第一集 玉蘭、華清宮にて毒妃に出逢う㉒
十
結局夕べは明け方まで話し込んでしまって、僕は翌日はまたとろとろと、ほとんど眠って過ごしてしまった。
よほど眠かったせいか、朝方
別に熱はない
もしかして、蜂に刺されたのでは? と勘違いされたのかもしれない。
そんな事を思いながらまた眠りに落ち、誰かの気配にまた目が覚めて、「蜂じゃないわ」と寝ぼけ眼で答えると、軽やかな笑い声が返ってきた。
「あら!
「ここに蜂は入ってこないから大丈夫ですよ。もし入って来ても、私達が全部追い出しますから、安心してお休みくださいまし」
そう優しく言ってくれたのは
翠麗は誰からも愛される人だったし、僕も愛している。
でもそれは、
兄さん達だってそうだ。父上も、高
そうせずにはいられないのが翠麗なのだ──ああ、姐さんに会いたい。
まだ戻って来られないとしても、
無事であるならそれでいい。恨み言も言いたいけれど、でもそれ以上に、ただ愛する貴女の声が聞きたい。
毎日
「…………」
気がつけば、眠りながら泣いていたみたいで、僕は目を覚まし、むくりと起き上がって、そしてベトベトに
「お目覚めですか?」
優しく声を掛けてくれたのは
「ごめんなさい、眠ってばっかりで……」
「大丈夫です。もう少しお休みになられますか?」
「いいえ、もう起きます。このままでは日が沈んでしまいそうです」
大きく伸びをした後、手足や顔を洗ったり、支度を整える。手伝ってくれる絶牙が、僕のおでこを心配そうに指でかき分けた。
「……青春痘ですよ?」
「…………」
険しい表情が返ってきた。
「青春痘ですよねぇ?」
近くにいた桜雪にも聞いたが、彼女も「青春痘ですね」と言ったのに、彼はその後も納得しきれない様子で、化粧をするギリギリまで、僕のおでこを冷やしていた。
今日も
額を染める額黄は、僕の額が心配でしょうがない絶牙によって、今日は塗らないことになってしまったが。
沢山寝たせいか、色々な事があったせいか、今日はなんだか不思議な気分だ。僕は僕なのに、僕の中に翠麗を感じる気がする。今日はいつもより、女官達と話すのも苦じゃなかった。
そんな風に遅い一日が始まり、けだるい時間が過ぎてゆく。
夕方僕に最後のお茶を
「やはり茴香がいないと不便なの。貴女が迷惑でないのなら、今夜はもう少し遅くまで残ってもらえないかしら?」
僕がそうお願いすると、彼女はむしろ喜ぶように頰を染め、「
「ありがとう。今日は一日気分が優れないから、夜も早く休みたいの。皆がいなくなって部屋が静かになったら、すぐに夜の支度をお願いするわ」
「わかりました、急いで準備をして参ります」
本当に真面目な人だ。彼女はいそいそと僕の夜の準備をしに、部屋を出て行った。
そうして、女官達が続々部屋から出て行って間もなく、余分な仕事にもかかわらず、巧鈴は
「お着替えの前に、先にお湯を使われますか?」
「そうね、でもまず、お茶を飲んでも良いかしら?」
「ええ、勿論ですとも」
「いいえ、大丈夫よ。絶牙に頼むから──ああ、絶牙、お茶を淹れて
すっかり夕陽が沈み、暗くなった部屋に
「華妃様。昨日の文も、無事長安まで届けてございます」
「本当に? ありがとう……貴女には、何かお礼をしなくちゃ」
僕が申し訳なさそうに言うと、彼女は「いいえ!」と笑った。
「こうやって、華妃様のお傍でお仕えさせて頂けることが、私にとって何よりの褒美にございます」
「まあ! なんて嬉しい事を言ってくれるのかしら……わたくし、貴女のような女官をもって幸せだわ──そうよね? 毒妃」
「……え?」
僕が扉に向かってそう言うと、やがてお茶の用意をした絶牙と、ドゥドゥさんが部屋に入ってきた。
「左様にございますな」
そう言って、ドゥドゥさんが円卓の前の椅子に腰を下ろした。
「貴女もお座りなさい、巧鈴。一緒にお茶にしましょう?」
そう言って僕も席を一つ空けて腰を下ろす。
巧鈴は
「そ、そんな……私などが、恐れ多い……」
「ほう?
ドゥドゥさんが冷ややかに言った。
「あら、まさか……貴女まで、毒妃の噂を信じているの? まあいやだわ……彼女が触れた物が毒になったりするわけないでしょう?」
僕が声を上げて笑うと、巧鈴は渋々といった調子で椅子に腰を下ろした。
その顔は強ばったままだ。
そうして絶牙が三人分のお茶を用意した。
「良い香りの茶じゃが──少し苦いのう」
こくんと一口飲んで、彼女は言った。
「……だが、今日は丁度良いものを持って来た。
そう言って、ドゥドゥさんが、小さな
中には金色の液体が満たされている。巧鈴の顔が見る見る青くなった。
「し、失礼ながら毒妃様、こちらはなんでしょうか?」
「蜂蜜じゃよ。北門の辺りで、誰ぞ蜂を育てているらしい。そこの蜜を昨日採ってこさせたのじゃ」
「き……北門の近くの!?」
巧鈴の額に、脂汗がぶつぶつと浮かびはじめた。
「とても良い
僕は蜜をたっぷり
「だ、駄目です!!」
巧鈴が悲鳴のような声を上げる。
「どうして?」
「どうしてって……そ、そうですわ、何かを口にされるときは、まず必ず毒見役をお使いくださいませ」
「それもそうね……じゃあ、試しにお前が飲んで頂戴な、巧鈴」
「え……?」
「でも心配しないでも良いわ。だってただの蜂蜜よ。怖がるような物ではないでしょうに」
僕はにこにこと微笑んで、巧鈴の顔の前にお茶を差し出した。
「華妃様……」
巧鈴は
「巧鈴? さあほら……大丈夫、毒なんか入ってないわ? そうでしょう?」
僕は意地悪く、更に茶碗に蜂蜜をとろとろと足す。
「さあ、飲んで──飲みなさい巧鈴」
とうとう巧鈴は、差し出された湯飲みを震える手でとった──けれど結局彼女はそれを飲む事が出来ずに、逃げるように立ち上がって、そのままへなへなと床に
「ど……どうして……?」
巧鈴の両目から。涙が
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