第31話 適切な距離⑱

 めちゃくちゃに壊れたイスにテーブル、ひっくり返ったソファ、部屋はひどい有様だ。まるで乱暴なポルターガイストが発生したあとみたいだった。

真白ましろ、お疲れさま」

 真白の元にやってきた澄人すみとが微笑む。澄人の穏やかな笑みを見ていると、戦闘でささくれだった気持ちが落ち着く。

「澄人も、お疲れさまです」

「ぼくは大して役に立ってないよ。二人に任せっぱなしだったし」

「そんなことないです。澄人がいなければ、勝てませんでした」

 紛れもない事実だ。澄人の補助がなければ、おそらく自分たちは逃げるしかなかった。

「そう言ってくれて、ありがとう」

 澄人はちらりと六花りっかの様子を探り、声を落とした。

「相手が人間じゃないとはいえ、力を使うのはしんどかったでしょ。平気?」

 こちらをいたわるような声に、胸がじんわりと温かくなる。

「はい。私は大丈夫ですよ」

 真白が人間相手だと念動力を使用できないというのは、保安部では周知の事実だ。支倉はせくらに力の指導を見限られた理由でもある。

 何度試そうとしても、相手がどんな悪人でも、うまく使えたためしがない。

 父を殺めた、あの日から――。

 人間相手に力を使おうとするたびに父の顔が脳裏をよぎり、集中力が散ってしまう。それは、人の姿をしたあやかしを相手にした時も同じだった。

 だから、特殊な力と事情を持つ人間を集めた任務従事者の中では、己の力を満足に使いこなせない真白は落ちこぼれだ。

 周囲は、真白はすぐに脱落するだろうと考えていたと思う。

 しかし、真白は生き残っている。銃やナイフを駆使し、確実に相手を仕留めてきた。必死だった。人間離れした力を持つ魔術犯罪者やあやかしたちに念動力で有利を取れない分、他の技量で補うしかなかったのだ。

「なら、いいんだけど」

「二人とも、平気?」

 通話を終えた六花が歩いてくる。

「六花はどこまで知ってたの?」

 澄人が問うと、六花は軽く肩をすくめた。

「魔術師との戦闘は想定してたけど、汚れたものを用心棒にしてるなんて、思ってなかったよ」

「その割には、準備をしっかりしてたみたいだけど。M500やスコーピオンは六花の私物だよね」

 射撃場の武器は、望めば買い取ることもできる。真白も気に入ったデザートイーグルやグロック17を護身用に購入していた。いずれも、決して安くはない。

「なにがあるかわからないから」

「……そっか」

 澄人の疑問は、真白にも想像できる。ドラッグの売人に「話を聞きに行く」だけにしては、六花の火力は明らかに過剰だったからだ。魔術師との戦闘を想定していたとしても、自腹で退魔弾まで持ち出すのは不自然だと思う。並の相手ならば、六花の異能を使うだけで事足りるのだから。

 ドラッグが嫌いだと言っていた六花の顔が脳裏をよぎる。あの時、六花の顔に差していた影がなにか関係しているのだろうか。

 六花は、顔も知らない誰かがドラッグに蝕まれるのを避けるために行動したのだと思っていた。

 もちろん、理由の一部ではあるのだろう。けれども、なにかもっと、六花を突き動かす理由がある気がする。

「今日は、付き合ってくれてありがと」

 二人の疑念を察したのかどうかはわからないが、六花は自然な笑みを浮かべて言った。

「構いませんよ。今度、買い物に付き合ってもらいますから」

 真白も笑みを返す。

 六花が本心を明かしてくれなくても構わない。真白だって、六花と澄人にすべてを話してはいないのだ。

 みんな、それぞれの事情があって、適切な距離を測っているのだと思う。どこまで踏み込むか。どこまで踏み込ませるか。

 ――信頼。真白にとっての茉理は、正しく信頼に足る存在だ。

 自分もいつか、六花に信頼されるような存在になれるのだろうか。

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