第二章【完全トーティエント数】1

 私に分かることは少ない。町がある、菓子商店がある、奇妙な生き物がいる。そういう所に私がいる。簡潔にすればこれくらいにまとまってしまう程、私に分かることは少ない。だが、たとえ簡潔にしなかった所で、さして変わりはしないだろう。


 昨日、菓子商店の中のとある売り場にて貰った最中もなかを一つ食べ、私は今日も其処へ赴く。灰色の座布団のような猫のような生き物が地上から僅かに浮いた所を移動しながら、私に付いて来る。未だに慣れない。


「なあ、お前はどうして浮いているんだ?」


 道すがら、私は彼に尋ねる。


 彼は普段のほとんどを瞳を閉じて過ごしていた。今もその両目はきっちりと閉じられていて、閉じているのではなく元々其処には目など無いかのようにも思えるほど、その境目は灰色の毛に覆われているのか分かりづらかった。


 だが、私の言葉に反応するように彼は此方を見る。いや、見たような気がした。


「私が浮くことに特に理由など無い」


「いや、そういうことでは無くてだな」


「では、お前は何を尋ねたいのか。何を知りたいのか」


「普通、猫は浮いて移動はしないだろう」


「私は猫では無い」


「ああ、それは私が勝手に思っているだけなんだが。とにかく、猫にしろ違うにしろ、お前には羽や翼があるわけでも無し。それなのにどうして浮くことが出来るんだ?」


「事象には理由が存在する。だが、私のこれを説明することは難しい」


「難しくて構わないから話してくれよ」


「拒否する」


「どうしてだ」


「私には話したくないことを黙秘する権利も無いのか。人間とは身勝手なものだ。そうしてすぐに詮索をし、自らの理解の範疇を超えたものに関しては疎外する。何とも愚かだ」


「いや、言いたくないならいい。ただ、気になったから聞いてみたかっただけだ」


 彼は大きな溜め息でもつきそうな様子だった。


 私は何も無理に聞き出したいと思ったわけでは無い。慌ててそう付け足すと、好奇心は有った方が良い、しかし時にそれは身を滅ぼす、と彼は静かに言った。


 そして少しの沈黙の後、何処か意味有り気な声音で彼は口を開く。


「私に関してそれを発揮することはあまり実り多い結果にはならないだろう。だが、私以外に関しても同じとは限らない」


「なあ、いつも思うんだが。もう少し噛み砕いて言ってくれないか。ああ、誤解してほしくは無い。私は、その独特な話し口調が嫌いだというわけでは無いんだ。ただ、何か深い理由があって言っていることについてだけでも、分かりやすくして貰えたら助かるんだが」


 彼は再び黙りこくる。その内に、菓子商店が見えて来た。


「努力する」


 ぼそりと彼が言う。


 では早速、先程の言葉の指す所を分かりやすく説明してくれないかと私は頼んでみたのだが、彼からはいつもの言葉が返されたに過ぎなかった。即ち、「振り返れ」と。一体、何処をどう努力してくれたのか私には理解が及ばない。

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