カレイドマンのさいご
@hatobanikki
カレイドマンのさいご
「無限の輝き!カレイドマン!」
現在、三十代を迎えようとしている平成という年号に育てられた男性ならどこかで聞きなじみのある台詞ではないだろうか。
私もかくいうその一人であった。
私はこのスーパーヒーローの最後の戦いを見届けたのかもしれない。
ことの始まりは私の怠惰な就職活動に発する。
今では日本国でも珍しくなってきた中流階級に生まれ、適度に塾や習い事をこなし、それなりの私立大学の経済学部へと入学した私は、いざ社会へ出るとなったときに、なにが正道かわからなくなったのだ。
その折に就職活動の情報サイトを眺めていると、目に入ったのがゲーヴィジョン株式会社の名前であった。
ゲームでヴィジョンを実現する、という理念そのままの気も衒いもないこの社名こそが、カレイドマンを世に送り出したゲーム制作会社のものだったのである。
募集要項にはゲームに対する熱意が伝わるポートフォリオと将来的な海外展開を見据えた語学力とだけが描かれていた。
熱意、という単語に私は心が躍った。
そして、どこかで聞いたことのある社名をインターネット検索エンジンにかけた際に表示されたカレイドマンの文字に、心の奥に蓋されていた幼心の情熱が沸き上がったのである。
幼い頃の私はマンガやアニメやゲームにさほど熱心とは言えなかった。
しかし、カレイドマンは違ったのである。
全盛期の彼は、ゲームだけには留まらず、児童マンガ誌のボロボロコミックではコミカライズが連載され、土曜日の朝にはテレビアニメ、弁当箱や文房具、果てはふりかけのパッケージまで、当時の子ども達の周りで姿を表さないことはなかった。
私も瞬く間にその姿に魅了された。
原色の目が痛くなるような配色のスーパーパワーを持った英雄カレイドマンは、悪の秘密結社ホロコープスの繰り出す怪人を次々と薙ぎ倒していく。
単純明快で牧歌的な懐かしさすら感じさせる作風は幅広い年代層に受け入れられカレイドマンブームを引き起こした。
そんなカレイドマンに翳りが差した出来事といえば、ゲームシリーズの第5作目『カレイドマン5〜地上最大の決戦〜』である。
超人気作を抱えたゲーヴィジョンに求められたものは、毎年あたらしいカレイドマンのゲームを用意するということだった。
しかし、ドットから3Dポリゴンへの過渡期の時代に社内の制作体制は崩壊した。
連日連夜の徹夜の行軍によって年末商戦へ送り出されたそれは、まるで白昼夢のように支離滅裂な難易度、ヴィジュアル、ストーリーの3つを柱に、なけなしの小遣いやサンタクロースへの願い事で手に入れた子ども達に癒えぬトラウマを与えたのだ。
追い討ちをかけるように、アニメシリーズの第3シーズン『ご存知!カレイドマン!』でも問題が起きた。第38話「参上!怪人ムカデワイヤー!コンピュータワールドの戦い!」にて、画面の約8割ほどの面積を30%ほどの輝度変化で10秒近く点滅し続けるというサイケデリックな演出がなされ、結果的にテレビに齧り付いてた300人近くの子どもが目眩や吐き気で救急搬送された。
カレイドショックと名付けられた事件は夕方のワイドショーで連日のように検証特番が組まれるほどの有様で、これまでのアニメを支えていた制作会社と監督は交代を余儀なくされ、熱意ある作り手を失ったことで明らかに失速した第4シーズン『帰ってきたカレイドマン』をもってアニメは打ち切りとなった。
流れに抗うように細々と続いていたマンガ連載も、そこから1年後にはカレイドマンのキャラクターデザイナーで連載作家とりだしょうたろうが体調不良を理由に連載が終了。その後を追うようにボロボロコミックも廃刊の道を辿った。
カレイドマンはこうして人々から忘れ去られていったのである。
私はカレイドマンの人気が落ち込み、世間から忘れされていくなかでもしばらくは彼の復活を信じて疑わなかった。
