第7話 キリングキャット

 そして次の日、いつもの通り、二人は事務所に呼び出される。

 今回は三人共、テーブルを挟んで席に座っている。


「また仕事?」


 シトリーは呆れたように問う。


「また仕事です」


 アルベルも疲れた様子で返す。


「……まあそんな嫌な顔はするなって。いや、今回は君達にとっては、嫌な仕事になるかもしれないね」

「どういう事……?」


 イーリスは心配そうに聞く。


「北公国アイゼンブルグは知ってるね? 魔王国と同様に、亜人に対して寛容な国の一つだ。というか、むしろ、亜人しかいない。そんで、特に多いのが獣人だ。兵士や傭兵はほとんどが獣人らしい」

「……もしかして」


 シトリーは不安な顔で口を開いた。


「今回はアイゼンブルグとオルデンの国境あたりを巣窟にしている盗賊を討伐する。そんで、その構成員の多くが獣人なんだとさ」

「なるほど、確かに少しやりにくいかもしれないわね」

「……でも、その人達って、悪い人達なんだよね?」


 イーリスの問いに対してアルベルは頷く。


「ああ、国境を通る商隊が何度も襲われて、死者も出ている」

「じゃあ私、やるよ。放っておけないもん」

「そうか……すまないね」


 アルベルは申し訳なさそうに微笑む。


「あ、そうそう。国境より南に行くと呪いの森と呼ばれる場所があるんだが……未だに未知の場所でね、危ないので行かないように」



 三日後、アルベル達一行は、帝国と北公国の国境にある森に足を踏み入れていた。

 高い木々に囲まれており、歩く度にザクザクと音がする。

 茂みなどは少なく、それなりに先を見通す事ができる。


「結構涼しいのね」

「帝都より北の方だからね」


 三人は森の中をゆっくりと歩いていく。


「ねぇアルベル、盗賊達の拠点みたいなものはあるの?」

「うんあるよ、でも今回は俺達は拠点まで行く必要はない。本拠地を叩くのは、もっと大きな傭兵団がやるらしい。俺達がやるのはその周辺での残党処理だな、まあ、それなりに気楽な仕事って事だよ、イーリス」

「そうなんだ……あっ」


 イーリスが足を止める。


「正面からニ人、こっちに向かってくる」

「他の傭兵か? ……いや、違うな」


 アルベル達はその姿を視認する。

 忍装束のような服を着ている、猫耳と尻尾が生えた男ニ人が、こちらに向かってきている。

 片方は赤い髪、もう片方は黒い髪で、どちらも猫のように瞳孔を細くしている。

 その背中には剣を携えており、視線はアルベル達を捉えていた。


「……もしかして、例の盗賊?」

「特徴は一致してるな、何よりこのえげつない殺気が良い証拠だ」


 シトリーも足を止め、相手を睨む。

 イーリスは空気が張り詰めるのを感じる。

 目の前にいる相手が、今まで戦った相手よりも格段に強い事を、直感で感じ取った。

 二人の猫獣人の男は、二十メートル程離れた場所で足を止め、細い瞳孔を丸くする。


「ねぇあいつら、傭兵っぽいよ?」

「相手は三人だね、しかも二人は獣人だ」

「部が悪い? でも獣人の方は二人共女だ、油断しなければ勝てる?」

「まあ今まで獣人の傭兵も楽勝だったし、油断しなければ勝てる」

「確実に勝とう」

「確実に殺そう」


 二人の獣人はアルベル達から顔を逸らす事なく話をする。

 そう会話内容からも、アルベル達への敵意が伝わってくる。


「なああんたら、どうして二人で行動してるんだ? ちょいと少なくないか? もしかして罠?」


 アルベルが獣人の盗賊に向けて疑問をぶつける。


「罠なんかじゃないよ」

「罠なんか使わなくても勝てるし」


 二人は無表情のまま、淡々と答える。


「二人でも余裕で勝てると思うよ」

「僕達は強いからね」

「強さでメシが食べられる盗賊は最高だよ」

「強さで格が決まる盗賊は最高だよ」


 アルベルは困ったように頭を掻く。


「そうか……イーリス、シトリー、やってくれ。作戦は死なない事重視で」

「はいはーい」

「うん、分かった」


 イーリスは剣を抜き、凄まじい加速で距離を詰める。

 それと同時に、シトリーが足元から冷気を出し、盗賊達の足元を凍らせる。

 しかし、その冷気が届く直前、二人は高く飛び上がり、背中の剣を抜き、イーリスに斬りかかる。

 イーリスはそれを右方向へのサイドステップで避ける。


魔力射矢マジックアロー!」


 シトリーは着地の瞬間を狙い、盗賊に向けて二本の魔法の矢を放つ。

 二人の盗賊は凄まじい瞬発力で体を起こし、剣で矢を弾いた。


「獣人なのに魔法を使うんだ」

「珍しいものを見れたねぇ」


 猫獣人の盗賊は少し驚いた顔をしているものの、動揺している様子はない。


「はぁぁ!」


 イーリスは黒髪の獣人に斬りかかる。


「おっとぉ」


 だが、その攻撃は容易く防がれる。

 赤髪の獣人が素早く回り込み、イーリスの首を狙い剣を振る。


氷結射撃アイシクルショット


 シトリーは赤髪の獣人が剣を振る直前に氷の弾丸を放つ。


「当たらないね」


 赤髪の獣人は最小限の動きでそれを避ける。

 しかし、その剣先は首から外れ、イーリスの肩を浅く斬るに留まった。


「うっ!」


 イーリスの肩から血が流れる。

 その刹那、力が緩んだのを見逃さずに、黒髪の獣人がイーリスを弾き飛ばした。


「うぐっ!」


 イーリスは地面を転がり、後ろにあった木に背中をぶつける。

 黒髪の獣人は容赦なく追撃を加える。

 イーリスはギリギリでそれを防ぐ。

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