第4話 天才
イーリスは勢いよく前に飛び出す。
「この」
前に立っていた男は何か言おうとしたようだったが、その言葉を言う前に首を落とされる。
首のない胴体から血が噴き出る。
「テメェ!」
「この獣人がぁ!」
他の盗賊達はイーリスに向かって一斉に襲いかかる。
四方から囲い込み、スピアやサーベルで攻撃する。
イーリスはそれら全てを紙一重で避け、盗賊達の体を次から次へと切り裂いていく。
その勢いは剣を振る度に増していき、一瞬たりとも止まる事は無かった。
十人程倒した所で、盗賊達はその鬼のような戦いぶりに恐れをなし、逃げ出し始めた。
「ひぃぃぃ!」
「化け物め!」
イーリスはすぐさま追いかける。
「シトリー!」
「はい分かった!」
シトリーの足元から冷気が発生し、地面を凍らせる。
そして、逃げている盗賊の足元を凍らせ、動きが止まったところをイーリスが切り捨てる。
盗賊を殲滅したところで、イーリスは立ち止まった。
地面に落ちたランプの火が、返り血によって真っ赤に染まったその身を照らし出す。
イーリスは剣を納め、不安そうな表情を浮かべながら二人の方を向いた。
「あの、私の強さは……えっと、どう?」
アルベルはイーリスに歩み寄り、その血で汚れた手を躊躇なく握った。
「キミは剣を振るのも、人を殺すのも、これが初めてなんだね?」
イーリスはコクリと頷く。
「人を殺す事に抵抗は無かったのかい?」
「相手は私達を殺すつもりだった、だから身を守るためにはやむを得なかった。それに、私達の故郷が滅ぼされ、復讐を誓ったその日に、殺す事への躊躇いは捨てた」
アルベルの手が微かに震える。
「素晴らしい、キミは天才だ! どうか君達が自由を手にするその日まで、俺のために剣を振るって欲しい。もちろん、君達の復讐の事も考えておくよ」
アルベルは、これまで見せた事のない程の、最高の笑顔を見せた。
その日の深夜、イーリスとシトリーは銭湯に来ていた。
タイル張りの広い銭湯で、大きな湯船があり、浴室全体が湯気で満ちている。
深夜という時間のお陰か、他に人はいない。
二人は湯船に浸かり、疲れを癒す。
「ねぇ、番台の顔見た? 血まみれのイーリスに怯んでるあの顔! 今思い出してもウケるー!」
シトリーはキャッキャと笑う。
対してイーリスは浮かない顔をしていた。
「折角の服が汚れちゃったのは私も悲しく思ってるわ、でもアルベルが気を利かせて別の服を用意しているみたいだから、元気出しなさい」
「違うんだシトリー、うんまあ、確かにそれもあるけど……やっぱり誰かの命を絶つという事に対して、多少なりとも罪悪感を感じてしまうんだ」
シトリーはその話を聞いて、しばらく何かを考え込むように上を見上げた。
「……イーリスは優しいから、そう思うのは仕方のない事だと思うわ。私もイーリスのそういうところ、好きだからさ。でも、これからもアルベルについていくつもりなら慣れていかなきゃ」
「……殺す事を?」
「違うわ、罪悪感を感じる事に、よ」
シトリーは真剣な目でイーリスを見つめる。
「殺したという事実を受け止めて、背負いながら生きていくの。何が正しいのかを考え続けて生きていくの」
「そんな事をしたら、いつか心が潰れてしまうよ……」
「そうなりそうになったら私を頼ってよ、私はいつでも貴方の味方だから」
その厳しくも優しい言葉に、イーリスは力なく笑う。
「あはは……やっぱり私は傭兵は向いてなさそうだよ」
「そうかしら、あの戦いっぷりは結構凄かったわよ? 貴方は誰かから剣を習ったりしたわけじゃないのよね?」
「うん、本当にアレが初めてだったんだ」
「ならやっぱり私も、天才だと思うけどなぁ、剣技に関してはね」
シトリーは湯船のお湯を手で掬い、虚ろな目で見つめた。
二日後、イーリスとシトリーは再びアルベルの事務所に来ていた。
今回は三人とも椅子には座らずに、部屋の扉の前で立っていた。
「やあやあ、今日も元気かな? イーリスの服も新品同様に綺麗になってて俺も嬉しいよ。さて、今日は長話はしないから、このまま用を済まそう。ではまず先日の仕事の給料!」
アルベルは懐から小袋を取り出し、そこから二人に銀貨を十枚ずつ渡す。
「そこから食費とかを出してほしい。もちろん、余った分は貯金してくれて構わないよ」
「ねぇアルベル、質問なんだけど、私達の権利書っていくら?」
シトリーは神妙な面持ちで問う。
「一人当たり金貨三枚だ」
「シトリー、銀貨何枚で金貨になるの?」
イーリスの質問に、シトリーは一瞬顔を逸らす。
「えっと、銀貨百枚で金貨一枚よ……アルベル! ちょっとコレ少ないんじゃない!?」
「今回の仕事の報酬は銀貨百枚だ、キッチリ二割渡したぞ」
「こんなんじゃいつまで経っても自由になれないわよ!」
「まあそう怒鳴るなってば、これからもっと報酬の良い仕事を受けていくよ。その分キツい仕事にもなっていくけど」
シトリーの怒りは一旦落ち着くものの、まだ不機嫌そうな様子である。
「とりあえず、初仕事お疲れ様! 次の仕事が入るまで、君達は帝都内で自由に過ごして欲しい。仕事が入ったら朝か夜に宿を訪ねるよ。もしお金に困ったり、トラブルに巻き込まれたら事務所に来てくれ、昼間なら居ると思うからさ。えっとまあ、そんな感じかな、とりあえず俺から伝える事はこれぐらいだね、じゃあ今日は解散!」
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