第2話 春になったら②

 少女は異国の血が混じっているのか、どことなく日本人離れした顔立ちで、黒い髪は肩口で切りそろえられている。見たところ、身長は150㎝あるかないか。服装はジャケットにジーンズ。

 中学生か、もしくはランドセルを背負っているような年齢だとしても違和感はない。

 いずれにせよ、こんな夜更けに街を歩いていたら補導されるのは間違いない。

 そんな少女が、特殊部隊が使うような銃を手にしている。

 最初に目にした時は信じられなかったが、やはり間違いなかった。彼女が仲間たちを殺したのだ。しかも、微塵のためらいもなく。

「これが保安部のやり方かよ」

 子どもを暗殺者に仕立て上げるなど、悪趣味が過ぎる。

 もっとも、自分が偉そうに言えることではないが。

 少女はP90の銃口をゴーレムに向けた。数発撃ち込むが、ゴーレムはびくともしない。

 最初からそれで倒せるとは期待していなかったのか、少女はあっさりP90から手を離した。

 代わりに懐から大型の自動拳銃を取り出す。

 両手で構え、ゴーレムの頭部に照準する。

 倉庫内に轟音が響き渡り、ゴーレムの頭部がかしいだ。拳銃にしてはとんでもない威力だ。

 少女の小さな手に窮屈そうに収まっている自動拳銃の正体に気づいた男は目をみはった。

 デザートイーグル。

 ライフル弾に匹敵する威力を持つ弾薬を使用する自動拳銃である。子どもに与える玩具にしてはあまりにも物騒だ。

 P90といい、現代日本で容易く手に入る銃器ではない。協会、いや、保安部には独自のルートがあるのだろう。

 もっとも、独自のルートがあるのはこちらも同じだ。

 男は懐から虎の子を取り出した。

 コルトパイソン。マグナム弾を使用する回転式拳銃だ。

 仲間には魔術師が銃に頼るのかと笑われていたが、場合によっては魔術よりも使い勝手がいいのだ。

 頭部を撃たれてもびくともせず、ゴーレムがのそりと歩みを進める。

 少女が再び発砲した。頭部がわずかに欠けるが、ゴーレムは歩みを止めない。魔術による強化処理を施された特注品だ。生半可な銃器や魔術では膝をつかせることはできない。

 だが――。

 ゆっくりと歩み寄ったゴーレムが腕を振りかぶり、少女目がけて振り下ろす。

 黙っていたら肉片になるというのに、少女はその場を動かなかった。自身に迫るゴーレムの腕をひたと見据える。

 それだけで、ゴーレムの腕がねじれて折れた。ごとりと、倉庫の床に落ちた腕が重々しい音を立てる。

 扉が吹き飛んだ時点で予想はしていたが、当たってしまった。

 あのゴーレムでは、少女に勝てない。

 おそらく少女が使ったのは物体に手を触れずに干渉できる力――念動力だろう。しかも超がつくほど強力なものだ。下手な魔術や銃器よりもよほど恐ろしい。

 ゴーレムが残った腕を振りかぶる。

 欠損しても文句も言わず働いてくれる、いい人形だ。

 できれば健気なゴーレムに片付けてもらいたかったが、保険はかけてある。

 ゴーレムが腕を振り下ろすと同時に、男は物陰から少女に向けて発砲しようとした。

 だが、できなかった。

 引き金を引こうとした瞬間、男の手の中にあったコルトパイソンが銃声と共に弾き飛ばされた。

 片手でデザートイーグルを保持した少女がこちらを見ていた。ゴーレムの腕は少女の目前で、目に見えない壁に阻まれているかのように止まっている。

 ――あれを片手撃ちするのか。

 しかも恐ろしく正確な射撃だ。もはや笑うしかなかった。

 視線と銃口は男に据えたまま、ゴーレムに向けて、少女が空いている方の手を振る。

 乱暴な子どもが人形を壊すように、ゴーレムの腕がねじ切られた。強化処理など、少女の力の前ではあってないようなものだった。

 続いて両足が破壊され、ゴーレムはついに倒れ伏した。倉庫が揺れる。

 体内に埋め込まれた、真理を意味する『emeth』の文字を刻んだ核は無事だろうが、あれではもう動けまい。

 一方で少女は息一つ乱していない。少女のなりをしてはいるが、とんでもないバケモノだ。狩人はこんなやつばかりなのか。

 男は両手を挙げた。

 少女はすぐには自分を殺さないだろうという確信があった。殺そうと思えば、先ほどの射撃で殺せたからだ。頭や胸を撃つより、手にした銃を弾き飛ばす方がずっと難しい。

 男の足元をネズミが駆け抜けていく。さっきのネズミだろうか。ネズミは少女のすぐそばでぴたりと止まった。不自然な動きだが、気にしている余裕はなかった。

 月光の中、黒々とした瞳で男を見つめ、少女は口を開いた。

「訊きたいことがあります」

 案の定だった。男は唇を歪めた。

 両手両足を念動力で折られるのではと思ったが、少女はその素振りは見せない。いつでも殺せるから必要ないと判断しているのか、それとも他の理由があるのか。

 いずれにせよ、好都合だ。

 口の中で小さく一言唱えてから、男はおどけるように言う。

「俺に答えられることなら、なんでも答えるよ」

「あなたの仲間は何人ですか?」

 無機質な声だった。無表情も相まって、少女がよくできた彫像に見えてくる。

「ゼロだ。お嬢ちゃんがみんな殺したからな。かわいい顔して、恐ろしいガキだよ。さすがはワイルドハントの狩人。お嬢ちゃん、今まで何人殺したか覚えているのかい」

 男の皮肉にも、少女は眉一つ動かさない。

「あのゴーレムは?」

「商品だ。お嬢ちゃんが台無しにしちまったが。依頼主は悲しむだろうな」

「どこに売るつもりだったのですか?」

「言えない。どうせこの後尋問するんだろ?」

 法の埒外にある取り調べは苛烈を極めるに違いない。よくて廃人、悪くて途中でくたばるようなやつだ。

 男はどちらも選ぶつもりはなかった。そろそろ時間だ。

「それよりお嬢ちゃん、後ろのを放っておいていいのか?」

 男の言葉に、少女がわずかに眉をひそめる。

 その瞬間だった。

 倒れ伏していたゴーレムの身体が、爆発四散した。

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