おもちゃ屋のワゴンに詰め込まれていたグッズや、結局発売されることのなかったゲーム情報雑誌の隅にちいさく特集された『カレイドマン6』の特集記事の切り抜き、とりだしょうたろう版のボロボロコミック初版本、それらはいまだに生家の押し入れにしまい込まれていた。
そして今こそ、自分が彼を助ける番が回ってきたのではないかと思ったのである。
そこからの行動は早かった。
幸い語学力だけならば、受験勉強の延長で受けたビジネス会話試験の得点は650点をギリギリ超えていたので、あとは熱意だけであった。
私は大学の講義で一度だけ使用したことのある会議資料のスライド作成用ソフトを立ち上げると三日三晩の徹夜の勢いで作成、そのまま履歴書と共にメールで送信したのである。
しばらくするとゲーヴィジョンより書類選考の通過と面接の日時について記載された返信が届いた。
指定された日にゲーヴィジョンへ開始時刻の三十分前に出社すると、新大久保の雑多なビル群の合間にそこは隠れ潜んでいた。
一時期は世間をあれだけ騒がせたコンテンツを送り出していた会社が、こんな場所に存在していたのかと感心の気持ちが芽生えた。
丁寧な対応をする人事担当者に会議室まで促され入室すると、パイプ机とオフィスチェアの並ぶ少し手狭感のある部屋の中に、どこかぼんやりとした表情の四十代前後にみえる白髪混じりの企画室長と、快活な雰囲気で満ち溢れた仕事盛りの六十代といった如何にもな雰囲気を佇たえた社長が並んでいた。
挨拶もそこそこに企画室長は現在のゲーヴィジョンの状況を滔々と語る。
現在は過去のボロボロコミックの過去の名作や中韓のウェブコミックを配信するマンガアプリの運用が主軸となっていること。女性向けアプリゲーム『Devil Love 〜恋するあなたは守護天使〜』、通称デビラブという主人公の女天使が男悪魔に恋をする恋愛ゲームが非常に好調ということ。そして新規事業の立ち上げを考えているということを説明された。
室長が話を終えると、机に肘を載せて組んでいた手を勢いよく振りほどくと社長は張りある声をあげる。
「きみのプレゼン資料みたよ。ちょっと一回ここでやってみせてよ」
そういうと私の手元に少し型の古いビジネス用のノートパソコンが渡され、事前に送付したスライド資料が画面に映し出されていた。
なるほど熱意とはそう測りにくるものなのかと、私は昨日まで暗記していた就活対策の定型をすべて頭の片隅に追いやり、大の男が三人並ぶ小さな会議室で狭い画面を見せながら精一杯の説明をした。
カレイドマンを復活させるというコンセプトの企画書は、現在の平成初期の作品のリバイバルブームと合わせて購買層にリーチしたものであると、楽な単位だからと取得した大学のプレゼンテーションの授業を応用してまくしたてる。
全力を出し切りこれで落ちればそこまでだなと思うと、社長は口元を緩めながら合否は後日送付しますといった。
受かったなと確信をした。
それから数か月後、なんとか卒業要件を仕上げると私は新社会人としてゲーム会社で働くこととなった。
配属された企画室は、ゲーヴィジョン社内の中枢というよりなんでも屋に近いといってもよかった。
山本社長直属の部署となっており、武中室長を中心に企画だけでなく、対外への営業や広報活動なども一手に任され、それほど多くない予算でそれなりに売れそうなものを考える場所であった。
室長の他のメンバーは、もともとは別のスマートフォン向け会社でアプリの営業を担当してたというビジネスマンといった感じの野崎、元イラストレーターでデビラブの企画を立案した小柄な女性の田中、同期入社の山本、そして室長に次いでの古参社員の嶋田である。
私は実際に嶋田に会えたことで感激した。
なぜなら彼はカレイドマン発表当時に広報担当としてゲーム雑誌やマンガ誌、果ては子ども向けの朝のテレビ番組にまで顔を覗かせていた人物であったからである。
カレイドマンの友達シマーダという設定で、ゲームイベントの試遊会で登壇した姿を小さな時分に遠巻きで眺めていた人物である。
