第2話  Pastel Paisへようこそ

ブッシュドノエル列車に乗り込んだ女は、男にしてはやや高めの声が聞こえ、目を覚ました。

女の目は自分の体を見つめている。

そこで、俯いていた事に気が付いた。

いつの間にか眠っていたらしい。

列車に乗り込んだ後は、横一列に七人から八人くらい座れる長い列車のシートの真ん中に座った…までは覚えているのだが、どうやら座って一息ついた時、目を閉じてから眠ってしまったのだろうと考えた。

私って、そんなに疲れていたっけ?とは疑問に思ったが、顔を上げてから異変に気付いた。

「お客様、お体の具合でも悪いのですか?」

男は車掌の恰好をしているが、肌の色は黒…というより濃い影のような色だった。

もはや人間の姿なのに、何かが違うとハッキリと分かる見た目である。

女は幻覚でも見ているのかと、辺りを見渡したが、周りが全て、今まで見てきた電車の車内ではない事は確認できたようだ、動揺して辺りを何回も見渡し、車掌であるだろう男の姿を見たり、体を動かして窓の外を見たりとしているが、現実世界ではないのは少しずつ理解出来た。

男はさっきから何か話しかけてくるが、外国語のようだが、どの国とも当てはまらない感じの言葉だった。

女は男がなにが言いたいのか、なんとかして聞けないかと考えたが、宇宙語と言われた方がしっくりくるように感じ始めていた。

男はそんな女に対し、小さな切符くらいの大きさの菓子を手渡そうとしてくれているが、女は言葉が分からない為に、簡単には受け取ってもらえなかった。

しかたなく、ジェスチャーで伝わるかと、男は身振り手振りで菓子を受け取って食べろと説明した。

そんなやり取りをして、ようやく女は疑りながらも菓子を受け取り、パッケージを開けて一口食べた。

「お客さん、切符をお持ちでないでしょう、それが切符代わりです、そのチョコレート、美味しいですよ、どうぞ召し上がって下さい」

女からしてみれば、一口食べただけでは、まだ宇宙語に近い感じでしか聞き取れなかったが、チョコレートの美味しさに、ついつい怪しい物だと思っても、体はもっと食べたいと訴えていた。

しかたなく、チョコレートを少しずつだが口に入れて、少しして女はチョコレートを食べ切った。

「あの、ごちそうさま」

通じるか分からないが、その言葉を呟いた瞬間、男は「どういたしまして」と言い帽子を少し取って持ち上げる、挨拶する時の動作をした。

「お客さんが、食べたチョコレート、切符代わりのチョコです、その名も『切符チョコレート』と言います、そのままのネーミングですね、おや、話が通じるようになったようで、良かったです」

