第33話 きさらぎ駅でつかまえて②

姫咲ひめさきさん、ゲーム好き? どんなのが好きなの?あ、それ、私も好きだよ。懐かしい。やりこんだなぁ」


「姫咲さん、足速いね。でも、手加減してない? 本気を出せば、男子より速いんじゃない?」


「姫咲さん、本は読む? 読まないんだ。だったら、今度お勧めの小説持ってくるね。きっと気に入ると思うよ」

 

 などなど、始業式以降、ことあるごとにつむぎは真白に話しかけてきた。

 力について踏み込まれたらすぐさま逃げようと備えていたのだが、二週間経っても紬はその話題を振ってこない。自分の考えすぎで、紬は異能持ちではないのだろうか。

 にしても――。

「はい、これ。お勧めの小説」

 登校してくるなり、紬は真白に文庫本を差し出した。

「本は読まないって、私、言いましたよね」

 真白は棘のある口調で言うが、紬はけろっとした顔で、

「うん、覚えてるよ。でも、だまされたと思って読んでみて。合わなかったら、途中でやめてもいいから」

 これだ。おとなしそうな見た目に反して、紬は押しが強い。こちらが冷たい態度を取っても臆せずぐいぐいくる。だが、決して嫌な気持ちにならないのが不思議だ。

 真白は苦笑すると、「わかりました」と文庫本を受け取って鞄にしまう。

 紬は満足そうにうなずくと、前に向き直って別な生徒と話し始めた。たったの二週間で、紬はもうほとんどのクラスメイトと会話をしたのではないだろうか。

 社交性を持ち合わせていない真白からすれば、驚異的な行動力だ。自分にはとても真似できそうにないと思う。

 小学校で友人だった園実のことを思い出す。昔を懐かしむつもりはないが、あの頃は自分も普通にクラスメイトと会話ができていた。

 今と昔、どちらがいいという話ではないのだと思う。時間は不可逆で、こうなってしまった自分を、父を殺す前の自分に戻すことはできない。

 だけど、これからは?

 真白は鞄に目を向ける。

 新学年だから、というわけでもないけれど、少しはクラスに溶け込む努力をしてもいいのかもしれない。

 できるかどうかは別にして。


 入浴を済ませ、髪を乾かした真白は机に向かうと、鞄から紬が貸してくれた文庫本を取り出した。

 表紙には、剣を持った少女と角が生えた鬼のような怪物が背中合わせになったイラストが描かれている。

 真白唯一の趣味はゲームで、本を読む習慣はない。小説なんて、せいぜい国語の教科書に載っているのを読んだくらいだ。みなとが時々持ってきてくれる本も、悪いとは思いつつもほとんど読まずに返している。

 だから、紬が持ってきてくれた小説も、最初の数ページで挫折するかもしれないと思いながら読み始めた。


 物語の舞台は、和風と洋風が入り混じったような架空の国の街だ。

 主人公は災害で家族を失った少女で、親戚に引き取られるが、その家には少女の居場所がない。することもなく、街外れで時間を潰していた少女は、ある日出会った見知らぬ青年に誘われてついていく。

 実は、青年は人間ではなかった。その地域を根城にする、人に化けた怪物だったのだ。

 怪物は少女を油断させて食べてしまおうと考えていたが、天真爛漫な少女に振り回されてなかなかうまくいかない。やがて、一緒に暮らすうちに情が移ってしまう。

 一方の少女は早々に怪物の正体を察するが、逃げ出そうともせずにゆったりとくつろぐ。怪物といる時の少女は、親戚はもちろん、父や母と暮らしていた頃よりも、ずっと自分らしく生きることができていたのだ。このまま穏やかでしあわせな生活が続けばいいと少女は望むが、世間はそれを許さなかった。

 討伐隊が派遣され、怪物は討たれてしまう。

 強大な力を持つ怪物だったが、最期まで少女のために正体を明かさず人間の姿のままで戦ったのだ。少女はとっくに怪物が人間ではないと気づいていたというのに。

 残された少女は隊長に保護され、養女となる。少女が、弟子にしてくださいと頼みこんだのだ。

 時が経ち、隊長の技をすべて己のものにした少女は、怪物を殺した討伐隊の隊員を一人一人暗殺していく。少女の狙いは、怪物の敵を討つことだった。家族同様に接してくれた隊員たちも、少女にとっては復讐の対象だったのだ。

 最後に残った、己の師であり育ての親でもある隊長を討ち取った少女は、首を怪物の家があった場所に捧げ、復讐を完遂する――。

 

 一気に物語に引き込まれた。夢中だった。

 前半の怪物と少女の心温まる生活の描写から一転、後半は凄惨な復讐の場面が続いて気が滅入ったが、ページを繰る手を止めることができなかった。

 そうして、読み終わった真白はほうと息を吐く。

 気づけば、夜が明けていた。一冊の小説を読み切ったのは初めてだし、読書で徹夜したのも初めてだった。

 行き場のない感情が胸の内で渦を巻いている。この感情をどう制御すればいいか、真白にはわからなかった。

 ふらふらと熱に浮かされたような足取りで台所に行くと、茉理まつりが料理をしていた。真白は無言で茉理の腰に手を回し、ぎゅっと抱きついた。茉理の体温を感じる。

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