「カレイドマン、好きなんだってね」
嶋田は照れくさそうな微笑と共に私に話しかけた。
私は実家の押し入れから引っ張り出してきた初代カレイドマンの攻略本とブリスターパックに入ったカレイドマンフィギュアをカバンから取り出した。
「あの嶋田さん、よかったらサインしてもらえませんか」
嶋田はゴチャゴチャとしたデスクの上から油性ペンを探し当てると、こんなことをするのも久しぶりだと言いながら「カレイドマンの友だちシマーダ」と攻略本の表紙にサインをした。
そして私は自分の席に攻略本とフィギュアを祭壇のように飾り付けた。
企画室としての業務は多忙を極めた。
運営しているアプリ全体の日々のユーザーのアクセス数やダウンロード数の算出。効果のでた広告出稿の分析。デビラブの制作を進める現場からのシナリオやイラストの確認依頼。マンガアプリへの掲載許可を求める営業。
業務に圧倒されるうちに面接を受けた際に上がった新規企画ということについてなどだんだんと忘れていってしまい、気が付けば入社から半年も過ぎてしまっていた。
そんなところで室長が社長からの伝令を伝える。
新しいカレイドマンを作ろうと。
かくして残暑も残る9月末『新カレイドマン(仮)』の企画が発足したのであった。
しかし、カレイドマン制作の動きは思ったものと違う形へと動き出した。
新社会人とはいえ社内の情勢について、半年も経てばどことなく状況は把握できる。
明らかにテレビゲームをつくれる状況ではないのである。
嶋田との会話の端々からカレイドマン5の失敗以降、ゲーム会社としては体を成していないということは伝わってきていた。
いま運用しているものは、マンガアプリとガチャゲー。つまりゲーム性もなにもないものなのである。
過去にゲームバランスや設定に携わったスタッフたちは既に方々へと散り散りとなり、このままではカレイドマン5の再生産は必至であった。
現実的な線でいけば、デビラブ方式のルートボックスで課金を煽る形式にするほかが無い。
私は嶋田と共に、カレイドマンをソーシャルゲーム化するという企画を進行するよりなくなったのである。
しかし、いよいよ面接時に求められた熱意を見せる場が来たと、過去のカレイドマンを踏襲した資料を作り上げた。
最後の戦いから十数年、ついに彼が帰ってくる!
『カレイドマン6〜大復活!阻止せよホロコープスの野望〜』
タイトルを会議で読み上げると、嶋田以外の評価は芳しくなかった。
野崎からはタイトルの時点で古い、田中からは時代的に難しいのでは、山本からは流石に無理でしょ、といってしまえば時代に合っていないとのことであった。
そして武中室長主導のもと、企画室の議論が進む中でタイトルは「カレイドマンX」というものに決まっていったのであった。
もちろん当初はカレイドマンとカレイドレディ、そしてカレイドボーイが復活したホロコープスと新たな戦いを始めるという正統派RPGだった中身も一新されていく。
「やっぱりキャラデザがとりだしょうたろうさんのままでは厳しいかと思います……」
「カレイドガールでしたっけ? あれも萌えな感じにして声をもっと若い声優とかに代えちゃえばいんじゃないすか」
「NFTやeスポーツの要素を取り入れていきたいとは社長から議題に上がってはいるが……」
「インフルエンサーの存在はいまのゲーム事情だとDAUに関わるし、Vtuberとかもやってかないとダメかもしれないね」
私はゲームに関しては素人ではあったが、カレイドマンには玄人であった。
しかし嶋田も私もそれだけは避けようとしていた要素が次々にカレイドマンXに注ぎ込まれていく。
最終的には以下の通りとなった。
『カレイドマンX 企画会議議事録』
武中:再来季リリースに向けてデビラブの制作班の半数をアサイン。社内のシナリオライターは女性向けの作品以外対応できないので外注。
野崎:アプリとして最も大事にすべきなのは最適化。DAUに響くから。
