第三章 きさらぎ駅でつかまえて

第32話 きさらぎ駅でつかまえて①

 四月に入り、真白ましろは中学二年生になった。

 始業式が終わり、二階、2-3の教室に戻ってきた真白は自分の席に座る。廊下側の席だった。

 窓際から出席番号順なので、姫咲ひめさきだと大抵廊下側だ。隅っこが好きなので落ち着きはするのだが、たまには窓際スタートでもいいのになと思う。窓際から見る景色は、割と好きだ。

 仲の良い友達と一緒のクラスになって喜ぶ生徒、一人で不安そうにしている生徒、一応は禁止されている携帯端末をいじっている生徒――。

 教室は、新しい学年になりたて特有の空気に包まれている。

 それにしても――。

 真白は身じろぎしてお尻の位置を調整した。

 一年のときと同じ椅子に座っているはずなのに、微妙に座り心地が違うように感じるのはなぜなのだろう。小学校の頃から、学年が上がるたびに不思議に思う。

 開け放たれた窓から、春のやさしい風が吹き込んできてカーテンを揺らす。差し込む日差しで教室は適度に温かく、自然とまぶたが重くなってきた。

 最近、任務が続き、あまり眠れていない。前ほど寝つきは悪くなくなったが、それでもやはり人やあやかしを殺めたあとはよく眠れない。

 魔術で調合された薬を使う任務従事者がいるのもうなずける。自分はまだ大丈夫だが、そのうち使いたいと思う日が来るのだろうか。それとも、完全に慣れるのが先か。

 担任が来るまでの間、机に突っ伏したい誘惑にかられたが、寝ていたら間違いなく注意される。新学年初日から悪目立ちするのは避けたい。

「あの……、姫咲さん、だよね」

 真白が気合で眠気に耐えていると、前の席の女子生徒が振り向いて話しかけてきた。小動物を思わせる、かわいらしい子だった。

「――そうですけど。どこかでお会いしましたか」

 見覚えのない顏だ。クラスメイトの名前は黒板に貼り出されている座席表を見ればわかるが、すでにこちらを知っているような言い方が気になった。

 真白は黒板に目を向けて座席表を確認する。晴山はれやまつむぎ。少なくとも、一年生のときのクラスメイトではない。

 真白の警戒を感じ取ったのか、紬は慌てたように手を振る。

「いや、会う、というか、話すのは初めてだよ。あ、私、晴山紬。姫咲さんを何回か学校で見かけて、それで――」

「それで?」

「その、気になってたんだ。あ、変な意味じゃなくてね」

 では、どういう意味なのだろう。

 紬は辺りをはばかるように声を落とした。

「姫咲さん、独特な雰囲気を持っているから。なんていうか、特別な感じの」

 ――この人。

 机の下で、真白は制服のスカートの裾をつかんだ。眠気はいつしか消えていた。

 以前の真白のように、普通に生活している人々の中にも異能持ちは存在する。

 なにか事件を起こせば協会の知るところになり、保安部が動くこともある。

 だが、己の力に無自覚、または無害で、協会に存在すら把握されていない異能者も少なくない。その中に他者の異能を感知できる者がいないとは断言できず、もしかしたら、紬はそういった人間なのかもしれない。

 可能性は高くないとは思うが、危険であることに変わりはない。近づかない方がいい。念動力者であることが「一般人」にばれたら、色々面倒だ。

「私の顔つきと肌の色が珍しいですか?」

 威嚇の意味も込めて、真白は意識して唇の端を釣り上げた。こうすれば、物珍しさで話しかけてくるような相手は大抵怯み、退散するのを経験で知っている。

「違うよ。見た目じゃない。姫咲さんは外見も整ってるけどね。エキゾチックな魅力って言うのかな」

 紬はおっとりと笑った。あっさりといなされたみたいで、なんだか調子が狂う。

「それは……どうも」

「特別っていうのは、内面の話」

 真白は再び身構える。

 やはり、紬は異能を感じ取れるのか。それとも自分の考えすぎか。まだ判断はできない。

「内面? 学校の成績はあまりよくありませんが」

 真白は慎重に言葉を選んで言う。

 どう受け取ったのか、紬はただ黙って微笑んだ。意味深な笑みに見える。もう少し取り繕っておくべきかと悩んでいたら、担任が入ってきて、紬は前に向き直ってしまった。

 まあいいかと真白は思い直す。いくら紬が探ろうと関係ない。こちらがボロを出さなければ、それで済む話なのだから。

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