第36話 きさらぎ駅でつかまえて⑤

 思いもしなかった場所だった。きさらぎ駅は有名な都市伝説に出てくる駅だ。

 ある女性が新浜松駅から乗り慣れた私鉄に乗るのだが、いつもは数分間隔で停車する電車が、二十分以上停車しない。

 ぜったいにおかしい。

 女性の不安は増していき、そうして、やっと停車した駅で降りるが、そこはきさらぎ駅という見覚えがない駅だった。

 女性はきさらぎ駅近辺を捜索し、様々な怪異に巻き込まれる。

 細かな違いはあるが、一般に広まっているのは大体そういう内容だ。

「――ええ、知っています。異界駅ですね」

 一拍間を置いてから、真白ましろは言った。

 仕事柄、真白はある程度都市伝説に精通している。都市伝説に出てくる怪異と何度か交戦した経験もある。

 大抵は噂だけだが、まれに本物が混じっており、えてしてそういう怪異はたちが悪い。

 人を殺めた怪異は力を増し、より強大な脅威となる。大体は許可証持ちが対応するが、保安部にお鉢が回ってくるときもある。

 許可証持ちは怪異と和解したり鎮めたりする方法を取ることもあるが、真白たち任務従事者は撃滅するのみだ。必然的に、相手をする怪異は例外なく凶悪である。

「異界駅っていう呼び方を知ってるってことは、真白ちゃん、そういうの詳しいの?」

 意外そうにつむぎが訪ねた。

「有名どころだけですよ。ネットかなにかで目にしただけです」

「そうなんだ」

「それより、まさか、紬ちゃんはきさらぎ駅に行ってみたいと?」

 真白が訊くと、紬はどこか悲しげに笑った。

「あるかどうかもわからない駅に行きたいなんて、おかしいって思われるのはわかってるけど」

「理由は?」

「え?」

「行ってみたいと思う理由です」

「……真白ちゃんは、ばかみたいだって笑ったり引いたりしないんだね」

「だから、紬ちゃんは私に話したんでしょう」

「――」

 紬は何度か目をしばたたいた。

「……そうだね。真白ちゃんの言うとおりだよ。真白ちゃんなら、私の話を聞いてくれるって思ったんだ」

 大人のようなため息をつくと、紬は真白の目を見つめた。

「少し長くなるけど、いい?」

「はい。ドーナツもカフェオレも、まだ残ってますから」

「――うん、ありがと」


 私、今でこそ見ての通り元気なんだけど、小さい頃は体が弱くてしょっちゅう入院と退院を繰り返してたんだ。

 小学校にもなかなか行けなくて、退屈だったな。

 でも、入院中の楽しみが一つあってね、いとこが、よくお見舞いに来てくれたの。家が割と近くだったんだ。

 いとこは私たちと同い年で、女の子。活発で、明るい子だった。不思議な話や怖い話が好きで、よく聞かせてくれた。

 怖い話は苦手だったけど、話し方がうまくてね。引き込まれるの。

 私が一番聞いていて面白かったのは学校の話。

 いとこは、本当に楽しそうに通っていた学校の話をしてくれた。

 友達や先生、給食の話なんかをね。病院食は味気なかったから、給食はうらやましかったな。

 いとこの小学校の給食、おいしかったらしいんだ。テレビの食レポみたいで、聞いてるとおなかが空くんだよ。

 もしいとこがいなかったら、私の入院生活はだいぶ味気ないものになっていたと思う。いとこの存在に、私はどれだけ救われていたか。

 小学校の高学年になる頃には私の体調もよくなって、普通に学校に通えるようになってた。けど、今度はいとこの元気がなくなってきたんだ。

 ううん。病気じゃないよ。家の事情や、あと、学校でもいろいろあったみたい。

 今度は私が力になりたかったんだけど、親の仕事の都合でこっちに引っ越すことになって、なかなか会えなくなったの。

 そして、中学生になって、いとこは荒れだした。

 何度か、おばさんから電話がかかってきたりしたんだ。そっちに行ってないかって。

 いとこはプチ家出を繰り返していたみたい。悪い友達とも付き合ってたんだって。

 気になって何度か連絡してみたんだけど、いとこはいつも大丈夫だよって言ってた。あたしは楽しくやってるって。妙に明るい声だった。

 心配になって、私は一度いとこに会ったんだ。

 時間を作ってもらって、お昼にハンバーガーショップで待ち合わせた。時間通りに来たいとこは、男の人を連れてきたの。

 高校生で、彼氏だって言ってた。

 ううん。ぜんぜん不良っぽくはなかったよ。なんと、泉間二高の生徒だったの。そう、泉間で一番の進学校だね。いかにも勉強ができそうな優等生って感じだった。でもね――。

 目が、なんだか怖かった。底なしの沼をのぞき込んでるみたいな……。もちろん、いとこには言わなかったけど。

 いとこは、特に問題はなさそうだった。ちょっと顔色が悪いかなってくらい。受け答えもしっかりしてたし。

 今思えば、あの時点でもっと真剣に話を聞いておけばよかった。だけど私はそうしなかった。

 上辺だけ見て、安心してた。荒れてた時期もあったけど、落ち着いたんだなって思った。目は怖いけど、彼氏がきっといい人なんだなって。

 私は、なにも見えてなかった。

 そして、そんなのんきな私をあざ笑うみたいに、事件が起きたの。

 

 いとこが、自宅のマンションから飛び降りたんだ。

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