第6話 帝都散策
それからしばらく仕事の依頼はなく、イーリス達は暇な時間を過ごしていた。
宿や事務所で時間を潰したり、周辺を歩き回ったりする程度で、二人ともかなり退屈していた。
そんなある日の朝の事だった。
「ねぇイーリス、遊びに行きましょう!」
シトリーの唐突な提案を聞いて、イーリスは驚きと共に少し困った顔をする。
「……いいけど、外の人達が私達をどう思ってるかはシトリーもよく知っているよね?」
帝国は他国よりマシとはいえ、獣人を始めとした亜人に対して差別意識がある。
王国は亜人の強制奴隷化をしていたり、聖法国はそもそも亜人族は入国できないなど、世界中で差別的な扱いを受けている。
しかし、魔王国など、亜人に対して全く差別意識がない国もある。
「そんなの気にしなくて良いよ! とにかく行きましょ!」
「行くってどこに?」
「良いから良いから、とりあえず私について来なさい!」
イーリスはシトリーに引っ張られるように外に出る。
相変わらず獣人である二人に向けられる視線は冷たいものであったが、シトリーは気にする様子もなく、上機嫌で歩いていく。
イーリスは周りの視線を避けるように、縮こまった様子で後をついていく。
「ねぇ、そろそろどこに行くか教えてよ……」
「ふふっ、ひーみつ!」
しばらく歩いていると、シトリーはとある喫茶店の前で立ち止まる。
「ここよ!」
「……何のお店?」
「入ってからのお楽しみ!」
二人が店に入ると、カウンターの前に立っている、若い男の店員が頭を下げる。
「いらっしゃいませ」
その店員の表情には、街の人達と違い、イーリス達に対する嫌悪感が一切感じられなかった。
店の中はシックな雰囲気に包まれており、部屋を見回すだけでも心が落ち着いてくる。
お昼前だからか、他の客の姿は無い。
シトリーは窓から離れた奥の方の席に座る。
イーリスも反対側の席に座り、興味深そうに店の中を見回す。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
先程の店員が、二人が座る席の前に来た。
「紅茶を二つお願いするわ」
「はい、かしこまりました」
店員は小さくお辞儀をし、カウンターの奥へと入っていく。
「ここはどんなお店なの?」
「ここは喫茶店よ、お茶とかコーヒーとかを出してくれるの」
「紅茶なら事務所でも飲めるよ?」
「ここのはすっごく美味しいんだから! きっとイーリスも飲んだら驚くわよ?」
五分程経ち、二人分の紅茶が運ばれてくる。
「こちら、紅茶になります。ではごゆっくりどうぞ」
イーリスは熱々の紅茶を鼻に近づける。
「……良い匂い!」
「ふふっ、そうでしょそうでしょ」
二人は紅茶の匂いと味を楽しみながら、静かな時間を過ごした。
穏やかに過ぎていく時間は、自分達が傭兵である事を忘れさせる。
そこには戦場で見せたような気迫も殺気もない、ただ二人の獣人の少女が、仲良くお茶を楽しむ光景だけがあった。
しかし、その普通の日常のような光景は唐突に終わりを告げた。
「なんだぁこの店は!? 獣人なんか入れてるのか?」
店のドアが開くと同時に、高そうな服を着た、ガラの悪い中年の男が店に入ってきた。
そして、その男はイーリス達の方へ一直線に向かってくる。
「おい獣人ども、さっさと店から出て行け! 店が獣臭くなる!」
「お、お客様、困ります……」
「困ってるのはワシの方だ! さっさとこいつらをつまみ出せ!」
若い店員は困った様子で立ち尽くしていた。
シトリーは男を睨みつけ、イーリスは悲しそうな顔で俯いている。
「何の騒ぎだね?」
店の奥から、店長と思われる初老の男が現れる。
「お前が店長か、さっさとこいつらを追い出せ! ワシが美味しく茶を飲めんだろうが!」
店長は周囲を見回し、状況を理解すると、再び男の方を見た。
「……ふむ、わかりました、では貴方がお引き取り下さい」
「…………は?」
中年の男は口を開けて、呆然としている。
「他のお客様の迷惑になるので、早急にお引き取り願います」
「ワ、ワシは人間だぞ! どう考えてもつまみ出されるのはヤツらの方だろ!」
「この店は、安らぎを求める者であれば、誰でも受け入れております。しかし、他者の安らぎを壊すような者は、この店に入る資格は無いのです。私の言葉が理解できましたか?」
中年の男は顔を真っ赤に、捨て台詞を吐いて去っていく。
「いつかこの店は潰れるぞ!」
それを見送ると、店長は静かにドアを閉める。
そして、ゆっくりとした足取りでイーリス達の方へ向かい、席の前に立つと、深々と頭を下げた。
「この度はご迷惑をお掛けしました。よろしければ、サービスでもう一杯飲んで行って下さい」
「あら嬉しい、でももうお腹いっぱいになっちゃった」
店長のサービスを、シトリーはやんわりと断る。
「そうですか……では」
店員はカウンターの奥から小さな小包を持って来た。
「少量ですが、当店で使ってる茶葉です。お詫びの品としてお受け取り下さい」
「あら、ありがとう。うちの事務所で使ってもらおうかしら」
「もしよろしければ、またうちにいらして下さい。歓迎いたしますよ」
「ええ、きっと」
二人は店を出て、宿へと帰る。
「ねぇシトリー、どうしてあんな店知ってたの?」
「ああ、えーと、前に通りかかった時に、良い感じの喫茶店だなぁって思ったのよ」
「ふーん、そうなんだ……また来ようね」
「そ、そうね!」
シトリーの頬には何故か汗が滴っていた。
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