第3話 初仕事の味

「やあやあ、二人が揃ってここに戻ってきてくれた事、嬉しく思っているよ!」


 アルベルは嬉しそうに頷いた。


「どうせ私達は貴方が権利書を持っている限り、逃げられないわよ」


 シトリーが皮肉めいた口調でぼやく。


「そうだね、奴隷契約を交わされた相手は、権利書を持つ者がいつでもその命を絶てる。いやー怖いね!」


 アルベルが軽い口調で話す様子を、シトリーは不快そうに見つめる。

 奴隷は常に雇い主に命を握られているという事である。


「まあそう睨むなよ、こっちも逃げて欲しくないからそれなりに待遇を良くしたつもりなんだ。とりあえず、今日は初仕事だね、場所と内容を説明するよ」


 アルベルはテーブルの上に地図を広げる。


「まずここ、大陸の中心にあるでかい都市、帝都クランテラ、ここが現在地、みんな知ってるね? そんで南東に広がる広い平原がトラス平原、そこの北にある古い小さな城砦があるんだが、どうやらそこが盗賊団のアジトになってるらしいんだ」

「規模はどれぐらいなのかな?」


 イーリスが質問する。


「十数人から二十人程度らしい、盗賊団にしては規模は小さいが、行商人を襲うには十分な戦力だ」

「もしかして、そんな人数を私とイーリスだけに相手させる気?」

「獣人の身体能力なら余裕だろう。それに、お前は優秀な魔術師なんだろう?」

「そうよ! こんな仕事、私一人で終わらせてあげるんだから」

「それは頼もしいね、じゃあ、早速出発しようか。近いと言っても歩いていけば半日近くかかる、日暮れならヤツらもアジトに帰ってるだろうさ」



 平原を歩く事数時間、日は完全に沈み、辺りは闇に包まれていた。

 しかし、半月の光があるお陰で、完全な暗闇というわけではなかった。

 三人はランプを灯さずに、暗闇の中を進んでいた。


「ねえアルベル、この暗闇で遠くまで見えてるの?」


 シトリーが怪訝そうに訊ねる。


「いや全然、足元が限界かな。獣人は夜目が効くと聞いたので、遠くの方は任せた」

「夜目が効くかどうかは、ベースになった動物によるんじゃない?」

「えっと君達は……犬?」

「狐よ!」

「狐だよ!」


 シトリーとイーリスは揃って答える。

 アルベルは突然の大きい声、特にイーリスが大きな声を上げた事に驚いているようである。


「おおう……すまない、えっと狐は夜目が効く動物だったと思います……」

「それはそうと、その腰に下げた刀はなぁに? 一緒に戦うつもり?」

「いや、今回は手を出さないよ、ただ俺の護衛は不用だ、自分の身ぐらいは自分で守るよ」


 そんな話をしていると、イーリスが突然足を止める。


「あそこ、何かある」

「あら、本当」


 シトリーも気づいた様子である。


「俺には全く分からないなぁ、何が見えたんだい?」

「古い建物、壁に囲まれてる、大きさはそんなに大きくない」

「けっこうボロボロに見えるわね」

「あー、その建物で間違い無さそうだね。じゃあもっと近くに寄ってみるか」


 そう言って、再び歩き出そうとした時、シトリーが何かを唱えた。


招雷撃サンダーボルト


 その声と同時に、空から一閃の雷撃が落ち、建物を一瞬にして焼いた。


「……つっよ」


 アルベルはその光景を見て呆然とした。


「どうかしら、これで私の実力が分かった?」

「実力を侮った事は謝るよ。まさか獣人でもあんな魔法を使えるなんてね、正直かなり驚いているよ」


 この世界の獣人は身体能力こそ高いものの、人間よりも知能、魔力共に劣っており、魔法を扱う獣人はほとんどいない。


「いやぁ、こんなあっさり仕事が終わるとはね。城砦の中の死体を確認して、さっさと帰ろうか」

「待って、あっちから何か来る」


 イーリスは二人を呼び止め、左の方を指差した。

 そこには、ランプを持った集団がおり、確実にこちらに向かって来ていた。

 その集団は、全員軽鎧を身につけており、スピアやサーベルを装備している。

 何人かは大きな袋を担いでいる。

 そして何より、揃いも揃って人相が悪い。


「いかにもって感じだな」

「あっちが本体かしら」


 その集団は、十五メートル程離れた場所で立ち止まった。


「あのアジトには見張りを何人か置いておいたんだが、あんたらのせいで全員死んじまったなぁ? その命、取られても文句はねぇよな?」


 男の一人が一歩前に出て、サーベルを抜いた。

 それに続いて、後ろの十数人の盗賊達も武器を構える。


「ここは私が!」


 シトリーが一歩前に出ようとするが、イーリスがそれを制止する。


「ここは私に任せてほしい」


 イーリスは前に出て、腰に下げたショートソードを引き抜き、構える。


「嬢ちゃんが最初の犠牲者かぁ、健気で泣けてくるぜぇ、こんな状況じゃなきゃ可愛がってあげられたのによぉ」


 男は邪悪に微笑む。

 アルベルが後ろから声をかける。


「イーリス、今までで剣を振った事はあるか?」

「ない」

「人を殺した事は?」

「ない」

「そうか……じゃあ好きに暴れてみろ、バックアップは任せておいてくれ」

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