田中:キャラクターデザインを変更。イラストレーターは人気絵師でデビラブでのやり取りもある条原むるめ氏へ。
山田:ゲーム系インフルエンサーへの宣伝依頼。カレイドレディをVtuber化、併せて声優を金原ひびき氏からアイドル声優へ変更。
嶋田:過去の関係者との連絡を調整。宣伝協力を要請する。ゲームの監修対応。
そして私は嶋田に続いてカレイドマンに詳しいことからゲーム全体の監修対応の業務を任されることとなった。
日々の業務に忙殺されながら上げられてくるゲームの仕様や内容をチェックすると、どう考えてもカレイドマンを理解していないものが作っているとしか思えないものであった。
現場の制作状況を取り仕切るゲームディレクターの北村へ直接状況を昼休みの合間に状況を聞きに行くと、彼はニンニクマシマシとかかれたカップ麺の湯気をまき散らしながらそっけなく答えた。
「自分らアプリの運営ならいいんすけど、まともなゲームなんて初めてっすからね」
転がり始めた岩は止まらない。
このまま斜面に削られて崖下に落ちるころに完璧な彫像へ変貌を遂げている可能性に賭けるか、せめて取り返しのつかない状況にならないようにクッションを敷き詰めることくらいしか私にできることはなかった。
ゲームシステムはともかくせめて内容だけはと、在宅ワークという名の自宅での残業でデバッグ会社のポールポジションから上がってきたあまり精度の高くない報告に目を通しながら、ゲーム脚本の外注先のシナリオラボ・ムラサメ社から上がってきた第三稿に大量の赤を入れ、過去作の設定を追加の資料にまとめて送付する。
そんなある日、昨日は京都のSHINTENDO、今日は中国の50cent games、明日は大阪のKOPUKANへと出張に出張を重ねている山本社長が久々に会議に出席すると、やはりeスポーツの要素は入れたいという話が再燃した。
ただでさえ紙芝居のようなゲームしか作れていないのにそんなことをしてしまえばゲームバランスの崩壊は火を見るよりも明らかであった。
だが、過去作でも対戦機能はあったのだしと、さらに要素が盛り込まれることが決定したのであった。
再来期のペースで進んでいた納期はズレ込み再々来期へ、監修の量も倍増していく。
それでも私を支えていたのはカレイドマンへの熱意だけであった。
そんなこんなでをゲーヴィジョンへ入社して二回目の新年を迎えるころには、『カレイドマンX』はゲームの体を成してきていたのである。
いよいよゲームのリリースを控え、広報活動が始まる。
ゲームを取り扱うニュースサイトの担当者との連絡や、過去のカレイドマンでは共同で版権を管理していたボロボロコミックの漫談社、アニメの制作会社のキューベック、とだんだんと関わる人間が増えていきついに再始動するのだと感慨深かった。
初報をリリースすると当時のファンたちの驚きに満ちた反応がSNSに溢れた。
ひと時代を作ったカレイドマンが復活、そして広報Vtuberとしてのカレイドレディは超人気アイドル声優の四宮凛子が演じる。
平成から送り込まれた令和最新のコンテンツで、流行らないわけがないと各所で話題に上った。
SNSでは比較的肯定的な意見が多かったが、やはり当時からのファン、特にボロっこと呼ばれるボロボロコミック読者層の反応は私のように冷ややかであった。
恐るおそるインターネット上のファンコミュニティを覗いてみるとゲームのPVから読み取れる内容やキャラクターデザイン、声優の選定まですべて私が書き込んだかのような冷静すぎるくらいの意見で溢れていた。
入社時に市場調査の際に見かけ、個人的なアカウントでフォローしていた熱心にプロレベルの筆致でカレイドレディのイラストを定期的に投稿していた人物は、声優変更の発表と同時にアカウントを削除してカレイドマンファンの界隈から姿を消してしまった。
