第5話 震える傭兵
その日の夕方、再び事務所に呼び出されるイーリスとシトリー。
二人共、どことなく不機嫌そうである。
「いやーすまないね、連続になってしまうが、仕事が入ってしまった」
「私達、まだ疲れてるんだけどなー」
「まあ許してくれ、その分報酬も入るって事さ。今回の報酬は金貨三枚! 前回の三倍だよ?」
「……まあ仕事なら仕方ないよ。それで、今回の仕事の内容について説明してくれる?」
アルベルは頷いて椅子に座る。
「イーリスは話が早くて助かるよ。まず場所だけど、ここから北東に少し進んだところにある、マレフィムの丘ってところだ、奥の方には遺跡とかあったりするけど、そこまでは行かない。その手前でアルベ王国とオルデン帝国の小競り合いが起きるらしい」
「つまり、戦争に参加するって事?」
シトリーが問う。
「まあ、そういう事だね。でも規模はそんなに大きくないし、そもそも俺達は乱戦には参加しない。前線から少し離れたところで、王国が雇った傭兵と戦う事になるだろう。そんで勝てたら帝国の軍部に報告すれば、それで仕事完了だ」
「その戦いに、一体何の意味があるの?」
今度はイーリスが質問する。
「詳しくは知らないけど、同じような戦いが別の場所でも起こってて、その結果に応じて、どちらの国が戦力的に優位かを判断するらしい。まあ基本的にその国にいる傭兵は、その国の戦力みたいなものだからね」
アルベルは立ち上がり、窓の方を見る。
赤い夕日が差し込んでいる。
「ちなみに出発は明後日の朝だ、せめて明日はゆっくりと休んでおくれよ」
当日、指定された場所へと来た三人。
太陽の光が真上から降り注ぎ、緑の大地を照らしていた。
木はまばらに生えているだけで、地面もほとんど平坦である。
北の方には小高い丘があり、上の方は木々は茂っている場所もある。
時折吹く風が草を揺らす。
気温がそれなりに高く、三人ともそれなりに厚着をしている事もあり、三人共暑そうにしている。特にアルベルは黒ずくめであるため、特に汗をかいている。
シトリーもローブを脱いでおり、茶色のワンピースがどことなく清涼感を漂わせる。
「……場所はこの辺のはずだけどなぁ」
「アルベル、結構汗かいてるけど大丈夫? 暑くない?」
イーリスは少し心配そうに訊ねる。
「まだ大丈夫……いや、コートだけでも脱いでおくか」
アルベルはコートを脱いで、簡単に畳んでシトリーに預ける。
「これ持ってて」
「はーい」
シトリーは小さなゲートを展開し、預かったコートを放り投げる。
「その魔法、ホント便利だよな、誰から教えてもらったんだ?」
「自分で創った」
「……マジか」
そうこう話をしていると、正面から剣を携え、皮の鎧を装備している三人の男女と、その奥に身なりの整った強面の男の、合計四人が歩いて来た。
前を歩く男女三人の装備はボロボロで、顔色も優れない。
それに対して、強面の男は宝石で装飾されたサーベルを携えている。
両者の顔が見える距離まで来ると、強面の男が他の三人に制止をかけ、立ち止まらせる。
「ふむ、お前達が帝国から雇われた傭兵か?」
強面の男が問う。
「如何にも」
アルベルが答える。
「よろしい、ならば殺し合いを始めようか……お前ら! 剣を抜け!」
強面の男の怒号を聞き、三人はロングソードを抜き、構える。
その手は、遠目から見ても震えていた。
イーリスも剣を抜き、シトリーも一歩前へ出る。
「くそっ! 獣人相手に勝てるわけない……」
「私……死にたくない」
相手の傭兵達は小さな声で呟く。
「お前ら! さっさと行って獣人どもをぶっ殺して来い!」
「うわあああああ!!」
三人の男女は声を上げ、剣を大きく振り上げながら、イーリス達に襲いかかる。
「シトリー、三人の足元を凍らせられる?」
「余裕よ」
シトリーの足元から冷気が放たれ、瞬く間に三人の動きを止める。
それと同時にイーリスが真っ直ぐに走り出し、風のように三人をすり抜ける。
イーリスの目は奥にいる男を捉えていた。
「は? おい」
強面の男は何かを言おうとしたが、その言葉の続きを待たずに、イーリスによって胸を貫かれる。
背中からは、血で染まったショートソードの刃が突き出る。
イーリスはその体から力が抜けていく事を確認した後、ゆっくりと剣を抜き、血を振り払う。
男の体は地面に倒れ、緑の草原を赤く染めていく。
イーリスは後ろを振り向き、シトリーに視線を送ると、三人の足元を覆っていた氷が消え去る。
「どこへなりとも行きなさい、もう傭兵なんかにならないように」
三人の男女は少し驚いた顔でイーリスを見た後、小さくお辞儀をして、来た道を逃げるように走っていった。
イーリスはそれを見送り、アルベル達の方へ戻る。
「意外だな、逃すなんて」
「あの三人からは殺意を感じなかった」
「まあ、恐らく借金関係だろうな。あの男の武器だけ回収して帰るか。あ、死体は放置でいいよ、一応戦場だし、帝国軍が片づけてくれるだろうさ」
イーリスとシトリーは頷き、三人はそれ以上特に話す事もなく、戦場を後にした。
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