第38話 きさらぎ駅でつかまえて⑦

 つむぎの決心は、容易には崩せそうにない。

「紬ちゃん……」

 真白ましろには、紬のいとこを助ける義理はない。しかし、だからといって、紬一人をきさらぎ駅に行かせるわけにはいかない。

 きさらぎ駅が実在しているとしても、紬が言う「心当たり」で行けるとは限らないが、万が一にでも迷い込んだりしたら大変だ。

 どうしたらいいだろう。自分は、紬に危険な目に遭って欲しくない。

 だとしたら、自分にできることはなにか。

「――紬ちゃんの意志はよくわかりました。ですが、少し待ってもらえますか」

 おもむろに、真白は口を開いた。

「でも……」

「怪異やオカルトに詳しいひとに心当たりがあるので、話を聞いてみます。絶対安全とは断言できませんが、多少は危険を避けられる探索方法があるかもしれません」

 紬に諦めてもらうのが一番だが、たぶん無理だ。ならば、可能な限り紬の安全に繋がる行動を取るというのが今の自分にできる最善のことだと思う。

「それって、つまり――」

「私も一緒に探します。だから、一人で無茶はしないでください」

「真白ちゃん……ありがとう」

 紬がぱっと顔を輝かせる。

 決意は固くとも、やはり不安はあったのだと思う。紬の顔には、確かな安心の色があった。

「――はい」

 真白も微笑む。

 もしも脅威に遭遇した場合、紬の前で銃を撃てるのか。力を使えるのか。

 覚悟らしい覚悟なんてなかった。行き当たりばったりの思いつきだろうと言われても反論できない。

 それでも――。

 真白は、残っていたカフェオレを飲み干した。

 自分はきっと、間違っていない。


「きさらぎ駅? ええ、実在してるわよ。迷い込んだ人を、許可証持ちが救出した例がいくつかあるからね」

 その日の夜の夕食後、デザートのイチゴを食べながら茉理まつりに話を振ってみると、頼もしい答えが返ってきた。

「ホントですか!?」

 茉理がこの手の嘘をつかないことを知りつつも、真白はつい訊いてしまう。

 実在はしているだろうと思っていたが、救出例もあったとは。

 茉理は気を悪くしたふうもなく、うなずく。

「きさらぎ駅がどうかしたの?」

 きさらぎ駅が本当にあるのならば、紬のいとこが迷い込んだ可能性も一気に高くなった。

「実は――」


「――なるほど。きさらぎ駅に、真白のお友達のいとこがいるかもしれないのね」

 真白の話を聞き終えた茉理は、そう言って顎をさすった。

「友達……」

 自覚はなかったが、紬は友達といってもいいのだろうか。

「違うの?」

「違わない、と言えたらいいなと思います。向こうがどう思っているかわかりませんが」

「紬ちゃんだって、真白を友達だと思ってるわよ。じゃなきゃそんな話をしたりしないわ。信用してるんでしょ」

「……だったら、うれしいです」

「うん。でね、きさらぎ駅なんだけど、泉間せんまにも異界駅の噂があるの。許可証持ちが調査もしてるわ」

「結果は?」

 茉理は首を横に振った。

「魔術や魔導具を駆使しても、泉間の異界駅にはたどり着けなかった。なにかしら、特別な手順や条件があるのかもしれないわ」

「そうですか……」

「今のところ明確な実害は出ていないから放置しているけど、私たちが把握していないだけで、行方不明者の何名かが迷い込んでいてもおかしくはないわね」

 そして、その中には紬のいとこもいるかもしれない。

 行方不明者や失踪者のすべてがニュースで報道されるわけではない。いなくなっても誰も気にしなかったり、あるいは家族が失踪届を出さなかったりする場合もあるだろう。

 だとしたら、その人たちは人知れずひっそりと世界から消えてしまうのと同じではないか。

 想像したら、胸の奥が苦しくなった。

「……協会はもう調査をしていないんですか」

 気持ちを切り替えて、真白は口を開く。

「ええ、そうね」

 早速行き詰まってしまった。安直だが、茉理に訊けばなんとかなると考えていたのだ。

 自分で探してみようか。でも――。

 プロが探しても見つからなかったのだ。探索では素人の自分が探したところで、果たして見つけられるのか。

 だが、それはつまり紬もきさらぎ駅を見つけられないということになる。だったら、ひとまずは安心ではないか。

 ――いや、だめだ。根本的な解決になってない。

 いとこの安否を確認しなければ、紬の心は晴れないままだ。やはり、自分がなんとかしなくては。だけど、どうすれば――。

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