第3話 贋作街・アパート六階(3)

 後ろでドアを叩きつける音。金属音と打撃音が嫌な具合に重なって部屋に響いた。いつもギターの音が煩い隣の部屋は酷く静かだ。外の惨状に恐れを為して情けなく引きこもっているのか、それともドア向こうの群衆の一人として紛れ込んでいるのか。

 等間隔で繰り返すように、バキン、ガシャンと音という共に部屋全体が振動する。壁が今にも泣きだしそうだ。まるで地震でも起きているかのよう。築五十年を超える建物にとっては殺戮行為以外の何物でもない。

 そして、財布は未だに見つからない。床には落ちていないし、包まっていたブルーシートを翻しても舞い上がるのは埃だけ。財布らしきものは見つからない。ゲホゴホと咳をしながらも、冷静さは保つ。いまこの状況で冷静を保てるのも、きっとまだ少し寝惚けているから。


 どこかで皿の割れる音。きっと、玄関近くの台所だ。バットの振動で落ちたに違いない。ここに住み始めたのはいつだっただろうか。二年前だった気もするし、五年は経っていた気もする。ただ、俺は高校卒業と共にこの贋作街にやってきたので、二年前が正解だった。この建物の年季からどうも馴染みが深いと錯覚してしまう。

 いや、馴染みや愛着があることはいいことだ。俺自身、ここは汚いが気に入っていないわけではない。だからなるべく引っ越しはしたくないのだけれど……まあそれも致し方無しな場合もある。


 喧噪と破砕音に満ち満ちた玄関に目をやると、眼前の光景の中で、ついにドアが歪み始めた。スマホのタイマーを見る。残り三十秒。

 ちなみに、このタイマーは外の輩どもが部屋に飛び込んでくるまでの予想時間だ。大体こんなもんだろう、と適当に概算したものだが、この様子を見るに大きく外れてはいないようだ。今までに部屋を強襲されたことはないけど、知り合いが何人かそういう目に遭っているので、なんとなくこの程度だろう、と。後は俺の分析脳をもってすればざっとこんなもん。いい具合だ。

 ……というか、俺はそもそも何でこんな目に遭っているんだろう。人から恨みを買った覚えはないし、借金すら覚えがない。大学での人間関係も比較的良好で(というより、数えるほどしか友人はいない)バイト先でも多分気に入られている……多分。

 一体そんな模範的人間である俺が、何をもってこんな大勢に襲われているのか。まったく見当もつかない。そうだ、こんな時は紅茶でも飲んで落ち着こう。俺は足元に落ちて居る、いつのかも分からない午後ティーのペットボトルを手に取った。


 それと同時に、アラームが鳴り響く。


「あ、」


 短すぎる一言。実に端的でわかりやすい。その一言に意外性、唖然、焦りに驚き、更にはストレスを込めるには十分すぎた。

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