第3話  洋ナシタルト駅

イブと名乗る事にした女は、ブッシュドノエル列車を降りた後、駅で列車を見送り、辺りを見渡した。

異世界…という場所らしいが、イブには木々に囲まれた小さな駅、としか見えなかった。

しかもだいぶ田舎の単線の駅でホームが一つしかなく…、看板はあるが読めない。

切符チョコという物を一つ食べたくらいじゃ、会話は出来るようになっても、文字は読めないようだ。

ここが終点なのか、列車は来た方向へ再び走って行ったのを先程見送った。

電車や汽車が来る気配は無い。

先程乗っていたのも、電車ではなく、汽車に近いのだろうか。

イブにはイマイチ良く分からなかった。

「さて、これからどうしよう」

思わず独り言が漏れた。

辺りを見渡し、とにかくここから動こうと出入り口らしい場所を見つけた。

少しホームを歩くと、出入り口らしき所まで来たが、下は緩やかな階段が三段ほどあり、その階段を下りると駅員がいそうな部屋が見えた。

そこまで行き、中を覗き込んで「あの?」と声をかけると、中から先程まで列車内で一緒だった車掌と同じ姿の男が顔を出した。

「あぁ、お客さんですね」

そう言い、駅員は窓口の所で縮んだ

「すいません、えー、お客さん、お名前は?」

「…イブです」

「いぶ、さんね、あれかな?アダムとイブのイブから取ったイブという名前で合ってますか?」

「…はい」

男は一人でブツブツ呟きながら、スッと姿が伸びた。

その男の近くでキャスター付きのイスが音をたてた事で、イブは”あぁ、座ってたんだ”と気付いた。

男は再びキャスター付きのイスに座り、書類を窓口の前にある机の上へ置き、ペンを取ってイブの名前を書いた。

「えー、イブさん、ブッシュドノエル列車へ勝手に乗り込んできてしまったそうですね、ここは異世界と現実世界を繋ぐ駅でして、あなたのように迷い込む人がたまにいるんですよ、えーっと、切符チョコは食べました?」

「はい、あの、それでも文字は読めなくて…、あと、先程の車掌さんと、お姿がそっくりですね」

「あぁ、えぇ、それはえーっと4238…番目の兄だったか、えー、713番目の弟だったかな?一杯いるんでちょっと分かりませんが、私の兄弟である事は間違いないと思います。一族で鉄道会社で務めていまして、はい」

「そうですか」

「えぇ、陰の存在といいますか、我々は人間でも獣人でもなく、だとすると何でしょう?宇宙人でしょうか?まぁとにかく、時間の狭間、んー、怪しげな空間に存在する、怪しげな一家です」

「…はぁ」

「で、イブさん、この世界の説明はどこまでされてますか?」

「えっと、国名とかここの駅の事とか…でしょうか」

「あぁ、その辺ですか、獣人しかいない、とかは?」

「はい、聞いてます」

「そうですか、では、簡単にこちらから質問させていただきます、イブさんの年齢は?」

「…記憶が曖昧ですけど、25だったような」

「人間の年齢で25歳ですね」

「はい」

「なにか、ここへ来る前にショックな事や、つらかった事はありますか?」

「はい」

「そうですか、では、ご安心下さい、ここは平和そのもの、獣人達は皆、心優しいですよ、もちろん異世界には色々と凶暴な魔物とかが出る世界もありますがね、ここは…どんな者も心穏やかに暮らしているので、ショックが大きいとか人生がつらいといった感情を強く抱く人が来る事が多いので、癒されますよ、人間の男女はだいたい、アダムとイブという名前をオススメされます。だからあなたは、女性ですのでイブですね、来る人は皆、あなたと同じような悩みを抱えている人が来ます、周りに上手く馴染めないとか、人付き合いが苦手だとか…。あなたがここへ来たのも、そういう方だったからでしょう、あなたと入れ違いに現実世界へ帰っていったアダムも、そのような人でした」

「…この世界から、帰る事も出来るんですか?」

「帰りたくなったら、で、良いですよ」

「そうですか」

「イブさん、ここはあなたが好きな世界ですよ、あなたにとって居心地の良い場所ですが、あなたにはあなたの…生きた世界、これからも生きる世界があるはずです、なので今、ここでは休息時間とでも捉えておいて下さい、また、前を向けるようになったら、帰りたくなったら、帰る選択をしてくれれば良いのです、あなた次第ですよ」

「分かりました」

「では、まずはこれを食べて下さい、文字の読み書きが出来るようになる、切手クッキーです、味はプレーンですよ」

そう言われ渡されたのは、確かに切手みたいな大きさのクッキーだった。

イブは切符チョコの時よりは迷わず手に取り、封を開けて、一口で食べた。

確かに普通のクッキーの味がする。

クッキーを食べ終わってから、駅員に「なぜ味が変じゃないのか」と聞いた所、「だって、美味しい方がよろしいでしょう?たとえ異世界の食べ物でも…。なので、味覚はほとんど変わりません、不味いのなんて誰だって嫌ですよ」と言われた。

確かに、異世界の食べ物なんて、美味しいか分からない、それが変わらず美味しいと感じる事が出来るのは、ありがたかった。

「では、イブさん、外に熊さんが経営するタクシー会社のタクシーがありますので、そちらの方へ向かって下さい、わたくしのご案内は以上になります」

「はい」

言われて出入り口の方向を見ると、木々に囲まれているが、駅のロータリーになっているような場所が見えた。

そこに一台の車が止まっているのが確認できた。

イブはそこへ向かって歩き出し、駅舎から出ると、そのタクシーに近付いた。

タクシーが現実世界同様に後部座席のドアが開く

中を覗くとグリズリーがこちらを見ていた。

「いらっしゃい、人間のお嬢さん、さぁ、乗ってください、中央の街までご案内しますよ」

「はい」

見た目は熊だが優しく語りかけて来てくれた声から警戒心が抜けて、素直に車の中へ乗り込む事が出来た。

イブは幼い頃に遊んだ、『玩具のような世界』に、入り込んでしまったんだと確信出来た。

”クマさんとお喋り出来るんだ…”そんな感情が芽生え、イブはこれからの異世界での暮らしに、少しだけワクワク感を覚えた。

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