」
◇◇◇
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます