第11話 スプーンを曲げた日➆
真白のクラスはほぼ落ち着きを取り戻し、欠席者もゼロになった。
みんながまた登校できるようになったのは、きっと茉理のおかげだと思う。真白も、そんなに長く話したわけではないのに、心がすごく楽になった。
茉理から貰った紙は机の引き出しに大切にしまってある。いつか父とも普通に話せるようになったら、お礼の電話をしたいと思っている。
「真白ちゃん、ポルターガイストって知ってる?」
休み時間、園実が話しかけてきた。真白は首を横に振る。
「ううん、知らない」
テレビで目にしたような気もするが、詳しくは記憶になかった。
「ものが勝手に動いたり、大きな音がしたりする『怪異』だよ。この教室で起きたのって、まさにポルターガイストだと思わない?」
怪異。真白には耳慣れない言葉だが、要するに怖いことだろうか。
「幽霊の仕業なの?」
真白が訊くと、園実は待ってましたとばかりに身を乗り出す。
「ポルターガイストって『騒がしい霊』っていう意味なの。心霊現象だから、幽霊の仕業って言われてるみたい。だけど、幽霊だけじゃなくて、人間が超能力で起こすこともあるんだって」
「人間が? それ、
超能力――話がどこに転がっていくかわからない不安を押し隠し、真白は口を開いた。
「違うよ。幽霊騒ぎで気になって、ちょっと前から自分で調べてたの。でね、花見川さんがうちにカウンセリングに来た時に訊いてみたんだ。あれはポルターガイストだったんですかって」
園実が以前からポルターガイストについて調べていたなんて、全然気がつかなかった。不思議な出来事や怖いことがあったら、原因を調べてみたいと思うタイプなのかもしれない。真白とは逆だ。真白は、怖いものにはできるだけ近づきたくない。
「花見川さんは、なんて?」
人間の仕業だと断定されていたらどうしようと思う。
「専門外だからわからないって言われちゃった」
「そうなんだ」
ほっとした。ひとまず大丈夫そうだ。
「真白ちゃんはどう思う? この教室の誰かが、ポルターガイストを起こしたのかな」
どうやら話はまだ終わっていないらしい。園実は際どい質問をしてきた。もしかして、園実は真白を疑っているのだろうか。
「起こすとしたら、誰だろうね」
真白はできるだけ自然に聞こえるように意識して言う。
「そう言われると難しいね。なんか神秘的って言うの? このクラスなら――」
園実はまじまじと真白を見つめる。
「どうしたの?」
「前から思ってたけど、真白ちゃんって特別だよね」
「なんで。わたしは普通だよ」
「ううん。真白ちゃんは特別だよ。クォーターだし、かわいいし」
「……そんなことないよ」
肌の色を除き、真白はあまり自分の容姿を気にしたことはない。
母と一緒にいる時、見知らぬ人に母娘そろって器量よしだねと言われたことがあるが、あれだって母がきれいだからだ。自分はおまけみたいなものだと思う。自分が本当にかわいいのなら、父の態度が冷たくなったりはしないはずだ。
「真白ちゃんもだけど、神様に選ばれた人って、いると思うな。神様のお気に入りだから、すごくかわいかったり、頭がよかったり、特別な力を持っていたりするの」
園実の言い分には納得できる部分もある。しかし――。
「なんのために?」
「え?」
「神様は、なんのために自分のお気に入りに特別な力を与えるの?」
真白は純粋に不思議に思った。
園実は少し考え込んで、
「んー。普通の人間と同じじゃつまらないから、とか? 自分のお気に入りにはひいきしたくなるのかもね。ほら、あたしたちも、買ってもらったぬいぐるみや人形に順位をつけるでしょ。お気に入りは目立つ場所に置きたいよね」と言った。
園実の言いたいことは理解できる。真白にも覚えがあるからだ。
だとしても、なぜ自分なのか。なぜこの力なのか。
自分は、力を望んでなどいなかった。
自分はただ――。
スプーンを曲げたいと思った。両親を驚かせたかった。それだけなのに。
全部幽霊の仕業だったらよかったのにと思う。
だけど、違う。
スプーンを曲げたのも、机を動かしたのも、すべて真白がやったことだ。自分の力で、つまりは自分の責任なのだ。顔も知らない神様や他の誰かのせいにはできない。
「――もしかして、園実ちゃんはわたしがやったって思ってる?」
いっそぜんぶ園実に言ってしまおうか。そうしたら、少しは楽になれるかもしれない。
それは、ひどく魅力的な考えだった。
園実は首をかしげる。
「わかんない。でも、そうだったらうらやましいとは思うな」
「うらやましい?」
「うん。テレビに出たら、有名人になれるよね」
真白は、自分がスプーンを曲げるきっかけになったテレビ番組を思い出した。あの番組に出ていた外国の女の人を自分に置き換えてみる。
ぞっとした。自分がスプーンを曲げたり、手を触れずにものを動かしているところを皆に見られる? ありえない。
テレビに出ていた外国の女の人がどうなったのかは知らない。
偽物だったのか、それとも本物だったのか。調べればわかるのかもしれないが、彼女のその後を知りたいとは思えない。
本物だったとしたら、せめて、彼女がバケモノ扱いされていないことを願うばかりだ。
「――どうなの? 本当に、真白ちゃんなの?」
園実が尋ねる。むき出しの好奇心が、世間の目そのものみたいで怖かった。
真白は一呼吸置き、
「違うよ」と言った。
不自然には聞こえなかったと思う。永遠にも思えるような数秒が過ぎた後、
「そっか。超能力者なんて、そうそういないよね」
園実は、どこかがっかりしたように笑った。
ごめんなさい、と真白は心の中で園実に謝る。
本当のことを言えなくて、ごめんなさい。
本物の超能力者で、ごめんなさい。
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