第一集 玉蘭、華清宮にて毒妃に出逢う⑲
唐の
周囲には沢山の楼閣の他、馬球を行う
でも僕達は、さらにそれらを越えて、人の往来の少ないエリアに向かっていった。
ドゥドゥさんの女官は、本当に心配そうだったけれど、茴香を診る人がいなくなるのも良くないと、覚悟を決めたように僕達を送り出した。
少し
「あの……どうされました?」
「いいや……ただ、知らない匂いだと思っての。後宮とはまったく違う」
「ああ……そうですね、そうですよね」
考えてみたら、彼女はあまり目が良くないのだ。全く見えない訳ではないにせよ、他の部分──例えば匂いや音を頼りにしているみたいだ。慣れないところは、それだけで恐ろしいだろう。
「すみません。うっかりしてました。道の悪い所は、絶牙に抱き上げて頂くことにしましょう」
そしてそれ以外は、手を
「すまぬ」
「いいえ」
そうして彼女が希望するように、郊外の
正直に言えば、僕もこの時間に歩き回るのは少し不安だ。野の獣や夜盗が出てこなければ良い。
せめて帯刀してくれば良かっただろうか……と思った。儀王宮では気まぐれに皇子が
本当に僕に、それが出来るだろうか。
でもせめて、隣にいるドゥドゥさんは守らなければと思う。彼女は僕の代わりに毒を飲んだも同じなのだから、その恩情には報いなければ。
「……具合は大丈夫ですか? 毒は?」
「今はもう大丈夫じゃ。
「そうですが、心配になります」
そう言うと、彼女はふ、と
「
「そうですが……」
「むしろ野心に近いそなたの方が、ずっと危険であろう? 偽華妃」
「それはそうですが……それより、その偽華妃はやめて頂けませんか?」
万が一、誰かに聞かれると、あまり具合のよくない呼び名だ。
「そうか。ではなんと呼べば良い」
「本当の名は玉蘭です。幼い頃は小翠麗と呼ばれておりました」
「玉蘭か。蘭はこの世の
「へえ……蘭に毒は無いんですか」
それは知らなかった。花によっては、なんとなく毒々しいのが蘭なのに。
「吾は今まで通りドゥドゥで良い。『
「愛……あ、ええと、はい」
まぁ……他でもない陛下のおつけになった名前だし、本人がそう思っているなら、僕が何か言う事ではないか。
不意にドゥドゥさんが深呼吸をひとつした。
「こんな風に、外に出たのは……初めてじゃ」
「え? 何年ぶり、という事ではなく?」
「吾は赤子のうちから召し上げられ、八歳になるまで公主達の乳母に育てられたがゆえ」
だからずっと後宮の敷地内から出た事がない、と彼女は言った。
「ああ……じゃあ、だからその話し言葉なんですね」
「古臭いと思うておるか?」
「格式を感じます」
「物は言いようじゃな」
「そんなことは──あうっ」
その時、つい話に夢中になって、足下のぬかるみに足を取られ、転びそうになった。
「ぬっ!?」
「~~~~~~!!」
僕はドゥドゥさんの手を引いていたので、僕が転び掛けたせいで、ドゥドゥさんまで転び掛けてしまって、
「…………!」
『気を付けてください!!』と、彼が目ですごく訴えている。ご……ごめんなさい……。
「あ、あの……ここからは道が悪いので、むしろ絶牙にお任せした方がいいような……」
もし何かあった時に、絶牙の両手が
ドゥドゥさんも同じく思ったようで、素直に彼に横抱きにされた。
なんなら僕も今ばかりは抱き上げて欲しいくらいだ。
「そ、それにしても、厩に何があるんです?
「馬糞に毒は聞かぬな。むしろ薬効があるという。だが馬糞には
「
「そうじゃ。呼吸をするのも忘れるほど楽しい幻覚が見られると言うが、そのまま呼吸出来なくなる可能性もある。試してはならぬよ」
「そんなの試しませんよ」
そんな話をしながら、僕達は
やがて厩舎の一つに着くと、馬丁が放牧を終えた馬たちの世話をしているところだった。
「ここ最近、馬が暴れたり、病気になったりした事がなかったか?」
「北側ですか……」
「ええ。あちらも馬小屋がいくつかあるから訪ねたら良いと思いますよ」
まだ歩かなきゃいけないのか……。
最近はすっかり病人同様の生活なので、正直もう息が上がっている。
だけど隣で、ドゥドゥさんを抱いて歩いている絶牙は、汗一つかいていない。
鍛え方が違うのはわかっているけれど、
履き慣れない女性ものの靴が、足に食い込んでいたかったけれど。
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