「直生、すなお。あのブレスレットって直生が作っているの?」

「そうだけど……変かな? おばあちゃんが作ったのと違って、なかなか売れないんだよ」

「きれいだけど、あれ、ダメよ。あれじゃだめよ。私に作らせて。そうじゃなきゃ、一緒に作りましょう。……そうすれば、今の三倍は売れるわ」

 直生は目を見開いた。

「三倍も?」

「人間だって、効力のあるものを無意識に選ぶようになってる」

「本業は喫茶店であって、ブレスレットは副業だから、売れたら儲けもの……っておばあちゃんは言ってたけど」

「そうだけど! でも、あれじゃ絶対に売れない!」 

 リリーは食い下がった。

「あなた、お師匠様とちがって石が読めていないの。石には表情と性格がある。それが、貴方には見えていないの。だから私が代わりに読む。だから、貴方が色を選んで作って。そうすれば、効力のあるお守りができるわ。……きっと、これよ。私にしかできないことって、これだわ」

 

 リリーの勢いに直生は気圧されたようになった。キャッシャーの中のお金の勘定もそこそこに、彼はレジを閉めてしまうと、二階にある部屋に上がって、大量のタッパーをもって降りてきた。

「これが今の僕の手持ち全部だ。とりあえず、見てみてほしい」

「わかった」

「きみの部屋でやろう。店じまいをやったら、僕も行くから」

 タッパーを抱えたリリーの足元に、マサ子さんが座っていた。

「マサ子さんもやる?」

リリーが尋ねると、「お二人でどうぞ」とばかりに彼女は白い尻尾を振った。そして、カウンター席の一番はじで、くるりと丸くなった。



 人間界の中でも安い石の類なのだろう。玉石混交とはこのことだ。ただの石から魔力のあるものまでさまざまある。これを、一つずつ選んでいく。

 リリーは部屋の明かりをつけた。久しく腕を通していない、魔法学校の制服がハンガーに掛かっていた。リリーはスカーフだけを抜き取って制服に背を向けた。そして、直生の手持ちの石の中から、効力のあるものをスカーフの上に選び出していく。タイガーアイやクリスタル。瑪瑙もある。

 多くが、魔除けだ。時折恋愛成就が混ざっている。金運アップは稀。そして健康運の強いものがいくつか。これらは、「混ぜてはいけない」。同じ効果同士ならまだしも、違う恩恵を互い違いに混ぜたら食い合ってしまう。

 リリーが集中して石をより分ける中、引き戸を開けた直生が、スカーフの上の数粒に目をむける。


「それが、リリーさんの選んだ石? それだけ?」

「違うわ。ブレスレットのメインになりうる石よ」

「他にないの? こっちの、大粒のは?」

「それはまだ見てないわ。――これが魔除け。こっちが恋愛。金運アップはこれだけ。この粒はこれだけで健康運を高める」

「……つまり、どういうこと?」

「ほかがただの石でもこれだけで健康守りになるわ」

「すごいな。……まるでおばあちゃんみたいだ」

 リリーはため息をついた。

「意味は分かるけど、誉め言葉に聞こえないのが難点ね。でも、ありがとう」


 蒸し暑い一室に、扇風機の回る音がする。畳の部屋で二人は向かい合い、大量の天然石を見下ろした。

「まず、魔除けを作りましょう。この中で一番種類が多いから、石で遊びやすいでしょう」

「選ぶだけの種類があるんだ?」

「これ全部よ。これだけで魔除けにしてしまってもいいくらい。……そうね」

 薄緑のクリスタルを並べてから、リリーは大粒の石の中から緑のタイガーアイを三粒選び出した。

「これをアクセントにすればちょうどいい」

「へえ……」

「並び順は任せる。ただ、タイガーアイは等間隔に並べて。石の並びは、魔法陣みたいなものなのよ」

「わかった」

「私はそうね……恋愛成就のブレスレットの材料を探してみる」


 そうしてもくもくと、二人は作業に取り掛かった。頬を、ゆっくり汗が伝い落ちていく。

 スカーフの上に並べた石を直生に手渡す。そして直生はそれを、ブレスレットに仕上げていく。直生の手は大きいのに器用で、まるでお師匠様の孫ではないみたいだ。けれどリリーは、うつむきがちな彼の鼻筋に、お師匠様の面影を読み取っていた。こうしてみると、そっくりだった。

 ――お師匠様は、もういない。

 金運アップの石を集めている手の甲に、汗のようなものがぽたりと落ちた。リリーは目元を拭った。

「リリーさん。汗すごいよ」

 直生が差し出すティッシュを受け取り、顔を拭う。ゴミ箱に向かって放り出したティッシュが、目標を外れて落ちる。けれども二人にはそれをゴミ箱に入れなおす余裕もなかった。集中していた。



「直生。これで最後にしましょう」

 直生はリリーの赤くなった目を見て、しずかに頷いた。

「そうしようか。……まさか四つも作れるとはね」

「明日にでも店頭に並べましょう。効果を見てみたい」

「値段はリリーさんがつけていいよ」

「作ったのは貴方なんだから、直生がつけなさいよ」

「鑑定はリリーさんだから」

「そんなこと言われても、人間界の相場なんてわかんない」

 

 言い合いながら夜は更けていくのに、二人はそれに気づいていないみたいだった。マサ子さんは開きっぱなしのふすまの隙間からぬるりと入ってきて、早く寝なさいよと二人に鳴いた。


「わかったよ、マサ子さん。明日も通常開店だもんね……」

 直生はマサ子さんを抱き上げた。こうしてみると、直生もマサ子さんもだいぶ大柄なのだった。

「リリーさん。夜まで付き合ってくれてありがとう。先にお風呂に入って」

「……ええ。こちらこそ、ありがとう、直生」

 リリーは言葉に甘えて先にシャワーを浴びた。そして、髪の毛を乾かすのもそこそこに、ことんと眠りに落ちた。

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