第4話 なすび食堂

 白い暖簾に「なすび食堂」と黒文字で書かれ、その横に紫色のナスらしき物体が描かれている。白い暖簾をくぐり、古い扉を横にガラガラと開けると、「いらっしゃい!」という威勢の良い声が聞こえてきた。

 店の中には大将らしき恰幅のよい男性と、パートらしき中年女性の店員がいた。男性は椅子に座り新聞を読み、女性は洗い物をしていた。お客さんは私たち以外にいなかった。お好きな席にどうぞと言われたので、奥のテーブル席に座った。店内の壁には手書きのメニューが所狭しと貼られている。予想通りすべてのメニューに「なすび」と名付けられていた。なすび甘辛炒め、なすび生姜焼き、麻婆なすび、なすびヘロヘロ煮(どんな料理だ?)など。


「赤い服を着ているのが母親、緑の服を着ているのが父親だ」コウモリはそう言った。ただ、どこを見渡してもそんな人物はいない。店員二人は白い服を着ていた。

「ここにはいないみたいね」美月さんはため息をついた。

「とりあえず何か食べませんか?お腹すいてきちゃいました」

 美月さんもそれに同意した。私は無難に「なすび炒め定食」、美月さんは「なすびのみぞれ煮定食」を注文した。どちらも熱々で美味しかったが、白飯の量が多すぎたので食べきれなかった。

「お口に合いましたか?」と女性店員さんが水のお替りを持ってきてくれた。

「はい、とても美味しかったです。こちらのお店はご夫婦でやられてるんですか?」

「いえいえ、私はただのパートで、ここは大将が一人でやってるんです」

 ここにいる店員さん達は夫婦ではない。ということは他に夫婦らしき人はどこにいるのだ?

「ここのお店に赤い服や緑の服を着てくる人はいますか?お客さんやパートの人で!」美月さんが食い入るように質問する。

 女性店員さんは困った顔で首をかしげる。そんな派手な格好をした人はいないらしい。

「赤と緑なら、そこの二匹しかいないだろ?」厨房の奥から大将の野太い声が響き渡る。

「ああ、そうね、この子達は赤と緑の服を着ているわね」

 私たちは店の奥を凝視する。棚の上に招き猫が二つ置いてあった。一方は赤いちゃんちゃんこ、一方は緑の浴衣を着ていた。仲良くにっこり笑って片手をあげて、こちらを見ていた。


「人間に生まれ変われるとは限らないけどな」コウモリの別れ際の言葉が甦る。

「近くで見てもいいですか?」美月さんは立ち上がって招き猫の近くまで歩いていく。じっと招き猫を見つめた後、両手でそっと二匹を包み込み目を閉じていた。生まれ変わる前の両親に何かを語りかけているようだった。そして何かを祈っているようだった。

 女性店員さんは奥に引っ込んでいった。しんと静まり返った店内。私は美月さんの横顔を見ていた。心の中で美月さんの幸せを願った。

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