第37話 きさらぎ駅でつかまえて⑥

 幸い、高さがそれほどでもなかったのと、下が植え込みだったっていうのもあって骨折だけですんだんだけど、ショックだったよ。自分で自分の命を終わらせようとする子じゃなかったから。一体何があったのって思った。

 私は、いとこが入院した病院に駆けつけた。

 病院のベッドの上で、私の顔を見たいとこは弱々しく笑ってこう言ったの。

「あたし、呼ばれたんだけど、行き方を間違えちゃった」って。

 呼ばれたって、誰に? どこに行こうとしてたの?

 私の問いかけに、いとこは「ペイルホース」とだけ答えてくれた。

 ネットで調べてもよくわからなかったんだけど……。

 うそ、ドラッグの名前なの?

 真白ましろちゃん、よく知ってるね。たまたま? ……そう。

 ……でも、そっか。ドラッグなら、いとこがああなったのも納得できる。

 ドラッグの影響で、幻聴を聞いたり、幻覚を見たりしてたのかもね。

 え? 彼氏は関係ないと思うよ。ドラッグを使っているようには見えなかったし。

 悪い仲間との付き合いが続いていて、誘いを断り切れなくて使っちゃったとかじゃないかな。

 にしても、これはおばさんには言えないな……。


 あ、うん。続きだね。

 いとこが入院している間、私は何度もお見舞いに行った。そのたびに、いとこは微笑んで私の話を聞いてくれた。昔の恩返しができたみたいでうれしかったな。

 そのあと、いとこは退院して、しばらくはなにもなかったの。こっちからのメッセージにはきちんと返事してくれたし、向こうからもメッセージを送ってくれた。彼氏とのツーショット付きとかでね。しあわせそうだったよ。

 けど……。

 いとこは、いなくなっちゃったんだ。

 先週、私の携帯に「きさらぎ駅」っていうメッセージを送ってきて、それきり姿を消したの。神隠しにあったみたいに。

 きさらぎ駅については、昔いとこが話してくれたから私も知ってた。でも、メッセージを受け取ったときは、いとこの失踪との関連性がわからなかった。

 おばさんは心当たりを全部探したんだけど、見つからなくて。

 失踪届を出すかどうか迷っているみたい。また家出だったら、恥ずかしいからって。


 ねえ、真白ちゃん。私、考えたんだ。メッセージの意味。

 いとこは、もしかしたら、きさらぎ駅にいるのかもしれない。誰かが……いや、私が探しに来るのを待っているのかもしれない。

 だから、私は――。


 そこまで話すと、つむぎはほうっと息を吐いて残っていたカフェオレを飲み干した。

「――そうですか。そのようなことがあったんですね」

 先週というと、さほど間は空いていない。この一週間、紬はいつも通りに見えたが、内心穏やかではなかったはずだ。すごい精神力だと思う。

「きさらぎ駅はこの辺りに伝わる話じゃないけど、異界駅ってあちこちにあるみたいだから……」

「泉間にも異界駅につながる場所があるかもしれない、と紬ちゃんは考えたわけですね」

 紬はこくりとうなずく。

「方法は?」

「え?」

「どうやって行くつもりですか。行こうとしても、簡単に行ける場所ではないと思いますが」

「……そうだけど、心当たりはあるんだ」

 いとこから、なにかヒントでももらっているのだろうか。

 有名な都市伝説であるエレベーターで異世界に行く方法のように、手順が流布しているのかもしれない。

 真偽はともかくそういった手順は一種の魔術的な儀式であり、素人が手を出したらろくな目に遭わないのは明白だ。

 いとこを心配する紬の気持ちはわかるが、真白は紬が心配だった。

「――なんにせよ、危険です。やめた方がいい」

 ペイルホースとも無関係ではないと思う。まさか、あのドラッグが紬のいとこまで浸食していたとは。

「でも……」 

「異界駅の名前の通り、きさらぎ駅はまさしく異界です。こちらの常識は通用しない、危険極まりない場所なんです」

 異界に足を踏み入れるというのは、怪異のおなかの中に飛び込むようなものだ。当然、危険度は跳ね上がる。

「真白ちゃん、知ってるの? 行ったことがあるとか」

 痛いところを突かれた。まさか自分の正体を明かして説得を試みるわけにはいかない。

「……あ、いえ。行ったことはありませんが、危ないに決まってます」

 苦し紛れで口にした言葉は、自分でもはっきりそれとわかるほどに説得力がなかった。

「だったら、わかんないよね。危険かどうかなんて」

 案の定、紬にはちっとも響かなかった。それどころか、態度を硬化させてしまったかもしれない。

「……紬ちゃんのいとこがきさらぎ駅にいるという保証はないですよ。友達の家を泊まり歩いているのかも」

「それならそれで構わない。取り越し苦労で終わったねで済むから。でも、そうじゃなかったら?」

 真白は、自分の言葉が紬に届かないことを悟った。

 紬は、彼女のいとこがきさらぎ駅にいると決めてかかっているのだ。

 おそらく、真白がなにを言っても紬の決意は翻らないだろう。

「真白ちゃん。私はきさらぎ駅を探すよ」

 ついに、紬は断言した。

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