中にはあまり治安のよくないインターネット掲示板にて、条原むるめ氏のデザインとデビラブの運営だということを指して、女性向けゲームしか出せなくなったとゲイ向けビデオの会社みたいだと、ゲイビという蔑称をつけて腐すホモフォビアな連中まであらわれていた。
しかし、私は彼らに返す術も言葉も何もなかったのだ。
深夜に各所へのメール対応の返信をしながら、カレイドマンのシーズン1「やってきたぞ!カレイドマン」を見返していると、制御不能のこの流れもカレイドマンなら救えるのだろうかとふとあり得ない考えが思考の奥底から浮かび上がった。
ついに『カレイドマンX』が12月11日、初代カレイドマンが発売された日と同時にリリースされた。
アプリのセールスランキングでは瞬間ではあるが第一位を記録し、その速報がチャットアプリで共有された際に、嶋田へ話しかけると連日の徹夜故か、はたまた本当の感涙なのかわからないが目から光るものが流れていたように見えた。
しかし、そんな感動も長続きはしなかった。
急遽差し込まれた対戦要素はやはり粗悪で、ガチャの仕様も女性向けのデビラビに合わせた青天井の恐ろしい課金額を要求するものであった。
初期はカレイドマンやカレイドレディ、カレイドボーイといった人気キャラのピックアップでなんとかなったがそこからはホロコープスの怪人くらいしかガチャで出せるものがなくなっていったのである。ホロコープス首領やプロフェッサー・デーモン、将軍カニキャノンくらいの人気キャラであればまだしも、水棲怪人デメキンレイピアや陸戦怪人アシダカタンクなどでは一向にガチャが回る気配はなく、しまいにはただでさえ劣悪な対戦環境を一変させるような二回攻撃や速度上昇効果のあるキャラクターのガチャを連発するようになっていった。
それでも上手くガチャが回らないとなれば、私と嶋田は漫談社へと出向き、ボロボロコミックの版権を調整してもらいコラボガチャを実装した。
『カレイドマンX』の業務はほぼ私と嶋田に任せられていた。特に嶋田に至ってはシマーダとして再びメディアに露出を始めたのである。ゲーム内のご意見・ご要望の欄にはシマーダ宛に熱のこもった応援から直視に絶えない罵詈雑言まで、様々なものが届いていた。
監修で対応しきれたシナリオ面に関しては過去作との矛盾の指摘などがなかったことだけが不幸中の幸いであった。
『カレイドマンX』運用から2年が経とうとするころには、稼働はしているのに見向きもされないという『カレイドマン5』の頃より、より残酷な状況が待っていた。
KPI分析も酷いもので、企画室内でも運用のクローズの話がいつ持ち上がってもおかしくない状況が訪れていた。
そんな中、短編でもいいからまたアニメでも作って宣伝してみたらいいんじゃないかと社長が突飛な提案をしてきたのだ。
私はこればかりはもう逃がせないと嶋田と共に、企画室一同の反対を押し切り、社長の案に全力で追従した。
私は嶋田の紹介で当時、カレイドショックで更迭されてしまった中林とものりの下を尋ねることにした。
現在は当時のキューベックではなく、小さな下請け会社ハンドワークプロの席を間借りしているとのことであった。
制作会社の開きっぱなしのドアから中へ入ると、迷路のようなダンボール箱の山の先に、真っ白な頭で半分寝ているかのように目が落ちくぼんだ男がゆらりとあらわれた。
手招きをされたので近寄ってみると、その人物こそが中林とものりであった。
カレイドマン再アニメ化の企画について切り出すと、中林は白い頭をゆさゆさと横にふった。
「ぼくだってできるものならやりたいです。でも今は目の前のことで精一杯で」
そういうと紙の束でごちゃごちゃとした天板がすりガラスになっている作画用の机の上に置かれたフィギュアを取り上げる。
「いまはこっちをやってるんです。それなりに自分の担当回は評判いいんですよ」
今の小学生の間で流行っている気だるげで緩く可愛いキャラデザインが魅力のネガティブモンスターズ、縮めてネガモン。
それに登場する主人公のマサル少年の相棒の電磁ロボのポジトロンだ。
