第8話 三番地区・青い屋根の塔(2)

 悪の組織のアジトのような風貌をしながらも、自動通路や隠しエスカレーターのような便利な代物はない。非常階段の一段一段を、地下に響き渡る軽い足音と共に降りる。

 何階分下りたのかは分からない。正確には次のフロアまでを一階と数えるのだから、一階も下りてはいないのだが。


 踊り場を五回、六回と通過したころ、細道の向こうにようやく重厚な鉄扉を見つけた。特に飾り気はないが、鉄製の握り玉式のドアノブにところどころ塗装が剥げた白い扉。怪しくその上を照らす非常灯は、ほとんど照明としての役割を果たしていない。ただ、お誂え向きと言えばお誂え向きだった。


 触れると、冷たい。質量的ではない、感覚的な重さが反作用で押し寄せる。それに逆らうように、ドアを押し込んだ。


「まったく、何の用じゃ。最近の若人はノックもせんのかい」


 しかし、ドアを開けきるよりも先に、向こう側の誰かがドアを引いた。一瞬驚きながらも、俺は目の前に現れた人物と対峙する。

 身長は俺よりも頭一つ分小さい爺さん。皮膚は至る所に皺が寄り、樫の木の表皮の様になっている。特に顔は眉間と口元が硬化しているようで、気難しさと若者との相容れなさをありありと表現している。禿散らかった白髪の上にサイズの合っていないニット帽を乗せ、ボロいセーターとジャージのズボンに身を包んでいる。

 正直言って、汚らしい爺さんだ。人はこの爺さんをいわ爺さんと呼んでいる。本名も不詳なので、何が由来で「いわ」なのか知らんが、俺は特に敬愛の意を込めて裏で「クソジジイ」と呼んでいた。だから、俺の中でクソジジイと言う単語は全てこの爺さんの顔に変換される。名誉なことだ。


「爺さん、居たのか。てっきり外に出ているかと思った」

「儂とて、こんな薄暗い階段をこんなに下って空気の部屋に閉じこもるなんて御免じゃ。老人を何だと思っている。それなのに最近の若人ときたら……」

「おい老が……いや、爺さん、その話は後にしてくれ。愚痴なら堅勢が聞いてくれる」


 老害の言葉が出そうになる。しかしこんな薄ら寒い入り口で立ち往生する気はない。俺は斗樋に用がある。いや、斗樋が俺に用があるのか? まあいい。

 一応断っておくが、勿論こんなクソジジイが斗樋なんぞではない。憎らしいが、斗樋はもっといい男だ。このクソジジイは斗樋の協力者で、きっと先の用件で一応ここに呼び出されたのだろう。事が済んだら、とっととこんなクソジジイは外にほっぽり出してやりたい。

 俺はぶつくさと煩いクソジジイの横を通り、室内に入った。

 その室内では、どこぞのMVで見たような無数のブラウン管モニターと積みあがった厚物の本の山。

 そして、部屋の真ん中のひと際大きいモニターに向かって椅子に座る細身の男と、隅にふさぎ込んだ丸い物体。加えて、見ず知らずの少女が一人、こちらを睨んで佇んでいる。

 その眼には、モニターのブルーライトで陰に満ちた部屋の中でも強く光る、強意を見た。

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