「切符、チョコレート…」

「えぇ」

「それって、なんですか、聞いた事がないので教えて欲しいのですが」

「そうですね、今いる世界の食べ物です、ほら、よく言うでしょ、えーっと、あー、お客さんのいた国では、黄泉の国?あの世の物を食べてしまうとなんとやら、と」

「えーっと、まぁ、はい」

女は良く分からないが、そう返事をした。

「ここは、黄泉の国…というような世界ではありませんが、えー、お客さんの世界では、んー、ちょっとお待ちを」

そう言って男は肩から斜めにかけている革のような生地で作られている黒くて大きな鞄を開け、手を突っ込み、ガサガサと音を立ててから何かを取り出した。

背表紙が赤というべきか、少しくすんだ赤というべきか、所々に茶色か黒が混じるような赤い色をしている。

何かの柄も真ん中に描かれ、魔法書のような見た目の本を取り出した。

だいぶ大きくて分厚い本を片手で持ち、もう片方の手でページをめくっている。

「あぁ、書いてありました!そうそう、異世界です」

「異世界…?」

「はい、ここはそのような世界でして、今の食べ物は、この世界の言語を聞いたり喋ったりできるようになる、魔法のような食べ物です」

「なにそれ…」

「おかげで、私の言う事が分かるようになったでしょう?」

「えぇ、まぁ。じゃあ、私、死んだとかじゃなくて異世界に迷い込んだとか、そんな、おとぎ話のような事に巻き込まれているの?」

「…そうですねぇー、巻き込まれたと言いますか、自分から入って来てしまったというか」

「だって、私は…電車に乗った、はずだけど、色々と私の知る電車とは違う」

「えぇ、そうですね、この列車は、お客さんの住んでいた世界の『電車』という乗り物ではありません、えーっと」

男は再度、本のページをめくり、お目当ての言葉があるページを読んでから、女に説明した。

「機関車、蒸気機関車?でしょうか、この列車はそれに近い乗り物です、実際は魔法石…のような、こちらの世界にある物を使って、この列車を動かしています。」

確かに車内はほとんどが、こげ茶のような黒いような色をしている。

明かりはついていて、ちゃんと辺りは見えるが、レトロな電車を想像してしまうような内装だった。

シートは長いのだが、ここまで内装がレトロなら、シートもレトロな感じが良いと、女は思ったが、座り慣れているこの長いシートの方が、落ち着ける…とも、考えていた。

「何か、私に聞きたい事は?」

「色々ありすぎて、その」

「まぁ、そうでしょうね、そうですね…私から何かお話出来る事、なにかあったかなぁ?」

男は片手で本を持ったまま、もう片方で頭をかいた。

「あー、えっと、これから行く駅は『洋ナシタルト駅』という駅名で、この列車は『ブッシュドノエル列車』という名称の列車です。そしてこの場所はまだ、えーっ、時間の狭間のような場所でして、これからこの列車が行く国は、お客さんが分かるような言語だと、ケーキ、国、ケーキ国ですが、お客さんからすると、えーっ、外国語の単語?ですね、『 Pastel Pais』という言葉?単語?ですね」

「ケーキや国は分かるけど、その他は馴染みが無くて分からないけど、とりあえず、お菓子の国?みたいな?」

「違います、ただ、名称、名前…がPastel Paisです、ただの呼び名…でしょうか?あの、ほら、えーっと、何とか国とか、何とか町ってあるでしょ、お客さんがいた世界でも」

「はぁ」

「その、国の名前がそれなだけで、異世界…であっても、そうですね、住んでいる者は、人間はいませんが、人間が住む世界にとても近いです、お客さんからすると、オモチャの国?とか、そんな感じでしょうか。不思議な世界、夢の世界?あー、説明が難しいなぁ、とにかく、そんな感じです!」

「オモチャかぁ、昔、動物が可愛い洋服きてる人形と外国みたいな家の…なんかそんなオモチャで遊んでたなー、そんな世界に入り込んじゃったんだ、私」

「そうですね、ちなみに、そのように動物がこの世界の住人で、えーっ獣人という言葉で合ってたような、あー、とにかく!獣人しかいない世界ですが、お家や街並みは、いわゆる外国風?洋風っていう言葉、ありましたっけ、そんな感じです」

「じゃあ、本当に私…あの世界のような場所へ来ちゃったんだ」

「えぇ、いらっしゃいませ」

「いらっしゃいませって…別に良いけど」

「お気に召さなかったですか?では、不思議の国へようこそ、Alice?」

「私、そんな名前じゃ、もっと普通の…」

そう言ったが、女は自分の名前を思い出す事が出来なかった。

「そうでしたか、では、せっかく異世界へ来たのですし、こちらの世界では本名とは別の名前で過ごしたらいかがでしょうか?」

「別の名前?」

「えぇ、そうですね、イブとかはどうですか?アダムとイブのイブ」

「イブ…ですか、人間は、私しかいないんでしたっけ?」

「もう一人、迷い込んだお方がいらっしゃいましたが、あなたとは入り違いで降りていきました、彼はアダムという名前で過ごされてましたよ、私がアダムという名前はどうか?と聞きまして、そしたら彼は「じゃあ、それで」と言っておられました」

「そうですか、じゃあ私も、えっと、イブで」

「分かりました、イブさん、では、列車はもうすぐ駅に到着します、オモチャのような世界、存分にお楽しみ下さい」

「はい」

そこで列車内にアナウンスが流れ、しばらくして列車が止まり、イブは列車から降りて行った。

車掌はその後ろ姿を見送り、「まぁ、あなたのいた世界では、生きづらかったと思いますよ、___ ___さん」と呟いた。

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