第5話 贋作街・屋根の上(1)

「お前のところにも届いたのか? その手紙」

「ああ、まあな。と言うより、他の議員のところにも送られているはずだ。明け方から斗樋とどいが躍起になってカラスをやっていた」

「じゃあ誰の仕業だ? 俺やお前ならともかく、他の議員が襲われることはないだろう?」

「お前と一緒にするんじゃねえ」


 どうやら、襲撃を受けているのは俺や堅勢けんせいだけじゃないらしい。他の議員たちもその標的になっているのか。

 ちなみに議員と言うのは、ここ贋作街を牛耳っている人間で、特別偉いわけではないが、それなりに力を持っている奴らのことである。現実世界の……表側の世界のそれとは似て非なるものなのだ。

 俺や堅勢、それから話に出てきた斗樋と、合わせて十一人いて、それに加えて「神の左手」が一人いる。

 正直、誰がどんな役職を担っていたのかまでは一々覚えていないが、それを思い出す時間は今はない。


「ちょっとお前たち! 屋根の上で暴れるんじゃないよ!」


 数件の屋根を跳ぶと、突如として俺たちを叱責する声が聞こえた。後ろを見ると、屋根下の部屋の窓から一人の中年女性がいた。行きつけのラーメン屋の高木さんだ。


「ごめん高木さん! 多分もっと煩くなる!」

「なんだって⁉」

 

 高木さんは、俺の声が聞こえなくて聞き返したのか。それとも「煩くなる」の一言に驚いてその言葉を発したのか。どっちか分からない。

 でもとにかく、追手のせいでもっと煩くなることは必至だ。

 ごめん、高木さん。


 ……何故俺が謝らにゃならんのだ。


 瓦屋根の上を疾走し、端から堅勢と共に跳び立って隣のレンガ造りの建物の窓枠に着地する。一瞬早く堅勢が垂直に跳躍し、直後に跳んだ俺を上から引っ張り上げた。そして今度は障害物の多いビルの屋上を駆け抜ける。

 堅勢は警戒議員。贋作街の警備と治安を統括し、更には表側と贋作街との境界の検査、哨戒を担っている。その現場至上の業務性質上、体力や身体機能には俺と比べて一日の長があった。

 それもあって俺が少し疲れ始めているのに対し、堅勢は顔色一つ変わらない。息も上がっていない。


「お前や他の議員を襲っている人間は、そのほとんどが贋作街の人間だった」

「だろうな。あれだけの人数が表からの人間なら、お前を職務怠慢で訴えるところだ」


 俺は、いつも通りの軽口のつもりで言った。しかし、堅勢は返答に窮しているようで、予想外にも言葉は続かない。

 数秒の間、俺たちは無言で走る。後ろからの追手の喧騒が、いやに煩く聞こえた。

 

 …………追手?

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