「この業界って酷ですよね」
彼のぽつりとつぶやいたその一言はなによりも受け入れ難い言葉であったと同時に、これまでの行為がすべてどこか遠い場所に飛んで行ってしまったような脱力感に襲われた。
中林監督がダメならもうおしまいではないだろうかと愕然として、私は自分のデスクに祭られたカレイドマンを見つめる。
「アニメは無理でもマンガならいけるかもしれないよ」
嶋田はそういうと、マンガ家のとりだしょうたろう氏の連絡先を共有してくれた。
「じつはまだ年賀状のやり取りする程度にはお付き合いがあるんだよ」
そういうと、筆ペンか何かで描かれたのであろうか、見慣れたデザインのカレイドマンが描かれたはがきを示した。
私はとりだ氏が住まう北海道まで向かうことにした。
電話口の声はとても柔和な印象で、手元に持ってきておいたカレイドマンのコミックに描かれた著者の似顔絵の雰囲気と相違はなかった。
春先の北海道は少し肌寒く、気持ちのいい風が吹いていた。
とりだ氏の自宅は空港から2時間ほどレンタカーを走らせたところの道路わきにどっしりと構えてあった。
病気療養で引退という話にはなったが実際にはどういった経緯でこうなったかをついに知れる時が来たかと思うと、今までの仕事でのどんなやり取りよりも緊張してきた。
呼び鈴を鳴らし、どうぞという声がかけられたので引き戸をあけるとそこにはやはり似顔絵そっくりのとりだ氏の姿があった。
そして、その姿に動揺を隠せなかった。
彼の長袖のシャツは右肘の下のあたりからが吹き流しのようにひらひらとはためいていた。
「これはですね。交通事故で、とはいっても私ってマンガだけしか描いて来なかったから免許すら持ってないんですよ? バイクの当て逃げでなくなっちゃいまして」
それではあの去年の消印の年賀状はと聞くと、彼は左腕で納得のできる絵が描けるようになるまでここまで時間がかかったと答えた。
「スマホのゲーム、私もやってますよ。やっぱりカレイドマン3の頃が一番面白かったかなって感じでしたけど」
彼は左手でスマホを取り出すとこちらに向けた。
「たまに思うんですよ。私がバカな事故に合わなければカレイドマンの続編ってもう少し早く出てたのかって」
彼の言葉はおそらくその通りであっただろう。
カレイドマンの受難は避けようとして避けられるものではない、ただの不運の連続であった。
私が新作のマンガに関しての書面を渡すととりだ氏は嬉しそうに受け取ってくれた。
機密保持の契約を結んだ後に彼に黄色く日焼けした単行本を渡すと、快く力強いサインをしてくれた。
しばらくのちに、カレイドマンの新作マンガがわが社のアプリにて独占公開された。
行方知れずのマンガ家の復活ということもあって、カレイドマンは少し盛り返したかのように見えたが、やはり『カレイドマンX』はその後サービスを終了した。
私はいま、別のゲーム会社で新規のタイトルをディレクションする立場となっている。
現在の職場はみな打てば響くどころかそれ以上のもので返ってくる。
しかし私は別に職場に残ってもよかったのである。
だが私はカレイドマンのさいごを見届けてしまったのだ。
だから、私はゲーヴィジョンを去ることにした。
退社日に、ブリスターパックに詰められたカレイドマンはデスクに残していくことにした。
当時のグッズはほとんど処分してしまっていたそうなので、きっとこれくらいしか墓碑となるものがないと思ったからである。
その後は嶋田さんは未だにシマーダとして、当時のゲームをアプリに移植したものや、カレイドマンのプリントされたシールやアクリルスタンドだかを細々と販売しているそうだ。
しかし、昔と違うのは今出ているカレイドマンのグッズはすべてとりだしょうたろう描き下ろしである。
カレイドマンのさいご @hatobanikki
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