第3話 夢の旅

「どうやって私の夢を旅するの?」

美月さんが質問したので、私は立ち上がり本棚を横にずらした。そうすると隠し扉が姿を現す。

「こちらの部屋に来ていただけますか?」隠し扉を開き、奥の部屋に美月さんを案内した。

 奥の部屋には大きな金色の蓄音機があった。人間の背丈ぐらいはあるホーンがこちらを向いている。

「この蓄音機にさきほどの音声を録音させていただきました」私はそう言ってスイッチを入れる。すると先ほどの美月さんが夢を語る音声がそのまま流れてくる。「いつの間に」と美月さんは驚いていた。

「この音声をこれから逆再生します。すると美月さんは眠りに落ちて夢を見ます。そのとき私は美月さんの意識の中に入り込むことで、夢を旅することができます」

私が一通り説明しても、美月さんはピンと来ていない様子だった。

「さっきコーヒーも飲んだし眠れるかしら?」

「それじゃあ試してみましょう。そこのソファに座ってください」


 美月さんがソファに座るのを見て、私は蓄音機を逆再生する。部屋中に逆再生される美月さんの声が響き渡る。しばらくすると頭の奥が捻じられるような感覚に襲われる。視界も歪んでくる。頭がフラフラして立っていられない。私もソファの上に座り頭をクッションにもたれさせる。

 横目で美月さんを見ると、ぐっすりと眠っていた。それを確認すると、私も目を閉じた。逆再生される美月さんの声は徐々に消えていく。それと同時に捻じられる感覚も消えていく。真っ暗闇にしか見えない視界の中に少しずつ光が差し込んでくる。私はその光に向かって手を伸ばす。光はどんどん大きくなり、私は包み込まれる。光の向こう側には、美月さんの夢が待っている。


 目を開いたとき、私は大きな洞窟の入口に立っていた。中は真っ暗で様子が全く見えなかった。あまりに何も見えないので、一瞬中に入るのを躊躇ってしまう。けど、これは仕事なのだ。そして美月さんのためなのだと自分に言い聞かせる。

 思い切って何歩か中に入ってみても、まだ中は見えない。私はポッケからマッチを取り出し、火をつけてそれを宙に浮かせた。私が開発したドローンマッチだ。これで私の前を照らしてくれる。

 岩の廊下と言えばいいのだろうか、細長い通路がずっと奥まで続いている。私は行けるところまで歩いていく。だんだん足元が悪くなってくる。こぶしサイズの石がたくさん転がっている。なぜかすべて茶色の石だった。きっと美月さんが絵を描くのに使った石に違いない。

 そろそろ息が切れてきたころ、広い場所に出た。

「やあ、久しぶりだな。待っていたよ」天井に一匹のコウモリがこちらを見下ろしている。

「こんにちは!夢旅人の榎本遥香と申します。山岡美月という女性の依頼で来ました」

 コウモリはじっと私のことを見た。

「よく見ると、あの女じゃないな。何しに来た?」

 私は美月さんの依頼内容を伝える。あなたが美月さんに最期に伝えた言葉をどうしても知りたいのだと。

「ああ、あいつが死ぬ間際に教えてやったんだよ。生まれ変わったときに両親と会える場所をな」

 やっぱり両親の場所だったんだ!

「それを私に教えてくれませんか?」

「いいけど、お前何か絵描けるか?そろそろ新しい絵が見たいんだよ。それと引き換えだ」

 わかりましたと、スケッチブックと色鉛筆を何本か鞄から取り出す。何を描こうか決めるために、私は目を閉じる。いつもこうやって最初に思い浮かんだものを描くことにしているのだ。

「引きこもっていた部屋の壁は何色だった?」美月さんの言葉が浮かんできた。白ですと私は答えた。すると、頭の中に実家の部屋が浮かんでくる。私の部屋には本棚とベッドと勉強机、そしてそれを覆うように白い壁しかない。小学5年生のときに学校に行かなくなってから、ずっと部屋の中で白い壁を見て過ごした。

 それが半年ほど続いて秋になったころ、窓の外から一枚の葉が風に吹かれて入ってきた。葉は見事に紅く染まっていた。その紅葉がとても美しくて私は夢中でそれを絵にした。絵なんて描いたことなかったけど、絵にすることしか頭になかった。

 一枚の紅葉の絵が完成すると、私は猛烈に外に出たくなった。外に出て、この紅葉を運んできた木や風や空を見たくなった。すぐに部屋を出て外を歩きだした。そうして私の引きこもりは終わったんだ。白い壁と一枚の紅葉、それが私の絵の原点だった。

 私は目を開ける。あの時と同じように、私は一枚の紅葉の絵を描く。あの頃より絵の技術は格段に進歩したけど、絵への思いは何も変わってはいない。美月さんが思い出させてくれた絵への思いを、懸命に絵に込めた。

 完成した絵をコウモリに見せる。コウモリはじーっと絵を見ていた。

「いい絵じゃねえか。久しぶりにこんなカラフルな絵を見たよ」

「気に入っていただけて光栄です」

「なすび食堂」コウモリは突然そう言った。

「ん?なすび食堂?」

「そう、俺があいつに言った言葉だ。そこに行けば両親に会えるよ。そこで赤い服を着ているのが母親、緑の服を着ているのが父親だ」

 私は言われた通りにメモをする。

「ありがとうございます!では私はこれで!」私は洞窟から出て行こうとする。


「おい、待てよ。せっかく来たんだ。あいつが描いた壁画を見て行けよ」

 コウモリの提案に私は足を止める。美月さんが死ぬ前に描いた茶色い絵、それはぜひ見てみたい。私がそう言うと、コウモリはヒヒっと笑った。

「こっちだ」コウモリが飛んでいく方についていくと、奥の方にもう一つ部屋があった。

「これは!」部屋に入った瞬間に私は圧倒される。壁一面に茶色い絵がびっしりと描かれている。

「後世に語り継がれる偉大な絵だ」コウモリの言葉に、私はあることを思い出す。この絵はどこかで見たことがある。どこで見たんだっけ…そうだ、歴史の教科書だ!

「私、そろそろ帰ります。コウモリさんありがとうございました!」私は頭を下げて、来た道を戻ろうとする。

「じゃあな。生まれ変わったらまた会おうぜ。まあ、人間に生まれ変われるとは限らないけどな」背中でコウモリの言葉を聞きながら、私は洞窟の出口まで急いだ。


 洞窟の外に出たところで、私は目を覚ました。起き上がって蓄音機を止めると、美月さんも目を覚ます。美月さんはソファの上で伸びをした。

「私の両親の居場所はわかったの?」

「はい、なすび食堂というところにいらっしゃるみたいです」

 美月さんはすぐにスマホで場所を調べる。

「足立区に一件だけあるみたいね」

「じゃあ、ここからでもすぐ行けますね」

 美月さんは少し迷ってから、「もしよかったら一緒に来てくれない?」と言った。私はもちろんと答えた。生まれ変わる前の美月さんの両親に、私も会いたかった。

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