第一集 玉蘭、華清宮にて毒妃に出逢う⑯
貴妃様の前に陛下が
そんな彼女の
高力士様の中では、どれだけ武恵妃様が望もうとも、寿王様は皇帝候補ではなかった。そのため寿玉の妻には多少素性が怪しくとも、美しく、賢い女性であれば、出自は問わなかったのだ。
目的は寿王様が彼女に
武恵妃様の不在をお慰めするのは、他でもなく翠麗の務めであり、そのまま皇后に上り詰めるはずが──今、陛下の隣にいるのは、楊貴妃様なのだ。
寵愛に寵愛を重ねても、元は息子の妻であった女性を、皇后の座に据える事は、周囲の反発があまりにも強すぎる。
よって長らく皇后不在のまま、陛下は後宮の一角で、ただただ楊貴妃様を盲愛している。そのため、楊貴妃様も翠麗も派閥で言うなら同じ高力士派で、楊貴妃様が非常に
皇帝が楊貴妃様を寵愛するのであれば、それが最良となるように周囲を動かすだろう。だから
高力士様にとって、翠麗は娘も同然。いくら陛下の寵があっても、高力士様に背いて、この後宮で暮らすのが楽ではない立場だという事ぐらい、楊貴妃様だってわかっているだろう。桜雪もまた同じ考えのようだった。
「楊貴妃様が、そこまで愚かなお振る舞いをするとは思えませんし、お立場で言うならば、やはり高華妃様より楊貴妃様の方が上です」
「そうですね。弱い者……というならば
「でもまあ、女官の独断という可能性がない訳でもない。もしくは彼女が別の部屋の細作というのも考えられる。断言するのは早かろう。だが答えは決まっている。高華妃よりも弱く、今彼女を憎む者を捜せば良い。しかもわざわざこの温泉宮まで同行している人物だ──簡単じゃろう?」
確かにそう言われれば、簡単なようにも聞こえるが……実際はどうだろう? 少なくとも候補が絞られた気がしない──けれど、見つけないわけにはいかない。
結局脅迫状の存在を知ってしまった以上、僕だって今まで通りになんて暮らせない。
「これ以上待つのではなく、犯人を捜しましょう」
そう僕がきっぱり言うと、桜雪は渋々というように頷いた。
とはいえ、犯人捜しは気になるものの、茴香の意識が戻らないことや、彼女の容態がもう少し安定してから、改めて行動した方が良いという事になったのだが。
ドゥドゥさんは、また
「だが
「え?」
「陽光に当たると、皮膚が
「そ……そうなんですか!?」
なるほど、道理で確かに、女官達も彼女の存在をあまり知らないわけだと思った。
話によれば、日が出ている間は締め切った部屋の奥で眠り、日が沈んでから動き回っているという事だった。
日中は寝ているから、夜は別の場所に移動する女官達は、ドゥドゥさんに会う事もないのだろう。
「でも……それは、ご不便ですね」
「不便などないよ。毎日何も変わらぬ」
女官も普段からただ一人、彼女の母と
「その代わり、明日の夜までには、茴香の毒が何か調べておくことにしよう」
そう言ってドゥドゥさんが微笑んだ。まるで毒という言葉が甘いように。
そうして絶牙に連れられて、自分の部屋に戻るドゥドゥさんの背中を見送る。気がつくと同じように彼女を見つめる桜雪の姿があった。
「彼女が『毒妃』ですか……不思議な方ですね」と、改めて桜雪に言うと、彼女は静かに頷いた。
「……翠麗様からお話を伺ったことがあります」
「翠麗から?」
「ええ、つまりは高力士様からの
「華佗、ですか……」
「彼は
だのに、それまでどの皇帝も、唐国だけでなく遠く
「……けれど、玄宗陛下は別だった、という事ですか」
桜雪が静かに
玄宗陛下は、他国の風習を、さまざまな物を好んで取り入れる人だ。
それが医術であっても同じという事か。
「後宮を愛し、
歴史の影、いつの時代も後宮という場所は、皇太子争いで血が流れるものだという。
だからこそ、玄宗陛下は絶対的な信頼をおいて、毒妃様の一族を優遇した。
誰かの野心が我が子を、愛する妃の命を脅かしたりなどしないように。
そうして彼女の父が、母が毒で倒れてしまったことを愁い、ドゥドゥさんを妃に封することで、彼女が不自由なく衣食住を得られるようにしたのだ。
そしてそれは他でもなく、彼女がその知識を継承していく為であり、同時に後宮をこの先も毒から守る為だろう。
毎晩のように陛下の寵を得ている楊貴妃様だが、いまだ御子には恵まれていない。とはいえ誰もが時間の問題だと思っているし、陛下はその時は誰より貴妃様と
「ですがあの通り、少し変わったお方です、女官達だけでなく、他のお妃達もみな
「──でも、翠麗は違ったんですね?」
「……はい」
桜雪がどこか誇らしげに微笑んだ。
だってそうだ。
姐の優れた部分を
「でも、だったらやっぱり、翠麗は毒が原因で後宮から逃げたわけではないのですね」
「私もそう思います」
もし本当に毒に怯えているのであれば、逃げるよりもドゥドゥさんを頼る方が安全だろう。後宮から逃げるより、彼女の協力を得る方が、翠麗には
「無事で、元気にしているといいんですが……」
翠麗のことは怒っているし、許せない部分だってある。
だけど、それでも翠麗は僕の姐で、大切な家族なのだ。
どこで何をしているのであれ、まずは息災であって欲しい。文句を言うのはその後、元気に戻って来てくれてからでいい。
今はそれより、僕と翠麗を傷つけるはずだった毒の事だ。
結局その夜は訓練をする事もなく、夕食も冷たい
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