第11話 スプーンを曲げた日➆

 真白ましろがカウンセリングを受けてから、一週間が過ぎた。

 真白のクラスはほぼ落ち着きを取り戻し、欠席者もゼロになった。

 園実そのみから聞いたのだが、茉理まつりは怖くて学校に行けなくなった子の家に直接行って話を聞いたらしい。園実のお母さんは茉理を見てぽうっとしていたそうだ。

 みんながまた登校できるようになったのは、きっと茉理のおかげだと思う。真白も、そんなに長く話したわけではないのに、心がすごく楽になった。

 茉理から貰った紙は机の引き出しに大切にしまってある。いつか父とも普通に話せるようになったら、お礼の電話をしたいと思っている。


「真白ちゃん、ポルターガイストって知ってる?」

 休み時間、園実が話しかけてきた。真白は首を横に振る。

「ううん、知らない」

 テレビで目にしたような気もするが、詳しくは記憶になかった。

「ものが勝手に動いたり、大きな音がしたりする『怪異』だよ。この教室で起きたのって、まさにポルターガイストだと思わない?」

 怪異。真白には耳慣れない言葉だが、要するに怖いことだろうか。

「幽霊の仕業なの?」

 真白が訊くと、園実は待ってましたとばかりに身を乗り出す。

「ポルターガイストって『騒がしい霊』っていう意味なの。心霊現象だから、幽霊の仕業って言われてるみたい。だけど、幽霊だけじゃなくて、人間が超能力で起こすこともあるんだって」

「人間が? それ、花見川はなみがわさんが教えてくれたの?」

 超能力――話がどこに転がっていくかわからない不安を押し隠し、真白は口を開いた。

「違うよ。幽霊騒ぎで気になって、ちょっと前から自分で調べてたの。でね、花見川さんがうちにカウンセリングに来た時に訊いてみたんだ。あれはポルターガイストだったんですかって」

 園実が以前からポルターガイストについて調べていたなんて、全然気がつかなかった。不思議な出来事や怖いことがあったら、原因を調べてみたいと思うタイプなのかもしれない。真白とは逆だ。真白は、怖いものにはできるだけ近づきたくない。

「花見川さんは、なんて?」

 人間の仕業だと断定されていたらどうしようと思う。

「専門外だからわからないって言われちゃった」

「そうなんだ」

 ほっとした。ひとまず大丈夫そうだ。

「真白ちゃんはどう思う? この教室の誰かが、ポルターガイストを起こしたのかな」

 どうやら話はまだ終わっていないらしい。園実は際どい質問をしてきた。もしかして、園実は真白を疑っているのだろうか。

「起こすとしたら、誰だろうね」

 真白はできるだけ自然に聞こえるように意識して言う。

「そう言われると難しいね。なんか神秘的って言うの? このクラスなら――」

 園実はまじまじと真白を見つめる。

「どうしたの?」

「前から思ってたけど、真白ちゃんって特別だよね」

「なんで。わたしは普通だよ」

「ううん。真白ちゃんは特別だよ。クォーターだし、かわいいし」

「……そんなことないよ」

 肌の色を除き、真白はあまり自分の容姿を気にしたことはない。

 母と一緒にいる時、見知らぬ人に母娘そろって器量よしだねと言われたことがあるが、あれだって母がきれいだからだ。自分はおまけみたいなものだと思う。自分が本当にかわいいのなら、父の態度が冷たくなったりはしないはずだ。

「真白ちゃんもだけど、神様に選ばれた人って、いると思うな。神様のお気に入りだから、すごくかわいかったり、頭がよかったり、特別な力を持っていたりするの」

 園実の言い分には納得できる部分もある。しかし――。

「なんのために?」

「え?」

「神様は、なんのために自分のお気に入りに特別な力を与えるの?」

 真白は純粋に不思議に思った。

 園実は少し考え込んで、

「んー。普通の人間と同じじゃつまらないから、とか? 自分のお気に入りにはひいきしたくなるのかもね。ほら、あたしたちも、買ってもらったぬいぐるみや人形に順位をつけるでしょ。お気に入りは目立つ場所に置きたいよね」と言った。

 園実の言いたいことは理解できる。真白にも覚えがあるからだ。

 だとしても、なぜ自分なのか。なぜこの力なのか。

 自分は、力を望んでなどいなかった。

 自分はただ――。

 スプーンを曲げたいと思った。両親を驚かせたかった。それだけなのに。

 全部幽霊の仕業だったらよかったのにと思う。

 だけど、違う。

 スプーンを曲げたのも、机を動かしたのも、すべて真白がやったことだ。自分の力で、つまりは自分の責任なのだ。顔も知らない神様や他の誰かのせいにはできない。

「――もしかして、園実ちゃんはわたしがやったって思ってる?」

 いっそぜんぶ園実に言ってしまおうか。そうしたら、少しは楽になれるかもしれない。

 それは、ひどく魅力的な考えだった。

 園実は首をかしげる。

「わかんない。でも、そうだったらうらやましいとは思うな」

「うらやましい?」

「うん。テレビに出たら、有名人になれるよね」

 真白は、自分がスプーンを曲げるきっかけになったテレビ番組を思い出した。あの番組に出ていた外国の女の人を自分に置き換えてみる。

 ぞっとした。自分がスプーンを曲げたり、手を触れずにものを動かしているところを皆に見られる? ありえない。

 テレビに出ていた外国の女の人がどうなったのかは知らない。

 偽物だったのか、それとも本物だったのか。調べればわかるのかもしれないが、彼女のその後を知りたいとは思えない。

 本物だったとしたら、せめて、彼女がバケモノ扱いされていないことを願うばかりだ。

「――どうなの? 本当に、真白ちゃんなの?」

 園実が尋ねる。むき出しの好奇心が、世間の目そのものみたいで怖かった。

 真白は一呼吸置き、

「違うよ」と言った。

 不自然には聞こえなかったと思う。永遠にも思えるような数秒が過ぎた後、

「そっか。超能力者なんて、そうそういないよね」

 園実は、どこかがっかりしたように笑った。

 ごめんなさい、と真白は心の中で園実に謝る。

 本当のことを言えなくて、ごめんなさい。

 本物の超能力者で、ごめんなさい。

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